第48話 探偵 逃避行

 俺は、市内方面に車を走らせた。


「奴らに心当たりは?」

「ごめんなさい。何も思い出せなくて」


 助手席の女性の顔は、少し青ざめていた。記憶が無く、いきなり、知らない男達に発砲されたのだ。無理もない。俺は後ろを注意していたが、ルームミラー越しに何かが写った。


「チッ、追って来やがった。ちょっと荒っぽい運転になるが我慢してくれ」


 女性に警告した後、スピードを上げ市内を突っ切り、島の反対側へ急ぐ。何度か急カーブを曲がり、追跡車を引き離そうとするが、ピッタリと後ろを付いてくる。


「しつけぇ」


 かなり深いカーブにさしかかった。タイヤを鳴らしながら曲がると、対向車!


「危ねぇ。しかし、奴ら躱せるか? 」


 衝突しないまでも、速度は落ちるはずだ。


 俺は、一気に引き離し、追跡車から見えない場所で側道に入ってやり過ごした。


   ◇ ◇ ◇


 追跡車を撒いた後、来た道を戻り、レンタカーの店に直行した。


 傷の点検をし始めた店員に、

「これから、ちょっと買い物して、今日の飛行機に乗らないと行けないんだ。時間が無いから」

と俺は店員に金を掴ませて、タクシーを拾った。


 勿論、飛行機に乗るつもりはない。さっきの奴らが、この店で俺達の消息を聞く可能性が高い。東京に帰ったと思わせるためだ。


 タクシーを乗り継ぎ、程なくしてホテルに着いた。名前は『和子』では、抵抗が有ったので、その女性の承諾を得て『和美』と言うことにしてもらった。


 すこし落ち着いた所で、

「君の覚えている所だけでも、教えてくれないか」

と和美に聞いた。


「先ほど、話したとおり、気がつくと浜辺に居ました。服は濡れてボロボロだったので申し訳ないと思いながらも、干してあったこの服とシューズを …… 借りました」


「服以外に何も身につけていなかった?」

「ええ、何も」


 和美は顔を赤らめた。その顔を見ても和子に似ている。ただ、和子は、もっと男勝りだったが。


「そうか。で警察に行かなかった理由は? 」

「特に理由はありません。頭の中が混乱して。ただ、交番の近くにさっきの男達がいて、何となく、近づくと危ないような気がして」


 あのスーツ達は、その辺りで張っていたかもしれないな。白昼堂々と発砲する奴らだ。何をやるか分からない。


 俺は、少し話題を変えることにした。


「この八丈島沖、10kmの所で貨物船の事故があった。思い当たることはないか?」

「貨物船 …… ひっ」

と顔が青ざめて引きつり、何か恐怖体験を思い出したようだ。


「何か、思い出したのか?」

「人が沢山 …… 閉じ込められて、殺される …… ああ、駄目」


 和美は頭を抱えてうつむいた。フラッシュバックのように断片的な記憶、それも恐ろしい記憶が蘇ったのだろう。


「済まん。無理をさせた」

と俺は謝った。


 ここまでの話しから、和美は例の貨物船に関係していたと思える。まさか人身売買の被害者なのか? どう見ても日本人だ。

 それに被害者ではないにしても外洋を10kmだろ? 泳げるかな。


 特別な力が有れば別だが。


「蓬莱、って名前に心当たりはないか?」

「蓬莱? 仙人の島のことでしょうか? それがなにか ……」

「いや、気にしないで欲しい。ちょっと聞いただけだ」


 記憶をなくしているから、何とも言えないか。


   ◇ ◇ ◇


 次の日、俺達はホテルを出て東京行きのフェリーに乗った。途中、御蔵島、三宅島に寄って、東京に向かう。今のところ、スーツの男は見当たらないが、観光客が大きなバックを持って乗り込んできた。


「千野さん、見ず知らずの私を、何故、気遣ってくれるのですか?」


 俺は乗船してくる乗客を観察するのを止めて、和美の方に振り向いた。帽子が飛ばないように左手で抑えている。今、彼女はホテルで購入した白のワンピースに着替え、つばの広い帽子を被っている。


「『縁』、かもしれないな。取りあえず、君を東京まで送り届けて、信頼のおける俺の友人に託そうと思う」


 実際、この数ヶ月、万華との衝突で始まった人々との出会いは、『縁』だと思う。仙人や天女、異世界人、万華との縁が無ければ、出会うことは無かっただろう。


「そこで …… 東京でお別れなのですね」


 和美は、寂しそうな顔をして、うつむいた。

 

「心配は要らない。君自身、落ち着いたら何時でも会える。ハチャメチャな他の友人も紹介するよ」


 俺は言った後で少し後悔した。万華達を紹介して良いものかどうか。


 三宅島を出航して、一路東京へ向かう。晴天の潮風が心地よい。


 俺はカンコーヒーを飲みながら、青い海の前に立つ、後ろ姿の和美を眺めていた。缶の飲み口を口に近づけると香ばしいコーヒーの香りがする。


 ゴンゴンゴンゴン …… ザー、ザー、ザー


 船のエンジン音と波を切る音がする。


 俺は、違和感を覚えた。俺達以外、デッキに人が居ないのである。


「和美、ちょっと、こっちの方に来てくれないか」


 一抹の不安を抱き、彼女を呼び寄せる。


 すると、物陰から、和美を捕まえようと腕が出てきた。

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