第40話 万華の色仕掛け(1)
やっぱり、万華と湘賢はそうなるのだろうな。それにしても横にいた佐々木 某君は気の毒だ。そんな事を考えながら、京都に向けてスバルを走らせる。
「あの坂上田村丸の奴、ウチが屁理屈と闘っているときに、小鈴にちょっかい出したんや。
「万華の小鈴に対する態度って、母親というより、父親だな」
「ウチしか居らんから、両方の役をやったんや。小鈴はウチの大切な妹やったやから」
「ところで、三明の剣ってなんだ?」
俺は、ルームミラー越しに万華をチラリとみた。
「ああ、現代人は知らん人、多いやろな。大通連、小通連、そして顕明連の3振りの剣のことやで。天界で小競り合いがあったときに、大嶽丸に渡ったらしいんや。その辺りはウチも詳しくは知らへん。ただな、心正しきものが使えば聖剣、悪しき者が使えば魔剣となる剣とちゅう事は聞いとった」
「それで、その凄い剣にどう対処したんだ?」
俺は、右ウインカーを出して、対向車をやり過ごし曲がった。
「色仕掛けや」
聞き間違えたようだ。万華なら、突っ込んでいって、手足を切り落として奪うだろう。
「すまん、対向車に気を取られ、よく聞こえなかった。どう対処したんだ?」
「せやから、色仕掛けや」
俺は、また、ルームミラー越しに万華を見ると、腕を組み苦虫を噛んだ顔をしていた ……
◇ ◇ ◇
万華と湘賢は何十回と打ち合ったあと、さすがに双方とも疲れて、口喧嘩になっていた。
「いっつも、暴力に訴える事しか、頭にないやろ。アホ脳筋が」
「何言うてんねん、ウチは知恵も勇気もある天女やで。お前は性根が腐った天邪鬼やから、この知恵の光りが見いひんのやろ」
「アホ。天女には、魅力ちゅうもんが普通はあるんや。花を靡かせ、見るものが心を奪われる色気や。お前にはギスギスした黒い殺気しか有らへん」
「言うたな、屁理屈。おう、やったろうやないか。ウチにどれだけ色気があるか見したる。その大嶽丸をウチの色香で惑わし、三明の剣を奪うて来たるけん待っとけや」
万華は、売り言葉に買い言葉で言ってみたものの、切っ掛けを如何するか迷った。脈絡もなく突然押しかけては、如何に万華の色気を持ってしても怪しまれる。
あれこれ思考しながら、庵に戻ってみると、田村丸と小鈴が縁側に並んで座り、話をしている。そして今にも坂上田村丸が小鈴の肩に腕を回しそうだ。
万華は風のごとく、庵に戻り、2人の後ろに立った。
そして田村丸の手をねじ上げ、
「オノレ、この手は何や。切られたいんか?」
と田村丸の耳元で囁いた。
それを見た佐々木 高洲介は、
「殿! 貴様、
と主人を思い、声を上げたが、万華の一睨みで、下を向いてしまった。
「痛てててて、お姉さん、僕は悪いことはしてませんよ」
「ウチはオノレの姉ちゃう! 今度、言うたら煮え湯を飲ませるぞ!」
「万華姉さん。落ち着いて。まだ、田村丸様は何もしてはおりませんわ。だから離してあげて」
「『まだ』? 」
と万華は聞き返した。
万華は小鈴のその言葉を聞いて耳を疑った。将来、そうなると予想して、しかもそれを期待して、そして受け入れるかのような、『まだ』。万華は驚きの顔を小鈴に向けた。
しかし、ここは冷静になるべきだと自分に言い聞かせた。年頃の娘だが、まだ子供である。京の公家の相貌に騙されているに違いない。こんなヨナっとした男の何処が良いのだ。ニヤニヤしやがってと思った。
「小鈴、騙されたらあかん。こいつは、多分何人もの女をたらし込んだ遊び人に違いあらへん」
「そんな事はないわ。田村丸様はお優しいお方です」
「そ、そうですよ。僕は、まあ、女友達は多いですけど、まあ、それなりの関係になった人もいます。でも、僕は小鈴さんに一目惚れしました。生涯を添い遂げるならこの人と思いました。お姉さん!」
それを聞いた小鈴は顔を赤らめる。
「お姉さん言うな。お前の魂胆は見え透いてるで。何人の女をそうやって騙してきたんや。『君は、僕の太陽だ』、『君こそ僕の全てだ』、『僕には君しかいない』とかな。せやろ!」
「えっ、お姉さん。見たんですか? ああ、いや、小鈴さんへの愛は、嘘ではありません」
小鈴はリンゴのように顔を赤くし下を向いた。それを見た万華は、もう怒る気が失せてしまった。
「もし、小鈴と夫婦になりたいのなら、ウチを感心させるやな。それが条件や。それまでは、指一本触れるな! もし破ったら、オノレの股のもんを引っこ抜くで」
万華は坂上田村丸の腕を放し、庭に出た。既に夜になり、虫の音が五月蠅いくらいに鳴っている。
小鈴と田村丸のことは、もう、あまり詮索するのを止めようと思った。所詮、2人のことだ。これには蓬莱の仙人でも立ち入れない。
「『人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死んじまえ』か。せやけど、もし小鈴を捨てたりしたら、王母はんに何と言われようとも鉄槌い下したる」
と一人呟いた。
万華は、チラリと後ろを振り返り、楽しそうに会話をしている小鈴と田村丸を見た後、
「さて、どないして大嶽丸を籠絡するかいな」
と考え始めた。
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