第41話 万華の色仕掛け(2)
流石に腹が減って仕方がないので、ホテル到着前にコンビニでサンドイッチを買ってきた。ホテルのロビーでカップラーメンをすする訳にも行かないからだ。
かぐや姫はロビーの椅子に座るなり、
「万華、それでどないしたん? 大嶽丸って、どないな奴やった? 案外、万華の好みで、フムフムやったんか?」
「いや、あれは駄目やった。最もあかん奴やった。デップリ太って、臭い。ちょっと後の酒呑童子やったらな。ウチも許したかもしれん」
「酒呑童子って、そんなにええ男やったんか。天界に帰るのちょい遅らせたら、良かったか。失敗したなぁ」
「ウチは、もう別の平行世界に行ったけん、実物は見てへんけどなぁ。噂じゃ、めっちゃ男気があって、何より、あれがあれやったらしい」
「あれが、どんなんや。もっと具体的に ……」
すると、万華は、かぐや姫に耳打ちした。
「えー、うわ …… ほんで …… そうなんや」
とかぐや姫は、両手で口を隠し呟いていた。
『天から神々しい光に照らされて、楚々とした天女が羽衣を靡かせて下りてくる』と言う幻想は、とっくの昔に打ち砕かれいるが、それにしても、この2柱の悪ガキッぷりには呆れる。
「お前達、話が変な方向になっているぞ。大嶽丸はどうなったのだ?」
◇ ◇ ◇
しばらくして、万華はこっそりと大嶽丸を見に行った。部下に化けて部屋に入ると、獣臭く、その声はガラガラのダミ声、その容姿はデップリと太り、部下を虐めて、汚らしく飯を喰っていた。
偵察を終えて、庵に帰る道すがら、万華は困惑した。
「あいつでは、ウチ、速攻で首を刎ねてしまいそうや。せやけど、湘賢との勝負で負けるのは癪にさわるけん、何とか我慢したとしてや。切っ掛けや、切っ掛け」
あれこれ考えているうちに庵に着くと、また武士達が並んでいるのが見えた。
万華が庭に降りると、縁側に座っている田村丸が、
「こんにちは、お姉さん。今日は、瓜がとれたのでお持ちしました。お姉さんは、お食べにならないでしたっけ?」
「ああ、食べへん」
ニヤけた奴。でも横にいる小鈴はうれしそうにしている。万華は自分だけが怒っても傍目からは阿呆に見えると思い、文句を呑み込んだ。そして呑み込んだ代わりに良い案が出てきた。
「おい、田村丸、ウチに力を貸せ。ほしたら、ここに遊びに来るのは許したる」
万華は部屋に上がり、座った。それに合わせて、坂上田村丸、小鈴も部屋に入った。
「ええか、ウチは鈴鹿峠近くに住む、超美人で天女の女盗賊になるけん、田村丸はその噂を広めるんや。そいでな、ウチを討伐すると言いふらせ。せやな、内裏の貢物を襲うことにするかな。後はウチがやる。田村丸は、偽の貢物と護衛を出せ。心配せんでも殺しはせん」
「それで、女盗賊の名前はなんと呼べば良いのでしょうか?」
「名前は、鈴鹿峠やから、『鈴鹿御前』や」
数日後、内裏に収める貢物が襲われ、50人からなる護衛は一瞬にして気絶させられた。犯人は、狩衣姿に上腹巻をつけ、高烏帽子を被った女性、『鈴鹿御前』と名乗った。これを受けて、坂上田村丸に討伐命令が下り、鈴鹿御前に捕縛の手が迫っていると噂が流れた。
◇ ◇ ◇
「大嶽丸様、鈴鹿御前という女が会いたいそうです」
「あん、貢物を横取りした、今をときめく鈴鹿御前か。良いだろう通せ」
配下の者が下がり、代わりに美女が現れた。豊かな黒髪、唐風の羽衣、そこから見える胸の谷、衣の上からも分かる腰のくびれ、そして、小さな顔には切れ長の目、すっと通った鼻先に、サクラの花びらのような唇。正に『仙姿玉質』、『羞花閉月』だった。大嶽丸は、直ぐにのぼせ上がり、目が釘付けになる。
万華は獣の臭いに鼻が曲がるのを堪えて、笑顔を作った。それは、『一笑千金』。ものにしたいと、大嶽丸の脳髄を怪しい下心が貫いた。
「お目にかかれて、光栄ですわ。大嶽丸様」
「おお、鈴鹿御前殿、よくぞお越しになられた。して、今日はどのようなご用件か?」
「お助け願いたいのです。ご存じの通り、私、如何しても欲しいものがあり、貢物を頂いたのですが、坂上田村丸なるものが私を討伐すると言うのです。あいつは、『黒漆剣』という宝剣を持っていて、私でも敵いません。だから、この身を守ってもらうために、強い殿方を探しているのです。それで大嶽丸様はお強いとお聞きして ……」
万華は、袖で口を隠して、流し目を送り、腰を曲げヨナヨナ感を演出した。これも湘賢の鼻を明かしてやるためと自分に言い聞かせた。
「そうか。鈴鹿御前殿のためなら、その坂上田村丸を殺してくれよう。これまでも何度もやって来たが、全て打ち払ってきた。大船に乗った気持ちでおられよ。おい、誰か、酒をお持ちせよ」
酒、食べ物が運ばれ、酒宴になった。勿論、万華は飲みも食べもせず消滅させて行く。対して大嶽丸は、万華が注ぐ酒をドンドン飲み、したたか酔い始めた。
「ねえ、大嶽丸様、どうせなら2人だけで、飲みませんこと?」
と言いながら万華は、すこし胸元を開いた。
「ゲヘ、ゲヘゲヘッ、おい、お前達下がれ、今日は屋外操練だ。さっさと行け」
と大嶽丸は下品な笑い声を上げて、部下を屋敷から追い出した。
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