第39話 万華 難儀な奴に会う(2)

 日も暮れて、暑さも大分緩んできた。俺は腹が減ったが、2柱の天女がいるとそこらのレストランに入る訳にも行かない。俺達はスバルに乗って、京都に戻ることにした。

 

「なあ、万華、それからどうなったんや。湘賢ちゃんどうやった?」


 かぐや姫は万華の話にすっかり聞き入って、話の続きをせがんでいる。


「屁理屈か? あいつは変わらん。今も昔も子供のままや。それしか変化へんげでけんしな。そや、今、東京に居るで」

「そうなんか。湘賢ちゃん、可愛いさかいうてみたいな。なあ、千野はん、行ってもええ?」


「かぐや、宝物庫、放ったらかしにしとると、また主上にどやされるとちゃうか?」

「ええの、ええの。蓬莱の玉の鉢は戻ったし、後は式神にやらせておけば、大丈夫やて。ばれへん」

と顔の前で、手をヒラヒラさせて答えた。


 俺はかぐや姫って、こんなだったのかと思い少しがっかりした。


「それで、その田村丸は、なんと言ってきたのだ?」

と、ルームミラー越しにチラッと万華を見た ……


   ◇ ◇ ◇


 小鈴が部屋の中に2人を招き入れた。


 上席に座った坂上田村丸が、開口一番、

「実は、僕が訪ねてきたのはね。結婚を前提にお付き合いさせて欲しいと ……」

と扇子で口元を隠しながら喋った。


 万華は不機嫌な顔を全く隠さずに、

「どっちや」

と低い声でボソッと答えた。


「えーっと、どっち?」

「ウチと小鈴とどっちやって、聞いとんのや」


「えっ、小鈴さん、何なら両方 ……」

「オノレ、ええ度胸しとるやないか。ウチならともかく、小鈴に手をかけようとは、ええか、命、幾らあっても足りへんで」


「あははは、冗談。冗談だよ。やだな万華お姉さん。今日は夢枕のお告げでやって来たの。そんな怖い顔しなくたって」


 万華の目に怒りの炎が灯る。


「おい、こら。何時、ウチがオノレの姉になったんや。ええ加減なことほざくと、いてまうど」

「ちょっと、姉さん。坂上様もご冗談ばかり仰って。姉さんはこう言う性格なので、申し訳ありません」

「なんで、小鈴が謝るんや」


 すると、

「まあまあ、ちょっとお聞きください。殿も酔狂が過ぎるかと」

と今度は佐々木が、主人である坂上田村丸を諫めた。


 流石の坂上田村丸も佐々木の諫言に応じて、少し真面目に語り始めた。


 坂上田村丸は、京に登りつつある大嶽丸の討伐命令を受けて、1万あまりの兵を率いて討伐に向かった。しかし、大嶽丸は三明の剣と言う剣で守られており、全く歯が立たない。数度、攻めたが被害が大きくなるばかりだった。


 そんなある夜、夢枕に自称4000歳だという少年が立った。


「4000歳のガキやて?」

「姉さん如何したの? なぜ、そこに、そんなに引っかかるの?」

「いや、ええ、続けろ」


 田村丸はちょっと首を傾げたが、話を続けた。


 夢枕に立った少年は、

「この『黒漆剣』を授ける故、大嶽丸を討伐せよ」

と言い、朝起きてみると枕元に一振りの剣が置かれていた。


 今度こそは大嶽丸を討伐するぞと、意気揚々と向かうが、やはり三明の剣の前では歯が立たず戻って来た。


 すると、再び少年が夢枕に立ち、

「鈴鹿峠の近くに、小鈴とそのクソ姉が住んでいる。その者たちの力を借りよ。なお、クソ姉は脳筋馬鹿だから、おだてて使うこと」

と言ったと語った。


 それを聞いて、万華は苦虫を噛んだような顔になり、小鈴は心配して口元に両袖をあてて見守る。佐々木は、その場から逃げ出したい気持ちで一杯だった。


 万華は怒りを抑えて、

「おい、その『黒漆剣』を見してみい」

と田村丸を睨み付けた。


 田村丸は、自身の横に置いていた剣を前に出した。万華は、右手のひらを横に動かした。すると、触ってもいない剣が鞘から半分引き出された。


 その剣身を見た万華は、

「むむむむ …… やはりな。オイこら、屁理屈、居るんやろ。出てこんか!」

ともの凄い剣幕で天井を向いて大声でさけんだ。


 佐々木は、自分に言われた訳でもないのに、万華の剣幕に「ひぃ」と声を上げて、後ろに仰け反った。そして、坂上田村麻呂の横に、突然、10歳位の稚児装束に払子を持った少年が現れたのを見た。


 その少年は、

「なんや、脳筋。こんな所で油売ってないで、よ、大嶽丸を討伐せぇ」

と出てくるなり、社交辞令無しの宣戦布告である。


「何やと、お前こそ、このニヤけた転生者を連れて討伐してこい。はっはーん、ウチに助力を頼んで来たってことは、お前には、でけへんやったってことやな。そんなら、土下座して頼めや」


「あほか、転生者を助けるのは、蓬莱の仙人の役目やろ。この坂上田村丸も転生者や。お前にも助ける義務があるやろ。これやから脳筋は阿呆やって言われるんや」

「なに、言ってねん。屁理屈、それが人に物を頼む態度か? お前がその態度なら、ウチらは行かへんで」

「ええのんか、そんないな事言うて。大嶽丸は、数日後には京に着くで。そりゃ、もう、阿鼻叫喚やろな。万華が手を抜いた所為やな。そりゃ、主上は怒るやろな」

「むむむ、オノレ、表に出ろ! その腐った性根を叩き直してやる」

「おう、望むところや。ワテがお前のアホを叩き直したる」


 2人は、消えて、山から、剣戟の轟音が聞こえて来た。


 万華が手も触れず剣を抜き、そして突然少年が現れ、もの凄い闘気を発して飛んで行った。佐々木は、自分でも見たものが信じれず、腰を抜かして、口をポカーンと開けていた。


 そんな佐々木の驚きをよそに、坂上田村丸は小鈴に近づき、白魚のような手を取って、

「ねえ、僕とお付き合いくださいませんか。今宵は和歌などを披露して、この思いを小鈴さんに届けたい」


 それに対して、小鈴は下を向き、

「えっ、でも姉さんが、何というか ……」

と満更でもない様子だった。

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