第38話 万華 難儀な奴に会う(1)
「へー、そんな話があったのか。俺は全然知らなかったな」
と俺は、万華の話を聞き感心した。
「ウチの事は、関係者の記憶から消えてしまうけん、虫食いの伝承しか残ってへん。そやさかい、知らん人も多いんや」
「それにしても、万華、母親やっていたんだな」
何時もの言動と見た目から、万華にそんな一面があるとは思っていなかった。
「転生者を助けるのは、蓬莱の仙人の役目やから」
と少し顔を赤らめて答えた。
これも、ちょっと意外な反応だ。もっと突っ張るかと思った。
「それで、大嶽丸ってのは、凄い奴なのか?」
「まあまあ、そこそこや。しかし、もっと難儀な奴らが現れたんや」
「ほう、それは、もっと強い奴なのか?」
「いや、小鈴の旦那になる奴、坂上田村丸と屁理屈仙人や」
俺は、屁理屈仙人と聞いて、一筋縄では行かない話しが始まると予感した ……
◇ ◇ ◇
夕立で夏の暑さが一息ついた頃、草の露を払って、万華と小鈴が住む庵の庭先に、2人の男が立った。後ろには数人の家来が控えている。
「頼もう、それがしは、近衛少将 坂上田村丸が家臣 佐々木 高洲介と申す者。ここにお住まいのご姉妹にお目通り願いたい」
坂上田村丸の家臣と名乗った男は、狩衣姿の偉丈夫、その隣には、上等な公家の衣装を着込んだ男が扇子で口元を隠して立っていた。この人物こそ、後に征夷大将軍になるその人である。
そんな事とは露知らず、小鈴は自分で食べる分の料理をし、万華は暇を持て余して寝っ転がっていた。
「万華姉さん、呼んでますよ」
「呼んでるようやな。小鈴の知り合いか?」
「私、知りませんよ」
「ニヒヒ、ほんなら、暇やけん、揶揄ってやろかな」
「姉さん、また、殿方を泣かすのですか? この間は、思わせぶりしておいて、お婆さんに化けて驚かすし、その前の人など、半殺しでしたよ」
「ええやんか。どいつもこいつも美人姉妹2人だけやって聞いて、鼻の下伸ばしたって、来よる奴らなんやさかい。それに半殺にした奴はウチらを手込めにできると思ったアホ共やで。死なへんだけでも、ウチに感謝せいつうてことや」
門に居る男は、庵の中に声が届いていないのかと思い、
「頼もう」
と先ほどより、さらに大きな声を上げた。
「五月蠅いな。何や」
と万華が町娘の格好で出た。
田村丸は、都でも見たことがない美人が出てきて驚いたが、その美人が、盗賊や山賊にも負けないくらいのガンを飛ばして来たのに、さらに驚いた。
「それがしは、近衛 ……」
と佐々木が言上を述べようとすると、万華が手で制して、
「そら聞いた。要件を言え」
とせかした。
隣にいた公家風の男が、扇子で佐々木を抑えて、
「いやー、噂どおりの美人ですね。僕は、坂上田村丸、よろしくね。どうかな。今宵、月を眺めながら、語りあうってのは。ところで、君、姉の方? 、妹の方?」
万華は、背中がムズムズして、虫唾が走った。こう言うプレイボーイ風の男が、自分はいい男でしょってアピールする奴が大っ嫌いなのである。
「今宵は月は出えへん。血の雨が降る夜や。いや、今すぐ降らしてもええで」
また、メンチを切った。
すると、横に控えた佐々木が
「無礼な」
と言いながら、田村丸の前に出てきた。
「なんや、やるんか? その刀に手をかけた瞬間に、オノレの首が落ちるで」
と万華が、低い声で凄んだ。
田村丸は、この庵の美人姉妹がもの凄い使い手だと言うことを噂で知っていた。何でも20人の盗賊を一瞬にして殲滅したという。そのため、ある者は、姉妹を女梵釈と呼んだり、鬼神の姉妹と言ったりしていた。今日来た本当の理由は、その力を貸してもらえと、お告げが有ったためである。
そして、今まさにその力を見せつけられた。万華から発せられる闘気に、偉丈夫と自負してた田村丸も佐々木も怖じ気づいたのである。
「姉さん、そんなに驚かしたら、本当の用件を聞く前に帰っちゃうじゃない。でご用件は何で御座いましょう」
と鈴が鳴るような軽やか声で、姉とは違う嫋やかな美人が、縮み上がった2人を助けた。
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