第37話 万華の平穏な日々
「万華、どうした? 大丈夫か?」
俺は何時になく、物思いに耽っている万華が心配になり声をかけた。化け狐にも魔王にも怯まず、何時も面白いことを探して、はしゃぐのとは違う一面を見た感じだ。
「大丈夫や。ちょい昔の事を思い出したんや」
此方に振り向いた顔は、寂しそうではあるが後悔の色は1つもない。それで、俺は少しホッとした。
「そうか、それなら良いが、寂しそうな顔をしているな」
「せやな、一番、長うつきおうた、転生者を思い出したや」
「鈴鹿御前か?」
「そうや、ウチには小鈴やけどな」
「人に話すと、心が軽くなるぞ」
万華は、俺の顔をじっとみた。
「権さん、流石、名探偵やな。依頼者からも、被疑者からも、そうやって聞きだすんやな。ウチにはでけへん芸当やで」
俺はこの時、被疑者に自白を迫る万華が思い浮かんだ。『オノレ、命欲しいなら、ささっと吐けや』と。
「権さん、変なことを考えとるやろ」
「いや、そんな事はない」
万華には、人の心を読む力があるのかと思うときがある。
「権さん、顔に出るんや。まあ、ええわ。小鈴のこと、話したる。…… ウチが、ここにおる間でも、権さんに知ってもらとっても、ええやろ」
万華は、また、空を見上げて話し始めた ……
◇ ◇ ◇
鈴鹿峠から、少し離れた村の、さらに少し離れた森の入り口に小さな庵があった。そこには17歳くらいの姉と10歳くらいの妹が住んでいた。
「小鈴、お食べ」
「万華姉ちゃんの不味いから、嫌。要らない。万華姉ちゃんだって、食べないじゃん」
「小鈴、お前は人の子なんやから、食べんと死ぬで。ウチは、ちょい違うんや」
「だって、不味いだもの。お芋が固くて食べられないぃぃぃぃ」
1カ月前、万華に助けられた小鈴は、亡くなった両親の骸にすがって泣いた。万華は小鈴が泣き疲れるまで背中をさすってやり、そして、一緒に土に埋めた。
今、小鈴は妹として、万華と一緒に暮らしている。
「小鈴、噛めば食べれるやろ。ガシガシって噛めば」
万華に言われても、小鈴は頬を膨らまして口を尖らして抗議した。
「しゃない。もう少し火通すけん。『三昧真火』で、ゆるゆる焼くのは難しいんや」
『三昧真火』、水でも消えない仙術の炎。この頃、料理をしたことがない万華は、火を通すのに『三昧真火』を使っていた。その結果、多くの食べ物は灰なった。
「万華姉ちゃん。お芋が消えたよ」
「しゃあない。今日も仙薬で我慢し」
「えー、苦い」
「しゃあないやろ。わがまま言わんとき」
◇ ◇ ◇
「万華姉ちゃん、もう飽きた」
「あかん。字くらい覚えとかんと、大きゅうなったとき、恥ずかしいで」
万華は、板や地面に書いた文字をなぞらせて、小鈴に文字を教えていた。当時としては貴族でもない平民が文字を教わるような事は殆ど無かったが、唐天竺、他の平行世界で転生者を見てきた万華には、経験上、文字は読めた方が良いと感じていたのである。
「隣の、ねねちゃんも、字なんか読めないよ」
「ええんやて。小鈴は小鈴や。この程度、天仙の修行に比べとったら屁みたいなものやで。ウチは屁はせんけどな」
そうは言われても、遊びたい年頃の小鈴。初夏の気持ちの良い風は、小鈴を外へ誘う。蝶々が目の前を飛んで行くのが見えた時、もう、我慢できなくなった。
「ああ、蝶々だ」
小鈴は、机を離れて、部屋の中を走って蝶々を追った。笑ってキャキャと声を上げる。
「あっ、こら、小鈴。しゃないなぁ、ウチが追いかけるぞ〜」
万華であれば、小鈴を捕まえることなど造作も無いことだが、こういう時は、人の子の姉のように妹を追っかけた。
しばらく追いかけっこをしたあと、
「捕まえたで。さあ、今度は、丘まで競争や」
「きゃー、はははは」
大小 2つの影は丘まで、駆けていった。
◇ ◇ ◇
雨がシトシトと降り、蕭々した晩秋の夜は、小鈴は万華の胸で泣く。母を思い出し、あの恐ろしい日を思い出し、心細さで泣く。
「おかぁ、おかぁ、えーん、えーん」
そんな時、万華は、添い寝しながら、小鈴が泣き疲れるまで頭を撫でた。
◇ ◇ ◇
「万華姉さん、もう一回お願い」
「ええで、剣は、しっかり握りや。せやけど、手首が堅うなってはあかんで。後は呼吸や」
万華から剣を習うころ、小鈴は美しい女性に成長していた。その頃から、美人姉妹の噂は周辺の村々に知れ渡っていたが、村人は2人に対して、決して下心を持つことは無かった。姉妹が、山賊や盗賊を瞬時に殲滅したことを何度も見ているからである。
万華と小鈴が穏やかな日々を送っている頃、大嶽丸なる鬼が天竺から魂魄を飛ばして、日の本に渡来した。受肉した大嶽丸は鬼たちを集め、一軍を作り、陸奥から武蔵、相模、そして伊勢へと荒らし回った。男を殺し、女を犯し、子供を喰う。通った場所は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。その一軍が、京に迫ってきたのである。
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