第35話 万華 感傷に浸る

「おい、樹の精霊、なんで小鈴こすず、鈴鹿御前なんや」

と万華は、ちょっと不機嫌になって聞いた。


「この地の思念の残滓で、あなたとこの人物ことが強く表れたからです。人の記憶から消え去る蓬莱の仙人であっても、大地に残る思念の残滓は消すことはできません」


 万華の頭には昔の事が蘇った。小さな子供の小鈴こすずを助けて、育て上げ、大嶽丸を討ち、天命を全うするまでつき合った転生者 鈴鹿御前。万華の長い生涯の中で、最も長く、一緒に過ごした小鈴こすずへの懐かしさと愛おしさがあふれ出た。


「分かった。久しぶりに稽古をつけたる。手は抜かへんで」

「それでは、一太刀参ります」


 万華は長い槍、鈴鹿御前は太刀を顕現させて、槍と太刀の金属音を奏でながら、ぶつかり合った。


「ほう、樹の精霊、小鈴こすずの真似が上手いやん」

「お褒めに預かり光栄ですわ」


 二人は、膠着した。お互いに気の探り合いである。


 千数百年ぶりの鈴鹿御前。樹の精霊が変化へんげしたものとは思えない程よく似ていた。間合いの取り方、足の運び、目の動き、呼吸の仕方、気の運用の仕方、剣の構え。どれも万華が教え込んだものだ。


「行きます」

と鈴鹿御前は、剣を横にし、陽に構えて万華に向かって走り込む。一方、万華は槍先を下にして迎え撃つ。


 キーンと金属音がした。


 万華は太刀の斬撃を槍でいなし、槍先を回転させて太刀を絡め取ろうとする。鈴鹿御前は流れに逆らわずに回して、逆に槍を抑えて、そのまま滑らせて万華の手を狙う。


 万華は右に回りながら、槍をさらに回し、今度は太刀を抑えにかかる。


 そして、蹴りを入れた。


「戦場の武器は槍や太刀だけじゃないで」


「ふう、流石です。万華さん、100分の1も実力、出してないでしょう?」

「いや、10000分の1も出してないで。せやけど、人間を相手する中では、お前はまあまあやな。よう小鈴こすずに似せてる」


 鈴鹿御前は肩で息をしている。


 万華はその姿を見て、樹の精霊は人の体の構造まで似せていることに気づいた。そして、少しの間待ってやろうと思った。


 鈴鹿御前は一息ついて、

「普通の人では、やはり敵いませんわ。この剣を使わせて頂きます」


 鈴鹿御前は、持っている太刀を捨てて、両手を前にだし、尊い物を受け取る仕草をした。すると、その腕に3本の剣が現れた。


「ほう、そこまで似せるとは驚きやな。せやけど、偽物には違いないで」

「私は、天界の宝物庫の者達とは親しい仲なのですよ。だからある程度は似せることがきますわ」


 3本剣の剣は、大通連、小通連、そして顕明連の三明の剣である。鈴鹿御前が顕明連を取ると、大通連と小通連が空中に浮かんだ。


「面白ろいやん。さあ、行くで」


 万華は槍を後ろに高速に移動して、拳を打ち込もうとする。すると大通連と小通連がそれを防ぎ、大きく槍を回すと顕明連が防ぐ。三つの剣が万華を攻めるが、槍が高速に回り躱していく。


 剣と槍が打ち合えば、土埃が舞い、払えば大気が震える。剣戟は轟音となり、山に木霊した。


 三度目の打ち合い。


 万華にしてみれば、三明の剣をもってしても、子供をあやしているのに等しい。しかし昔の一途な鈴鹿御前を思い出して、手合わせを続けた。


「あああ、もう駄目です。人間の体に似すぎたのが失敗でした。大嶽丸にしておけば良かったですかね」

「ドアホ、大嶽丸やったら、お前さんでも、既に命はないで」

「うわ、こわ


 鈴鹿御前と万華は三明の剣と槍を収めて笑い合った。


「思念の残滓から見ると、万華さんと小鈴こすずさんは随分と長い間過ごしたですね」

「せや」

と万華は一言だけ答えた。


 万華は、夏の青い空を見上げしばらくの間、遠い昔の小鈴こすずとの事を思い出していた。


小鈴こすずは、とっくの昔に転生したけん、何処かの世界で冒険やっとるやろな。ウチは小鈴こすずを覚えてるんやけど、小鈴こすずの記憶にはウチはおらへん」

と寂しそうに答えた。


 そして続けて、

「蓬莱の仙人の宿命や。力の代償やからしゃあない」

と万華は立ち上がり、

「かぐやが来たようや」

と言った。


 天女姿のかぐや姫が、フワフワと飛んでやって来る。


「さっき、雷のみたいな剣戟の音がしとったけど大丈夫?」

とかぐや姫は万華に声をかけてきた。


「ああ、大丈夫やで、こっちいや」


 かぐや姫は万華の横に立っている女性を見て首を傾げた。見た覚えはないけど、何故かよく知っている感覚がある。


「あら、こちらは、どなたはんでしゃろか」

とかぐや姫が口元を羽衣の長い袖で隠して聞いてた。


「蓬莱の樹の精霊や。小鈴こすず …… 鈴鹿御前に変化へんげしているんやで。ほんで、かぐや、鉢持ってきたか?」


 かぐや姫は、懐をもそもそすると、手のひらに収まるほどの鉢を出してきた。それを大地に置くと、瞬時に一抱えもある鉢に変わった。


小鈴こすず、いや、蓬莱の玉の樹の精霊、もうええやろ」

「有り難う御座いました」

と鈴鹿御前は、お辞儀をして鉢の中に入った。


「かぐやさん、今度は、ちゃんと天界に送ってくださいね」

と言葉を残すと、蓬莱の玉の樹は鉢の中に収まり、大地に根付いてた大きな樹は消えた。


 そして、かぐや姫が手を叩くと、鉢と蓬莱の玉の樹は消えた。


   ◇ ◇ ◇


「万華、蓬莱の玉の樹は天界に戻したのか?」

と俺は万華に聞いた。


「戻したで。樹の精霊も悪性に変わらず、ウチの話を聞いてくれたけん、そんなに大事おおごとにならへんやった。そいで、記憶を無くした人の方はどうやろ」

「インタビューで話していたから、回復したようだ。綺麗な音を聞いてから、意識が無くなったと言っていたよ」

「そうけ、その程度の被害で良かった」


 そう告げた後、万華は少し離れて空を見上げている。


 俺は、そんな万華が少し心配になり、かぐや姫に聞いてみた。

「万華、あいつ、どうしたんだ? 何か何時もと違うぞ」

「昔、世話した転生者を思い出したんやて。鈴鹿御前って言うとった」

「えっ、鈴鹿御前って転生者だったのか」

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