第33話 万華の心配

 深夜1時まで、あの娘達のカラオケ大会につき合ったが、俺は中座した。あの2柱のパワーにはついて行けない。


 その歌の方だが、現代の音楽を知らないはずのかぐや姫は、1回聴くと2回目からは正確に歌う。流石天女だ。

 一方で万華は、歌に合わせて、一々変化へんげするので目まぐるしい。そのレパートリーも1970年代から現代までを網羅していた。男性フォーク歌手に変化へんげして『神田川』を歌った時は、飲んでいた酎ハイを噴き出したぜ。


 そんな万華を見たかぐや姫は、

「ええ曲やけど、万華は、いっつもそないな風に茶化すさかい、弁天先生に怒られたんや」

と次に歌う曲を探しながら、感想を述べた。


   ◇ ◇ ◇


チン

——— エレベータのドアが開く ———


 俺は40歳代の重い体を引きずり、待ち合わせの時間に合わせてロビーに降りた。すると、そこには、短パンにタンクトップ姿で、ジョギングから帰ってきた万華がいた。


「万華、かぐや姫は?」

「ウチがジョギングに出るときは寝てたで。あいつは朝寝坊なんや」


 万華と話していると、そこへ、かぐやが降りてきた。目をこすり、まだ寝たりないようだ。


「おはようさん。万華に千野はん、お早いどすね」


 いや、待ち合わせの時間はもう過ぎているから。


「かぐや、部屋の鍵、持ってきてる?」

「ほら、この通り、ちゃんと持ってるで」


「ほな、外のテーブルで話をしよか」

と万華は、かぐや姫と俺を外のテーブルに誘った。


 朝食は俺だけ。2柱の前には、飲まない水だけが置かれた。


「かぐや、蓬莱の玉の枝の場所は目星はついてるんか?」

と万華が、かぐや姫に聞く。


「京の都から東の方、伊勢までの間辺りや思うわ」

「随分範囲が広いな。なんか他に手がかりはないのか。魔法具みたいに、光りとか出さないのか?」

と俺は聞いた。


 かぐや姫は、顎に人差し指をつけて

「シャリン、シャリンと音がするで。根付いたら、それは凄い音やで」

と答えた。


 それを聞いた万華が、ピクッとした。


「かぐや、お前、ウチに言ってへんことないやろな。ほんまに、以前と同じ蓬莱の玉の『枝』なんやな? !」


 万華が何故か厳しい表情を浮かべて、『枝』を強調した。それを受けたかぐや姫は泣き顔になった。


「うへーん。ほんまは、鉢や。堪忍な、万華を騙すつもりはなかったんや。ちょい、言いそびれたんや、うへーん」


 泣き顔を見ていると、万華が蓬莱に帰れないと言って泣いた時のことを思い出す。万華と同じに鼻水垂らして、可愛い顔が台無だぜ。しょうがないので、かぐや姫にティシューを渡すと、涙を拭き、鼻を噛んだ。

 魔法具は、相応の力が無いものが触れると、害を与えることは、これまでの経験から分かったが、蓬莱の玉の枝も何か良くないことがあるのだろうか。


「万華、蓬莱の玉の枝は何かまずいのか?」

と俺は聞いた。


 万華とかぐや姫によると、蓬莱の玉の樹は、根が銀、幹は金、玉は真珠のような白い石でできている。その玉は美しい音を奏でるが、地上の人が聞くと記憶を失ってしまうと言うのだ。ひと枝程度なら一時的な記憶障害程度で済むが、玉が多くなり、複雑に重なり合った音を長い時間聞くと、完全に記憶喪失になってしまうらしい。


「せやから、根付いて大きいなってみい。大変なことになるやろな」


 俺は万華に向かって、

「集団記憶喪失が起きるってことか」

と答えた。


「それだけや、あらへん。蓬莱の玉の樹は、樹齢1万年の神木や。精霊も宿っとるけど、樹が大きゅうなれば、それなりに力をつけてるやろな」


 一筋縄では行かないかもしれないと言う事だろう。


 それを聞いた、かぐや姫は鼻を啜りながら、

「虫干しするので鉢ごと送ったんや。まさか、その鉢が地上に落ちるなんて思いもよらなんだ。かぐや、如何しよう」


 かぐや姫はべそを掻きながら、体を小さくして答えた。見かねた万華は、かぐや姫の背中を摩りながら、

「かぐや、鉢を送るのは普通の仕事や。それに今回は、かぐやが落とした訳ではない。そやから、あまり思い詰めなんや。さっきはキツいこと言って、ごめんな。堪忍やで」

と慰めた。


 万華の慰めに、気を持ち直したかぐや姫は、うれしそうに笑った。その笑顔を見れば、公家や帝が心を奪われるのも頷ける。

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