過去の解明(3)
「なんだよ、これ……最初から死ぬ気だったのかよ。
それに、今さら愛してるだなんて言われたって、
どうしようもないだろ」
感情を抑えきれず、
手の中の手紙はくしゃくしゃになっていた。
目から溢れ出す激情の証は
万年筆のインクに絡み付き、紙を滲ませていく。
「この文は、柊様と椿様が
化野にやって来た夜半に手渡されました。
『私にはこの手紙を手渡す勇気がないの。
最後の我が儘だから』と
半ば強引に押し付けられたものです。
それがまさかこんな結末を迎えてしまうだなんて、
あのときは思いもしませんでしたが」
その発言がダメ押しとなり、
彼は理性を失ったように泣き出してしまった。
号泣とまではいかないまでも、
みっともなく声を漏らして泣き喘いだ。
「本当に最低だよ、母さん。
こんなもの残すくらいなら、
自分が母親だって名乗ってくれたら良かったんだ。
死んだ後にこんなもの見せられたって、
どうしようもないじゃないか。
やっぱり、俺のことなんて……」
やはり愛してはいなかったのだ、
と続けようとした彼の前に
ペンダントが突き出された。
彼は唐突な椿の行動に目を丸くする。
「これ、見てください」
手の平に乗せられたそれは
ロケットのペンダントであった。
しかも錆か何かで薄汚れていて、年季が入っている。
ロケットを開けてみると、
中には楕円状に切り取られた写真が埋め込まれていた。
「これ……俺だ」
そこに映っていたのは
小学校の入学式に撮影された彼であった。
でもどうしてこんなものを椿が持っているのだろう。
「女将さん殺害の証拠を探していたときに
洞窟で見つけたのです。
錐や簪と同時に見つけました。
これ以上は言わずもがなですよね?」
水神様だけでなく椿さえ彼に容赦ない。
愛されていなかったから仕方ないと
諦めようとしていたのに
ちっともそれを許してはくれないのだ。
彼はそのロケットのペンダントを握り締めた。
「こんなものまで後生大事に持ってたりして
……母さんは馬鹿だよ。
でも、ずっと母さんのせいにしてきた
俺だって屑野郎だ」
泣きながらふっと笑う彼を見て、
水神様は何かをやり遂げたような顔を見せた。
「あっ。水さん、水神様が!」
椿に腕を引かれ、顔を上げると
目の前の水神様の身体が半透明になっていた。
哀愁を帯びたような水神様は
光に融け込みそうなほど淡かった。
聞くまでもない。
水神様は消滅寸前なのだろう。
「水神様、
何か言い残したことはありませんか?」
彼の問い掛けに朧ながらも反応を見せ、
「あります」と口を動かした。
「隼人に、約束守れなくてごめんなさいって
言っておいてください」
水神様は口の端だけを持ち上げてニッと笑った。
「そんなことが聴きたい訳じゃありませんよ。
時間が許す限りって、
水神様の命のことだったんでしょう?
だったら水神様が今一番
伝えたいことを言ってください!」
水神様は背もたれに身を任せ、
虚ろな目をしてふふっと微笑んだ。
「さぁ、なんでしょうね」と
まるで他人事のようだった。
それから向かいにいる彼を見て、
水神様は困り顔を浮かべる。
「すみません、柊様」
「何がです?」
彼は険しい顔で水神様に詰め寄った。
どんな一言も聞き漏らさないでおくためだ。
「撫子――いえ、あなたのお母様である
艶子さんをお守りできなくて。
化野から逃がしてあげられなくて。
彼女が行為を強要されて苦しんでいるときも、
何もできなくて。不甲斐ないです。
神様が、聞いて呆れますね」
水神様の目蓋がゆっくりと下りていく。
彼は抗うように声を上げる。
「もう何もありませんか!?」
下りかけた目蓋がまた持ち上がるが、力はない。
「あぁそういや、
隼人を守りたかったのは本当ですが、
それを言えばあなたも同じなのです柊様。
撫子の大事な人、
息子である隼人もあなたも守りたかったのです。
それから柊様の大事な人である椿様もです。
三人をお守りすることができて、
本当に良かった……」
次の刹那には水神様の姿は見えなくなっていた。
空気と一体化したかのように、
水神様のいた辺りに淡い光の粒が輝いている。
しかしそれもはじけて消え、空気に融けていった。
「なあ椿」
「何ですか?」
椿はいつものように優しく笑いかけてくれる。
「少し休まないか。
ここのところ、あまり眠れてなくてな」
彼の目にはうっすらと黒い隈ができている。
彼は目を擦り、疲労を訴えかける。
「そう、ですね。今は骨休めにしましょう。
きっと帰ったら、息を吐く間もないでしょうから
……今だけは現から夢に逃げましょう」
彼には考えるべきことが山程残されている。
それは明確だ。
だからこそ、この今だけは安らかに眠りたい。
水神様は城崎艶子を愛していたのですか。
なんていう質問も夢の中で。
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