計画的な犯行の謎解きタイム


 なんでこんな時間に駆り出されなきゃ……

 などと文句を連ねる周辺住民を束ねて、

 彼は洞窟を目指した。



 椿、無事でいてくれ。 



 切なる祈りを胸にひた隠して

 洞窟に辿り着くと、

 彼らはその存在に驚いていた。


 彼は構わず闊歩し、

 その先に見えた光景に言葉を失う。



 口には布を巻き付けられ、

 上半身の服がはだけて露わになっている胸。

 両手両足を縄で縛られ、

 うつ伏せに押さえ付けられている椿の姿があった。

 口を覆われているために呻き声すら

 満足に出せないようだ。


 彼は憤りながらも震える手で

 カメラのシャッターを切る。


 立ち尽くして動けなくなっていると、

 遅れて住民もやってきてその惨状に声を上げた。


 ようやく住民の存在に気付いた村長は

「い、いや、これは

 この娘から言ってきたことで……」と

 しどろもどろに見え透いた嘘を吐く。


 卑しい村長の顔を目の当たりにした住民は

 呆れや蔑視の視線を向ける。

 何も知らされていなかった彼らには、

 ただ村長が椿を

 襲っているようにしか見えないだろう。


 しかし事実はもっと残酷で

 浅ましいものだった。



 住民は口々に村長を非難し始める。

 ただの言葉でも集まれば武器となり、

 村長の威厳をずたずたにしていった。

 村長が怯んだのを境に彼の硬直も解けていき、

 彼は村長の前に立ちはだかる。



「村長、これはこれはいいご趣味ですねー?」


「ひっ!」



 満面の笑みを装う彼であったが、

 目は全く笑っていなかった。



「まあ、あなたの犯した罪は

 これだけではありませんがね。

 何も知らない聴衆、仄暗い洞窟で

 秘め事を行わんとしていた老父……

 さいっっこうの舞台じゃあありませんか!」



 ぐいぐいと押し迫る彼の顔は正気には見えない。

 気でも狂ったかのように大声で、

 聴衆の興味を仰ぐ。



「な、何をするつもりだ」



 恐怖に怯えながらも

 なんとか声を出した村長に、

 彼は妖しく笑いかける。



「何って……

 謎解きに決まってるじゃあありませんか。

 謎は解いて然るべきものですからね」



 村長の額にぬめった滴が浮かぶ。



「あ、ぁぁ」


「さあ、楽しい謎解きの時間ですよ」



 そういう彼の表情は

 ちっとも楽しそうではなかった。

 むしろ、忌々しい老父を断罪して

 破滅に陥れてやろうというような

 どすい目をしていた。


 謎解きという語に誘われ、

 住民はわらわらと寄ってきた。

 人は面白そうなことに

 首を突っ込まずにはいられないのだ。



「何、謎解きって女将のことかい?」 


「女将って何のことよ」


「女将が亡くなったらしいぞ。

 しかも、他殺だとか」



 口々に喋っては各の憶測が飛び交い、

 一気に騒々しさが増した。



「今から謎解きの時間ですので、お静かに。

 皆さん、心してお聴きくださいね」


「まっ――」


「それではまず、

 女将が亡くなったときのことについて

 紐解いていきましょうか」



 村長の声に重ねて、彼は口火を切った。

 もう後戻りはできないのだと

 項垂れる村長を一瞥して、

 彼は聴衆に言葉を放つのだ。



「女将の遺体には何者かに

 前頭部を鈍器で殴られた痕が残っていました。

 これはつまり、女将の知り合い

 であることを示しています。

 口論の途中でカッとなり、殴ったのでしょう。

 この流れでいくと、女将と口論していたという

 小宮さんが容疑者に思えるかもしれませんが、

 彼は犯人ではありません。

 小宮さんは桧山さんとはしくれという飲み屋で

 夜を明かしていたと証言が取れていますので、

 二人は容疑者からは外れますし」



 彼は話の途中で村長に目を遣り、


「まあ、こんなくどい言い方をしなくても

 皆さんはある程度お察しでしょうから」と

 吐き捨てて聴衆の方へ向き直す。



「ざっと割愛してお話ししますね。

 その傷は致命傷ではありませんでした。

 本当の致命傷は後頭部にあり、

 尖器のようなもので刺されたようです。

 そして、その犯行に使われたと思しき

 凶器がこれです」



 彼は隼人に託された椿のリュックから

 ジップロックに入れられたままの錐を取り出した。

 不鮮明な袋に入れられているとは言えど、

 所々から血が垣間見える。

 聴衆の声はさらに五月蝿くなった。



「私怨かしら」


「痴情の縺れじゃない?」


「あの人、男好きって

 もっぱらの噂だったしねえ」



 悪意なき呟きが彼の耳にも届き、

 胸がぎすぎすと苦しくなった。



 何も知らない他人のお前たちが

 簡単に母さんの悪口を言うな。

 母さんの悪口を言っていいのは息子だけだ。



 心の中で叫び、声にはしないよう抑えた。

 ふぅーっと深く息を吸い込む。

 次の瞬間をより劇的にするために。



「女将、いえ城崎艶子さんを

 殺害したのは村長です」



 敢えて淡々とした口調でそう言い放った。

 目の前に立ちはだかられ、

 鋭い視線で捕らえられた村長は

 尋常ではないほどの冷や汗をかいている。

 聴衆の間ではどよめきが起こった。


「そんなまさか」「どうして村長が」


 など彼の意見に猜疑的であった。

 それに縋るように

 村長はみっともない悪足掻きをする。



「そ、そうだ、なぜ儂がそんなことを

 ……第一殺す動機もないだろう。

 そういうお前こそ怪しいじゃないか!」



 尤もらしいことを言って

 周囲の意識を逸らそうとする村長。

 それにまんまと嵌まり、

 彼を非難し始める者まで現れる。


 椿は布を巻き付けられているのに

 もごもごとそれに反抗しようとしていた。

 彼にはそれだけで十分だった。



「いいですよ、村長が殺した

 動機について教えて差し上げます。

 それは皆さんもご存知の御神水に関わることです。

 御神水には大きな秘密が隠されていました。


 それは……

 人骨を糧に生成されているということです」



 さきほどとは比べものにならないほどの

 どよめきが起こり、

 聴衆は「どういうことだ」と騒ぎ立て、

 混乱に陥っていた。     



「水神様という神様がいるのはご存知ですか?

 村長たちはその水神様に頼り、

 人骨を用いて御神水を生成し、

 金儲けのために利用してきたのです。


 おそらく前頭部の傷は

 石井さんがつけたものでしょう。

 村長に脅されたが、

 殺すまではいかなかったようですね」



 村長の顔がみるみるうちに

 真っ赤に染まっていく。



「違う! 石井が殺したんだ。

 儂は遺体を動かすのを手伝っただけだ」


「そ、そうです、

 村長に頼まれて私が、彼女を……」


「いいえ、それは違います」



 彼は石井の言葉をばっさりと

 切り捨て断言した。



「どうしてそんなことが言えるんですか?

 私は確かにこの手で……」


「さきほども言いましたが、

 致命傷は錐によるものです。

 石井さんは殺していません」


「そうだ、どうして断言できるんだ」



 調子に乗ってきた村長を一蹴するように

 彼は冷たい眼を向ける。



「これは俺の憶測にしか過ぎませんが、

 石井さんは女将に恋心を

 寄せていたのではないかと考えています。

 俺と椿がここ化野にやってきた日、

 村長は相当焦ったはずです。

 女将は御神水の秘密に気付いていました。


 おそらくはそのことをネタに

 強請っていたのだと思われます。

 いつ口外されるか分からない恐怖の上に、

 俺たちの登場で限界に達したのでしょう」


「なっ……そんなのはお前の妄想だ!」



 村長が五月蝿く喚き散らすのにも構わずに、

 鉄面皮で押し通す。



「村長は石井さんに命令して、

 女将を殺させようとしました。

 が、石井さんは女将を愛していたために

 それは避けたかった。

 石井さんは女将へ一緒に化野を出るよう

 提案したんでしょう。

 もちろんそのためのお金も用意して。


 でも、女将に断られたんでしょう?

 石井さん」



 彼はにやりと石井に笑いかける。

 確認を取る仕草だけで、ほぼ有無を言わせない。


 尋ねられた当の石井は

「は、はい、そうです」と引き攣った返答をした。



「それに逆上した石井さんが

 鈍器で女将の頭部を殴りつけた。

 そうですよね?」



 彼はまた石井に確認を取るが、

 今度は彼の返答をゆっくり待つ。



「そうです、だから私が女将を……」


「目撃証言がありますからね。

 水神様と、隼人が証言してくれましたよ。

 女将が亡くなったとされる夜中の二時頃、

 村長が女将と会っているところを見たとね。

 それに、巡査に事情説明をしているとき

 俺と椿は濡れ衣を着せられ、監禁されたんです。

 確たる証拠もないのにそこまでするのは

 被害者が自分たちに都合の悪いことを握っているか、

 犯人だからです。

 しかもそのとき、

『お前たちが女将を殺したんだろ』って。

 おかしいですよね、死体を見てもいない人が

 どうして他殺だと断定できるんでしょう?」



 怯む村長だったが、

 まだ言い訳をする余力は残っていたようだ。



「しかし、それだけでは

 儂が犯人と決めつけるのは早計だ……」


「そんなことを言うだろうと思って、

 これも持ってきましたよ。

 では、かけますね。


『――また殺すなんて

 物騒な物言いをするでない。

 女将には水になってもらったまでだ』



 こんなことが言えるのは犯人くらいですよね?

 遺体を埋葬や火葬するのではなく、

 隠滅させる必要があるのは犯人くらいですから」



 村長は口を噤んでしまった。

 ここで反論しないとなると、

 自分が犯人であると認めてしまったも同然だ。



 聴衆は騒然とする。


 女将を水にしたとはっきり自供した音声を聴かされ、

 事実を容認せざるを得なくなったのだろう。

 聴衆はもの凄い勢いで村長たちに群がる。

 その隙に彼は椿を抱き上げ、

 その場から逃げ去った。



 直情型な椿とは違い、彼は目的を最優先にする。

 怒りに任せて椿を救えないなんてことがあっては

 元も子もないのだから。


 椿を奪還し、

 背中には彼女のリュックを抱えている。

 向かう先はもちろん水神様の棲家だった。



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