椿:回想
その頃彼女はワコの滝裏の洞窟にいた。
「これ、外してくれませんか?」
拘束され、男二人女一人という
危機的状況下にあるにも関わらず
彼女は気丈であった。
水に落ちてずぶ濡れになったまま
両手を後ろ手に縛り付けられている。
白いブラウスが透け、内側の下着が露わだ。
背徳感のある絵の主人公である彼女は
しななど微塵も感じさせず、
むしろ凛とした花のようだった。
「そんなことするはずがないだろ。
知られた以上はただで返すつもりはない。
口止めをしなくてはな」
村長の卑しい目が
彼女の全身に降り注がれる。
舐め回すような視線が纏わり付いて気持ちが悪い。
舌舐めずりの音が聞こえたような気がする。
その隣で静かに彼女を
監視している石井は口を噤んでいる。
申し訳なさそうな顔を
しているのが却って気に障った。
そんな顔をするくらいなら、
村長に手を貸さなければいいのに。
それもできない優柔不断なのだろう。
「口止めって、何をなさるおつもりですか。
変なことしたらただでは済ませませんよ」
彼女は真正面から見下ろす
村長をキッと睨み付けた。
しかし村長はそんな威嚇など諸共しない。
「ただでは済まさないだって?
ふん、笑わせるわ。
この状況下でよくそんな啖呵が切れたものだな。
今自分が置かれている状況が分かっているのか?
両手を縛られて、人気のないところで
男二人に監視されている。
もう少し殊勝な態度を
取った方が身のためだと思うがな」
絶対的に自分たちが有利であると
高を括っている村長は余裕の笑みを浮かべる。
そんなことは彼女だって百も承知だった。
それでも彼女は屈服することは選ばない。
村長たちに屈服すると
彼に顔向けできないような気がしたのだ。
「嫌です。私に命令できるのは水さんだけです。
誰があなたたちのような
下卑た男共の指図を受けますか!」
村長の目付きが変わった。
目が据わり、振り上げたと思う間に
彼女は頬を思い切りぶたれた。
その勢いで彼女は右側に倒れる。
「生意気な小娘も嫌いじゃないがな。
そういう奴は屈服させて、
羞恥に堪える顔や泣き顔が見たいんだ。
さあ、何をしてやろうか……?」
村長の吐息が荒くなり、
いやらしい目をした獣の手が伸びてくる。
「触らないでっ!」
その手は彼女の胸元に触れようとして、
彼女は拘束されていない右足を突きだした。
その足は見事村長の顎に命中し、
尻餅をついていた。
村長は濁った目でこちらを見てきて、
彼女は負けじと睨み返す。
「石井、この小娘の足も縛っておけ。
このままだと手に負えん。
口も減らないようだし、
一度痛い目に遭わせないと
分からないようだからな?」
彼女は本能で察した。
今から手を出されるのだと。
気付いて抵抗しようとするも、
命令された石井が彼女の足を固く
閉じさせ縄で縛ってしまった。
これではもう逃げ出すことも適わないだろう。
本当の窮地に追い込まれた。
「水さん、早く来てください……」
心細くなったときには思わず
本音が漏れてしまうものだ。
普段どれだけ憎まれ口を叩いていても、
結局は彼を頼っている。
「お。やっと殊勝な態度になってきたの。
なかなか可愛いものじゃないか。
よく見ればスタイルもいいようだし、
せいぜい可愛がってやるとするか。
女将よりは色気もなくて幼すぎるが」
村長の不穏な言葉に彼女は思わず耳を疑った。
そして彼女の脳裏には厭な考えが浮かんでいた。
「もしかして、
女将さんにも手を出していたんですか!?」
勘違いであってほしいと願いながらも、
真実を確かめずにはいられなかったのだ。
「ああ、それがどうした?
ああそういや、
あの女はいつも潤滑剤が必要だからって
それだけは譲らなかったな――って、
今はそんなこと関係ないだろう」
村長は女将との行為を思い出したようで
口元から涎を垂らした。
それを拭うように
口から這い出てきた舌が唇をなぞう。
舌舐めずりのようで大層気色が悪かった。
「そんな……」
開き直る村長の様にあっけらかんとして、失望した。
おぞましさで膝が笑ってしまう。
彼が救われる結末は用意されていなかったのだと、
彼女の頭はそれでいっぱいになっていた。
「そんなことより、その分肌がピチピチでいいわい。
楽しませてくれよ?」
視界がぼやける。
目の前には人の皮を被った狼がいる。
彼女の頭の中にはもう村長などいなかった。
村長と同じように手を出してきた
見合い相手を思い出していた。
精一杯両足を引き寄せるも
上から順にボタンを外され、
はだけさせられていく。
秘められた胸元が露わになり、
村長は興奮を見せる。
「嫁行き前の娘がこんな辱めを受けたら、
もう嫁には行けないなあ?
なぁに儂がたっぷり
可愛がってやるから心配しなさんな。
お前の初めては儂がもらってやるさ」
鼻の下が伸び、
発情した猿のような顔をしていた。
男という生き物は
女の「初めて」にこだわる節がある。
喜寿にもなった老父がまだ
二十歳にもなっていない乙女に
発情するのでも問題であるのに、
手を出そうとは大問題、いや犯罪である。
しかし彼女もこういう経験が
全くない訳でもなかった。
彼女は目を閉じて、回想に耽る。
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