信じられたワケ
意外にも隼人とは
水神様の棲家へ着くまでに
会うことができた。
なんでも、水神様に
用事ができたとからしい。
深読みしたくなる
内容ではあったが、
まずは目の前にいる
隼人に話を訊くことにした。
「なあ隼人、
水神様と出逢ったときのことを
詳しく教えてくれないか?」
唐突な問い掛けであったろうに、
隼人は嫌な顔一つ見せなかった。
「うん、いいよ。
どこから話したらいい?」
むしろ、構ってくれることが
嬉しいようでさえあった。
「水神様に会おうと
思った理由からで頼む」
椿はそれを切なそうな目で見ていた。
隼人はすーっと息を吸い込むと、
うんと頷いて昔語りを始めた。
「水神様のことを知ったのはね、
本当にぐうぜんなんだ。
ぼく、友達もいなくて、
おかあさんも忙しいから
あんまりかまってくれなくて。
さみしくて、
図書館によく行ってたんだ。
そこでならぼくはひとりじゃないの。
本がぼくをどこか楽しいところへ
連れて行ってくれたから」
そう語る隼人はどこか頼りなげで、
今目にしている以上に隼人は
孤独を感じていたのだろう。
「そっか、本が友達だったんだな。
俺もそんな頃があったよ」
淡い息を漏らして
彼は過去を吐き出した。
あまり美しいものではないけれど、
誰かの慰めになるなら
口にしてもいいと思ったのだ。
「そうなんだ。
じゃあ、ぼくと同じだね!」
隼人は
真っ直ぐな笑顔を彼に向けた。
彼はその笑顔が
眩しくて苦しかった。
胸が痛いと、彼は唇を噛んだ。
「俺と一緒なんかじゃないよ。
隼人はもう独りじゃないだろ?」
その言葉の裏には、
俺なんかと
同じにならないでくれという
切実な願いがあった。
「うん、ひとりじゃないよ」
隼人はやはりどこか寂しそうで
彼は励まして
やりたい衝動に駆られた。
しかし、この手を伸ばして
良いものか悩んだ。
そうこうしているうちに
隼人がそれに気付いてしまう。
「あ、話がそれちゃったね。
それじゃあ続き。
ぼく、
水神様がいるって本で知ったとき、
すごく嬉しかったんだ。
この人はずっと
ひとりだったはずだから、
ぼくと一緒に
遊んでくれるんじゃないかって。
でも、それってひどいよね。
ひとりはすごくさみしいって
分かってるのに
それを喜んじゃうなんて、
ぼくは悪い子だよ」
そんなことない、
隼人が悪い子であるはずがない。
彼はそう言いたくて、
しかし言えなかった。
きっと彼は思いやりの言葉に
気付いてしまうだろうから、
そんなものは
なんの慰めにもならない。
「隼人は水神様がいるってこと、
どうして信じられたんだ?
言い伝えみたいな
ものだったんだろう」
今すべきことは
隼人を慰めることではないし、
気を逸らす方が
隼人のためにもなる。
彼はそう考えたのだ。
彼の言葉で
隼人は我に返ったようだった。
「信じられたっていうよりも、
信じたかったのかな。
誰かいてほしかった。
ぼくのことちゃんと見てくれて、
遊んでくれる人に
会いたかったんだ」
隼人は目から小粒の涙を
ぽろぽろと流し出した。
しかしそれは
今の悲しみというよりは、
思い出したようなものであった。
「お、おい大丈夫か?」
突然の隼人の涙に
彼はおろおろと慌てる。
隼人は明るく振る舞って、
平気な顔を作ってみせた。
「うん、平気。
ちょっと思い出して、
胸が苦しくなっちゃっただけだよ。
それにね、すいにいちゃん。
少しでも希望があるなら、
探したかったんだ。
ううん、見つけられなくても
良かったのかもしれないね。
ぼくはただ、理由もなく
ひとりでいるのが
さみしかったから。
何かしていたかったの」
「隼人……」
彼は隼人を自分の過去に重ねた。
寂しくて、
何かせずにいられなかったのは
自分だって同じだった。
ただ、
隼人は水神様に出逢えたことで、
今もこうしてあどけない
隼人でいられたのだろう。
「でもね、水神様を探すうちに
水神様は絶対いるんだって思ってた」
隼人は曇りのない顔をしていた。
「それはどうして?」
「よく分かんないけど……
だれかがそばにいてくれてる
ような気がしたんだ。
そうしたら、
やっと水神様を見つけたよ。
水神様のほこらを見つけて、
会えたの。
いるって思ってたのに会えたら、
すごく嬉しくて泣いちゃった」
隼人は気恥ずかしそうに頬を掻く。
子どもでも男の子なら、
泣くというのは
恥ずかしいものなのだ。
ダメではないにしろ、
つい隠してしまいたくなるのも
仕方ない。
「分かる気がするよ。
ずっと探していた物や人に会えたら、
それだけで胸がいっぱいに
なってしまうからな」
彼は隼人に同調した。
もし自分も母親と再会できたなら、
きっとそうなってしまうだろう
と儚い想像もする。
馬鹿にされないことで安心したのか、
隼人はさらに続けた。
「そしたらね、水神様はすごく
あわてちゃったんだ。
ぼくが急に泣いたりしたから
かなって思ったけど、
それだけじゃなかったみたい。
ぼくは、『平気だよ』って
言ったんだけど、
水神様はもっと
おどろいちゃってね。
『私のことが見えるのですか?』
って聞いてきたんだ」
思わず彼は椿と顔を見合わせた。
さきほど水神様が二人を見て、
目を丸くしていたのは
このことだったのだろう。
彼は身体を前のめりにする。
「それって
どういうことなんだ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます