可能性の話(2)
二人はそこいらの店で
腹ごしらえも済ませると
早々に隼人を探しに出掛けた。
森の奥地、休憩場、ワコの滝、
霊泉色んなところを
歩いて回ったが隼人は
見つけられなかった。
結局隼人は
水神様の棲家で見つけた。
しかし隼人が無邪気に
水神様と戯れる姿を目にして、
彼は足を止めてしまった。
「水さん、どうしたんですか?」
椿が後ろから背中を突いて
彼を催促するが、
彼は動かなかった。
「今はよそう椿。
隼人に話を訊くのは
後でも構わない」
突然態度の変わった彼を
椿は不思議がった。
彼は戯れる二人を見て、
自分の幼少期を思い出していた。
母親がいた頃の幸せだった、
もう二度と帰らないあの日々。
いつ終わるか分からない
ひとときの戯れを
壊したくなかった。
隼人が自分のような
大人にならないで
ほしいと思いながら、
彼は踵を返す。
「水さん?」
椿は優しくて素直な娘であるから
当然のように彼を心配する。
今は椿が傍にいてくれる、
一人じゃない。
それなのに、隼人を見ていると
孤独だった幼少期を
思い出さずにはいられなかった。
「子どもは遊ぶのが仕事だ。
だから気の済むまで遊ばせてやろう。
話は帰り道にでも訊けばいい。
それまで俺たちは
女将の件を整理しておこう」
「はい、承知しました」
隼人たちに
気付かれないよう注意を払い、
視界に入らない程度離れた。
そこで二人は辺りを見回し、
人の気配がないことを確認する。
それから椿にカメラを取り出させ、
女将の遺体写真を見返し始めた。
何度見ても酷い絵面だ。
一体誰がこんなことを
できるというのだろう。
桧山のように女将に対する
愛情あるものがここまで
惨いことをするだろうか。
いや、それはないだろう。
ああいった狂人的な
愛情を持つ者なら
一人で逝かせたりはしない。
そうでないにしても、
もっと美しく着飾り、
死を神秘的に彩るだろう。
「頭部の損傷や
死体硬直は確認できましたが、
結局致命傷は
確認できず仕舞いですね」
一緒にカメラを覗き込んでいた
椿がそんなことを呟いた。
「そう言えば……そうだったな。
俺としたことが
すっかり忘れてしまっていたよ」
「まだ遺体は
火葬されていませんよね?
今からもう一度女将さんの
ところに行きませんか?」
椿はカメラから目を逸らし、
彼を見つめる。
椿なりに考えがあっての
ことだろうと彼は考えた。
「そうだな。
まだ日が暮れるまで
時間も余っていることだし、
もう一度行ってみるか」
「はい、そうしましょう」
跳ね上がるほど
喜んでいるとは言い難いまでも、
椿は嬉しそうに見えた。
来た道を引き返し、
森を抜けると一気に
日差しが舞い込んできた。
正午も越すと、
屋外を数十分歩くのも
一苦労だった。
ようやく離れに辿り着くと、
そこは不用心にも無人であった。
さらに言うと、
とてつもない悪臭がした。
女将の葬儀が行われた
様子はなかったから
そのままにしてあるのだろう。
女将の夫は既にいなくなったと
仲居から訊いた。
それでも火葬か土葬くらいは
してやるべきだろう。
彼は既に骸と
なり果てた女将を偲んだ。
中に入ると悪臭はさらに強まり、
思わず鼻を覆うほどであった。
二人は手袋とマスクを着用し、
再度女将の遺体を調べ始めた。
彼は擦過傷のあった頭部を持ち上げ、
顔を近付けじっと見つめる。
しかし目視では何も
変わったところは見当たらない。
擦過傷をよく見ようと
髪を掻き分けると、
小さな点のような
傷があることに気付いた。
「椿、他に大きな
外傷は見つかったか?」
彼はすぐさま椿に確認を取り、
その意味を探ろうとする。
「いいえ特に。ただやはり、
強姦致死ではないようですね。
足の付け根付近を
刃物で切られたような
痕があります。
出血はおそらく
これが原因でしょう」
椿は女将の足の付け根から
目を離さずに答えた。
だとすると、
彼が見つけた傷は
致命傷である可能性が高い。
でもどうして?
「そうか。だとしたら、
強姦致死だと見せたい
犯人の隠蔽工作ってことか。
どうりで酷い光景だった訳だ」
彼は女将を殺した犯人に
心底怒りを覚えた。
あんなにも美しかった淑女を
陥れるのは彼にとって許し難い。
女将にはまだ
沢山訊きたいこともあったのに、
それも叶わなかった。
いや、叶わなくなった。
永遠にだ。
「ところで、水さんの方は
何か見つかりましたか?」
暗い思考に陥りかけた彼を
救い上げてくれたのは
椿の一声だった。
「あ、ああ。頭部に尖器で
刺したような痕があった」
その後、椿と全身を
隈無く探したが
他の外傷は見当たらず、
それを致命傷と置くことにした。
彼は去り際に、
息を引き取った女将に
布を被せてやった。
現場の物を動かすのはよくないが、
これ以上朽ち果てていく
女将を見ていられなかったのだ。
それに、女性の素肌を
晒したままでいるのは
彼のポリシーに反した。
離れを後にすると、
空はまだ澄んだ青色をしていたが
二人は構わず、
水神様の棲家への道を辿った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます