可能性の話
重大な情報も得たため、
二人は隼人の教えてくれた
憩いの場で骨休みしていた。
休憩がてら
今後の方向性を決めるのだ。
「死体を水に変えて、
それを売っているだなんて
危険すぎます。
これ以上深追いは
やめて帰りましょうよ」
椿の言うことも一理ある。
死体を扱うことを承知の上で
それを販売している
村の秘密を暴こうものなら、
どんな目に遭わされるものか
分かったものではない。
しかしそれでは
記者という職業は務まらない。
「何言っているんだ椿、
これからが肝じゃないか。
ここまで知って帰るだなんて
勿体ないことできる訳ないだろう。
第一、土砂災害で
ここからは出られないんだ。
じっとしているなんて
勿体ないとは思わないか?」
椿とは対に
彼は俄然やる気を見せた。
気になるものは
探求してしまうのが
男のロマンなのであろう。
「そうですけど……
あまり目立つような行動は
慎むべきだと思います」
「無理な話だな」
「せっかく心配してるのに!」
椿はぷんすかと頬を膨らませる。
しかし彼は
椿の忠告など聞き入れない。
彼なりに気付いたことが
あったからだった。
彼は椿を小馬鹿にするような
笑いを浮かべる。
「水神様の話を聴いて
気付かなかったのか?
村長は
俺たちに嘘を吐いていたんだぞ」
椿は首を傾げ、
深く考え込むような仕草を取る。
そうして暫くすると、
ようやく気付いたらしく
「あっ」と声を漏らした。
「村長さんが御神水を
湧き水だって言ってましたね。
でも、水神様は
御神水を生成しているって
仰っていました。
それに水神様は、
水さんが商売道具に
されていることを
どう思うか尋ねたとき、
水神様は苦しそうに
顔を歪められていました。
他にも何か秘密が
おありなのかもしれませんね」
椿が自分なりの見解を述べると、
彼は満足そうに笑った。
「それだけ分かったなら、
俺の言いたいことは分かるよな?」
意味ありげな眼差しで
彼は椿を見据える。
その怪しげな笑みは
言外以上のことを椿に伝えた。
「ええ、それはまあ」
椿は極めて
淡泊な受け答えをした。
「椿だって
気になるんじゃないか?」
「う」
椿は言葉を詰まらせる。
「それにだ、女将の死を
このままにしておいて
いいはずがないんだ。
俺たちがここを訪れた
翌日に亡くなるだなんて、
何かあると思う。
勘違いかもしれないがな。
一度でも出逢ってしまったんだ、
縁を感じずにはいられない」
彼は遠くを眺める。
今は亡き女将こと、
城崎艶子に並々ならぬ
縁を感じていたのだ。
「水、さん……
やはり、女将さんに
何か特別な情を
抱かれているのですか?」
彼ははっとして椿を見遣った。
椿はそこはかとなく
憂いを帯びた目をして、
彼女もまた彼を見ていた。
「そういうんじゃないよ。
俺はただ、
女将の死の真相を暴くことが
御神水の秘密を解き明かすことに
繋がると思うんだ」
「水さん、でもそうすると……」
それは危険だと言いたいのだろう。
しかしそんなことは
彼も重々承知なのだ。
「分かっているよ。
それでもこの秘密を
解き明かさずにはいられないんだ。
水と名付けられた俺が、
水に纏わる秘密を抱える
化野に訪れたことには
意味があると思う。
俺が誰よりも水であるために
真実を知りたい。
たとえそれが
どんな結末になろうとも、
俺は知るべきなんだよ」
椿はきょとんとした顔をした後、
穏やかな顔をした。
「もしかして、
何か気になることでも
ございましたか?」
「あぁ」
彼は堅苦しい言葉も捨て、
ただ一言そう吐いた。
「それはどのようなことですか?」
「まだ、確信はできないんだ。
それに証拠もない。
今はまだ話せない、すまない」
彼は項垂れた。
椿に伝えたい気持ちもあるが、
余計なことを話して
椿を危機に晒すのは得策ではない。
思いを告げられない
罪悪感で彼は胸を痛める。
しかし椿はそんな彼を
責めようとはしなかった。
「そうでございますか。
ではまた、
時が来たらお話ください。
私はいつでも水さんに
頼られるのをお待ちしておりますよ」
椿は彼ににっこりと微笑みかける。
「そうか、助かるよ。
それじゃあ先に
腹ごしらえをしようか。
それから礼も兼ねて、
もう一度隼人に会いに行こう。
隼人に訊きたいことがあるんだ」
「分かりました」
彼が隼人に訊きたいことというのは
水神様とのことであった。
水神様が語らなかった水神様と
隼人との関係性から
何か見出せることを願って。
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