人は災いの元


「……隼人は

 見えなくなりましたね。

 そちらのお嬢さんの

 お名前を伺っても?」



 隼人がいたときよりも

 水神様は落ち着きのある

 口調をしていた。 



「あ、紹介が遅れてすみません。

 椿凛と申します」


「ありがとうございます。

 それでは柊様と椿様、

 お二人はどういった

 ご用件でここ化野に

 訪ねられたのですか?」



 椿が簡素な挨拶を済ませると、

 水神様は二人に

 質問を投げかけた。

 その目は確実に

 二人を捉えていて、

 品定めするようでもあった。



「御神水の取材のためです」



 彼がそつなく答えると、

 水神様も

 新たな質問を投げかける。



「そうでしたか。

 お二人は御神水を

 どのようにお思いですか?」


「俺は御神水には

 公表できないような秘密が

 隠されていると

 思っていますよ。


 だからこそ、

 水神様と呼ばれる

 貴方に会いに来たんです」



 噂になっていたことは

 口にせず、

 彼は曖昧な物言いで

 攻めていく。



「……そう、でしたか。

 では、その秘密を知って

 どうなさるおつもりですか?」



 水神様の真意は分からない。

 それでも彼は

 嘘を吐こうとはしなかった。



「それはもちろん、

 記事にして

 世間に公表します。

 そうすることが

 俺の仕事ですから。

 それに、そうしなければ

 いけない気がするんです」



 水神様が

 この胸のわだかまりを

 融かしてくれるように

 彼は思ったのかもしれない。



「柊様の

 お気持ちは分かりました。

 椿様は

 どのようにお思いですか?」



 急に矛先が

 向いたにも関わらず、

 椿は慌てる素振りを見せない。



「真実は知らされて

 然るべきだと思います。

 どれだけ取り繕ったとしても、

 ずっと隠し通すこと

 なんてできませんから」



 水神様は静かに首肯した。



「お二人のお気持ちは

 分かりました。

 では、私の知る限りですが、

 御神水のことを

 お話ししましょう」



 水神様は覚悟を

 決めた目をしていた。

 碧い瞳の中にも熱を感じる。



「いいんですか?」



 椿はのめり込むようにして

 問い返していた。



「もちろんですよ。

 私にできるのはお二人に

 御神水の真実を告げることと、

 水を操ることくらいですから」



 水を操るなんて大事だ。

 それなのに水神様はさも、

 自分が無力であるかのような

 顔をしている。



「ではお願いします」



 自分の方が

 何もできないのに。

 彼はそんな

 やり切れなさを感じながら、

 水神様の言葉の続きを促した。



「私はこの村の

 水を浄化する水の神です。

 本来は、ですが」



 水神様は苦渋を嘗めた

 表情を浮かべる。

 唇噛み締めて、

 心底辛そうであった。



「本来は、とは?」



 彼は水神様が

 言葉を詰まらせることすら

 許さなかった。

 時は淡々と流れていくのだ。

 こうしている間にも

 事態は進行しているの

 かもしれないから、

 彼は急いている。



「はい、私の元々の役目は

 水を浄化する

 ことだったのです。

 しかし、何十年ほど前にか、

 私はある特殊な能力を

 授かりました。


 その能力は

 この村の人々を震撼させ、

 狂わせて

 しまうほどのものです」



 妙に勿体振った口調な上に

 歯切れが悪い。

 彼は唇を指でなぞりながら、

 めくれかかった

 皮を剥いでいた。

 もどかしくてたまらないのだ。



「あの、すみません。

 俺こう見えてもせっかちなんで、

 もう少しはっきり

 言ってくれませんか?

 秘密は一つや

 二つではなさそうですし?」



 彼は見透かすような目で

 水神様を煽った。

 水神様のたどたどしさに

 何かしらの

 疑心を覚えたはずだ。


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