容疑者たちの言い分(2)


 二人目には

 板前の小宮を選んだ。



 桧山との会話により、

 比較的話が早く

 済みそうだからだろう。


 小宮は今商店街の

 甘味処にいるらしい。


 二人が甘味処へ赴くと、

 小宮は丁度

 あんみつを食していた。



 気難しい人だと

 聞いていたのに、

 そこにいる

 小宮の顔は緩みきっていた。



「初めまして小宮さん。

 相席よろしいですか?」



 小宮は途端に

 無表情になった。


 嫌とは言わせない

 無言の圧力で

 彼は相席を勝ち取る。


 机にある

 メニューを手渡すと、

 椿は子どものように

 はしゃぎだした。


 ここにいるための

 名目を作るためだろう。



 小宮は食べていた

 あんみつのスプーンを置き、

 口を開いた。



「私に何のご用ですか?」 


「実は女将のことで

 お話がありまして……」


「何ですか」  



 机の上に乗せられた手は

 固く結ばれている。


 小宮は彼のことを

 いたく警戒しているようだ。



「小宮さんにとって、

 女将はどんな人ですか?」



 警戒するべき

 内容でないと思ったのか、

 小宮の表情が少し和らいだ。



「仕事熱心な方でしたよ。

 お客には愛想良くて、

 仕事のときになると

 途端に厳しくなりますから。

 他人にも自分にも

 厳しい方でした。


 でも、ミスは

 全力でカバーしてくれる、

 いい女将です」



 彼は小宮の物言いに

 妙な違和感を覚える。


 その正体に気付くと、

 彼はさらなる質問を繰り出す。



「もしかして、

 小宮さんは女将が

 お亡くなりになったことを

 ご存知でしたか?」


「い、いや、それは……」



 彼の指摘に小宮は

 あからさまに動揺を見せた。


 彼の口振りから、

 自分が女将の死を

 知っているのは

 不自然だと感じたのだろう。



 さらに、自分に

 女将殺害の疑いの目を

 向けられていると勘繰った。

 それ故の反応と思われる。



「心配なさらなくとも

 大丈夫ですよ。


 俺は小宮さんを

 女将殺害の容疑者と

 思ってはいませんから」


「そうですか」



 口先では何でもない風を

 装っているが、

 小宮はほっとしていた。



「念のための確認として、

 どうして女将が

 亡くなっていたことを

 ご存知だったのか

 教えていただけませんか?」



 あくまで

 疑っていないという

 素振りを見せると、

 小宮は極めて落ち着いた

 様子で口を開いてくれた。



「口論になってしまって、

 後で頭が冷えてから

 謝りに行こうと思いまして

 ……今朝の五時頃離れに

 様子を見に行ったんです。


 そうしたら、

 女将は既に……。


 疑われるのが怖くて

 言い出せませんでした。


 もちろん、

 仲居や他の従業員にも

 黙っています」



「後になってバレた方が

 面倒なことに

 なるでしょうに」


「それは分かっています。

 でも、

 そのことを知らせて、

 他の従業員を

 混乱させてはいけない

 と思ったんです」



 確かに筋は通っている。


 これ以上言及しても

 無駄になりそうだと

 彼は早々に諦め、

 別の話題を提示する。



「一応なんですが、

 昨晩から今朝方まで

 どこにいましたか?」


「近くの飲み屋で

 早朝まで飲んでましたよ」



 容疑者から

 外されていると知り、

 小宮の緊張が解れつつある。



「そのとき、

 桧山さんという男性も

 その場にいましたか?」



 小宮は顎に手を当て、

 思い出すかのような

 仕草をする。


 名前と顔が

 一致しない現象だろう。



 不意に

「あぁ!」と声を漏らし、

 小宮はすっきり

 したような顔をした。



「よく旅館に来てくださる

 男性の方ですね。

 ええ、いましたよ」



 これで桧山と

 小宮のアリバイは証明された。


 二人がグルなら話は別だが、

 今は一つずつ

 的を絞っていくことが肝要だ。



「そうでしたか。

 ところで、小宮さんが

 女将と言い争っていたという

 話を聴いたのですが、

 何を

 言い争っていたのですか?」


 また小宮の顔が歪む。

 眉間にも皺が寄っている。



「ああ、

 誤解なさらぬように。


 あくまで女将の

 身辺調査が主であって、

 小宮さんを

 容疑者にするための

 材料を集めている

 訳ではありませんから。


 女将は

 秘密多き女性でしたから、

 調査にも時間と手間が

 かかるんですよ」



 女将の台詞を用いて

 はぐらかしてみると

 思いの外上手く行き、

 小宮は笑みを零した。



「女将が言いそうなことです。


 昨夜の言い争いは、

 お客に出す料理に

 関してのことでした。


 私がミスをしてしまい、

 それを

 叱責されたのですが、

 昨夜はなんだか

 雰囲気が違っていました。



『あなたがこの旅館の料理を

 仕切ることになるんだから、

 しっかりしなさい』


 なんて。


 いくら何でも

 まだ先のことだろうと

 思っていた矢先でしたから

 ……驚きましたよ。


 女将もまさか翌日からとは

 思っていなかったでしょうに」



 小宮は故人を思い出すように

 切ない表情を浮かべていた。



 死んでもなお、

 女将は他人に

 影響を与えている。


 怒り、悲しみ、蔑み、

 嫉み、喜び。


 色んなものを孕んでいた。


 女将に関わった人の感情を

 剥き出しにしてしまう。



 それはある意味水のようで、

 彼は感懐に浸った。



 それだけではない。


 小宮の話で少しずつ

 女将の顔が

 見えてきているのだ。

 着実に、

 真相に近付いている。


 それなのに彼のモヤモヤは

 濃くなっていくばかりだ。



「そうです、よね。

 ところで、その場に

 雨水さんは

 いらっしゃい

 ませんでしたか?」



 小宮は旅館に勤めているから

 雨水を知っていても

 おかしくはないはずだ。



「いいえ、雨水さんは

 いらっしゃいませんでした」



 小宮は

 そつない表情で答えると、

 目の前のスプーンに

 手を伸ばしかけていた。


 そろそろ我慢できなく

 なってきたのだろう。


 小宮は見かけによらず

 甘党のようだ。



「そうでしたか……

 ご協力いただき

 ありがとうございます。


 椿、食べ終わったな?


 じゃあもう出るぞ」



 椿は隣で静かに

 葛切りを食していた。


 昨晩も夕食に出たというのに

 えらい気に入りようである。



「は、はい。それでは

 失礼させていただきます」



 椿は目の前の小宮に

 ささっとお辞儀する。


 彼は小宮の分の会計も済ませ、

 店を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る