事情聴取(3)

 様々な言葉で

 感情が揺らめく中、

 彼は一つに焦点を当てる。



「ご主人が亡くなったって、

 どういうことですか?」



 藤寺はそこで

 はっとしたように口を覆い、


「じゃ、じゃああたしは

 仕事があるので失礼します!」


 と足早に去って行った。



 藤寺は驚くほどに

 興味深い発言ばかり

 残してくれた。



 誘導されている感も

 否めないが、

 その危険なヒントに

 縋るしかないのだろう。


 泥水の中を手探りで

 ヒントを探し当てるよりは

 いくらかマシだと願って。



 その後二人は

 周辺住民に聞き込みをして、

 女将こと城崎艶子に

 関する情報を収集した。



 その何人目かで

 気になる情報を耳に挟んだ。



「そういや昨日、

 女将さんが小宮さんと

 言い争ってるの見かけたなあ」



 その男性は旅館で出す

 酒類の仕入れ先である

 酒屋の店主だった。


 もう五十ほど

 回っているらしいが、

 快活で逞(たくま)しい。



「その小宮さんというのは

 誰のことですか?」


「あぁ、あんたらは

 来たばっかで知らんかったな。

 月下旅館で働く板前のことだよ。

 小宮さんが

 あそこの料理を仕切ってる」



 新たな目撃情報だ。


 どうやら彼は

 酒の仕入れに関する相談を

 しに行こうとして、

 二人が口論するところを

 見かけたらしい。



「それはいつ頃の

 ことでしたか?」


「確かなあ、晩飯も食って

 風呂も済ませた後だったから、

 八時か九時の

 間だったと思うぜ?」



 死亡推定時刻とは

 かけ離れているが、

 それが原因となった

 可能性は捨てきれない。


 本人に

 話を訊いておくべきだろう。



「そうでしたか。

 ご協力

 ありがとうございました」



 そのまま踵を返そうとしたが、

 男性は彼が酒を買うまで

 帰してくれなかった。



 その後も二人は順調に

 聞き込みを進めていった。



 一人は女将を

「愛想の良い女性」

 だと賛美した。


 一人は女将を

「とんでもない阿婆擦れ」

 だと罵った。


 一人は女将を

「商売上手」

 だと褒めた。


 一人は女将を

「可哀想な未亡人」

 だと憐れんだ。



 一人一人に

 聞き込みをするうちに

 女将の顔が朧げになっていく。


 女将の本当の顔も

 姿も見えてこない。


 姿形を持たず

 自由自在に変幻できる

 水のようだった。

 


 彼はその中でも女将を、

 可哀想な未亡人と憐れんだ

 人物に目を付けた。


 それは藤寺が

 口にしていたことに合致する。


 女将の過去が

 今の関係性と大きく関わり、

 それが今回の一件を

 生み出したと彼は考えた。



 彼が話を訊いていたのは丁度、

 四十歳くらいの

 既婚女性であった。


 別段美人

 というほどでもないが、

 肌艶があり

 若々しい印象を受ける。



「可哀想な未亡人……

 奥さん、今の話

 詳しくお聴かせください」



 その女性は彼に見つめられて

 頬を赤らめていた。


 華美すぎず地味すぎない

 彼の外見は

 女性に受けたようだ。



「え、ええ、まあ……。


 城崎さんはね、

 数年前まで

 旦那さんがいらして、

 仲睦まじい夫婦でした。


 旅館の経営も旦那さんが

 なさってましたのよ。



 でも旦那さんが突然

 お亡くなりになられてから、

 城崎さん人が変わったように

 厳しくなりました。


 旅館を守るには

 仕方ないにしても、 

 子どもが可哀想よね。


 色んな男性から

 言い寄られるようにも 

 なりましたし……

 それを断り続けるのも

 根気がいるでしょうに」



 事件と直接

 関係がある訳ではないだろう。


 しかし彼にはこの話が何か

 鍵を握っているような

 気がしてならないのだ。



「子どもって、

 女将さんにはお子さんが

 いらしたのですか!?」



 彼が問うよりも先に

 椿が声にしていた。


 あまりの迫力に女性も

「え、えぇ」と

 引き気味のようだった。



「旦那さんがいたときは

 親子三人で出歩く姿を何度か

 お見かけしましたよ。


 でもそうですねえ、 

 最近はそういうのも

 めっきり見なくなりました。


 もしかしたら、

 もう養子に出されている

 のかもしれませんね」



 養子に出す、

 それは金銭的や色んな理由で

 子どもを手放すように

 なったことを指す。


 それはまるで、

 あの日の映像が

 繰り返されるようで

 彼の神経を逆撫でた。



「……っ」


「どうかなさいましたか?」



 女性はとても不思議そうに

 彼を見つめている。


 女性にとっては

 大したことではないのだ。


 思ったことを口にしただけ。

 他意も悪意もない。

 そんな些末事

 でしかないのだから。



 彼は寸前のところで

 怒りを抑えた。


 隣の椿が自分より苦しそうに

 顔を歪めていたことに

 気が付いたのだ。



「いえ何でも――

 やっぱり

 一つだけいいですか?」



 彼はいくつかの

 情報を得るうちに

 気になっていたことがあった。



「何でしょう」


「女将に特定の恋仲相手は 

 いませんでしたか?」



 阿婆擦れだと何だのと

 ばかり訊いてきて、

 肝心なことを

 聞きそびれていたのだ。



 女性は首を傾げて、

 少し考える仕草を取る。


 すぐに思い当たるような

 相手はいなさそうだ。



「いえ、多分

 いらっしゃらなかった

 と思いますよ。


 私はそこまで城崎さんと

 親しい間柄という

 訳でもありませんが、

 月に数度は必ず話をする

 程度の仲ではありましたので」



 女性は誇らしげに

 そう言った後、

 寂しそうな顔をしてみせた。


 女性には嫌われてばかり

 と思われた女将を慕う女性も

 いたのかもしれない。

 彼は少し期待した。



「貴方は、城崎さんのことを

 嫌ってはいませんよね。

 どう思われていたんですか?」



 女性は目を丸くして、

 ふっと笑みを零した。



「ええ、

 嫌いなんかではありません。


 だってあの人は、

 大事なものばかりは

 すぐ壊されるのに、

 要らないものばかり手に入って

 すごく“可哀想な人”でしたから」 



 穏やかな笑みに纏わり付く

 黒いものが見えた。


 どれだけ外見を取り繕っても、

 蓋を開ければ他と変わりない。



 あぁこの人もか。

 彼は静かに落胆していた。



「ご協力、

 ありがとうございました」



 きちんとお辞儀すると、

 女性もふふっと笑い

 何事もなかったように

 場が流れる。



「ああ、それから。


 城崎さんは

 この村の男性にとって、

“オアシス”のような

 存在だったと思いますよ」


「え、それはどういう――」


「それでは私も失礼します」



 女性は二人に背を向け、

 自分の家へと帰っていく。


 その後ろ姿は

 やはり淑女らしいのに。



 さらに聞き込みを進め、

 雨水という村の男性も

 容疑者として名が挙がった。


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