事情聴取(2)

「もう一つよろしいですか?」


「はい?」



 煮え切らない彼の言葉に

 藤寺は聞き返していた。


 彼は藤寺が言い掛けたことを

 気にしていたのだ。



「女将目当ての客が

 結構いると

 仰られましたよね。


 そのことについて詳細を

 話していただいても

 いいですか?」



 彼は恥ずかしいくらい

 じっと藤寺を見つめる。


 藤寺は

「私はいいですけど、

 その……」と

 鷺島に目を遣った。



 視線の先の鷺島は

 やれやれと

 言わんばかりに頷く。


 藤寺の曇った表情が 

 たちまち晴れていった。



「話してもいいみたいなので、

 お話ししますね」


「はい、

 ありがとうございます」



 お礼の言葉で

 藤寺の言葉を促す彼。



「この月下旅館の

 常連客の中に女将さんを

 特に気に入っている方が

 三人ほど

 いらっしゃるんです。


 一人目は女将さんの

 外見が好みだとかで、


 二人目は息子の嫁に

 したいだとかで、


 三人目が女将さんに

 ご執心でした。


 週に一回ほどの頻度で

 宿泊されたり、

 わざと忘れ物を

 していったり、

 貢ぎ物をしたり

 すごいアプローチ

 っぷりでしたよ。


 でも女将さんはいつも、

 誰とも一緒になる

 つもりはないって

 言ってましたけどね。



 それでもその人は

 今も通い続けてるから

 粘り強いですよ。


 ちなみにその人、昨日も

 泊まられていましたよ」



 話したくて

 うずうずしていたらしい

 藤寺はつらつらと

 言葉を吐き連ねた。


 その中に彼の胸に

 留まるものもあった。



「その方の名前を

 教えていただけませんか?」


「桧山さんです」



 今度は鷺島に

 確認することもなく

 答えた藤寺。


 しかしその後すぐ、

 鷺島から説教を食らう

 羽目になるのだろう。



「それでは

 申し訳ありませんが、

 私たちはここで

 お暇させていただきます」



 鷺島に倣って、

 藤寺も丁寧にお辞儀をする。


 声は出さなかった。

 おそらく、

 鷺島に止められたのだろう。



「いえいえ、こちらこそ

 お時間を取らせて

 しまいましてすみません。

 ご協力

 ありがとうございました」


「ありがとうございました」



 互いに二人組になって

 別々の方向へと歩き出す。



 二人は気になる桧山という

 人物への聞き込みは

 後回しにして、

 周辺住民への聞き込みに

 向かうことにした。


 

 どうせ土砂災害で

 この集落からは

 出られないのだからと

 高を括っているのだ。


 それは自分たちも

 同じ境遇であることを、

 彼はまだ気付けていない。



「それじゃあどこから

 聞き込みに行きましょう。

 商店街ですか?

 住宅一軒ずつですか?」



 椿は目に見えて

 分かるほど昂揚していた。



「まあ商店街が妥当かな。

 仕入れ先

 関係もあるだろうしな」



 椿は朗らかな顔を浮かべる。


 はっとしたように手を打ち、

 何かを話し始めようとする。



「そうですかー。

 

 あ。


 それとちょっと

 気になったことが

 あるのですが、

 女将さんの

 遺体を見たときに――」



 そのとき、

 二人の後方から

「柊さーん」という

 呼び声がした。


 椿は驚いたように

 口を噤んでしまった。


 他者の介入により

 憚られたのかもしれない。



 彼はばっと振り向き、

 その声の主を探す。


 彼と目の合ったその人物は

 下駄をカラカラと

 鳴らせて駆けてくる。



「どうかしましたか、

 藤寺さん」


「その、言いそびれたことが

 ありまして……」



 藤寺は

 言いそびれたとは言いつつも、

 言い辛そうに

 もじもじしている。


 一言背中を押してほしい

 ということだろう。



「どうぞお聴かせください。


 今は女将についての

 情報ならどんなものでも

 欲しいので」



 すると藤寺は

 何かから解き放たれたように

 口を開いた。



「実は女将さん、

 結構な男好きらしいんですよ。


 離れで村の男性と

 いるところ

 お見かけしましてね、

 明け方のことです。


 それから度々、

 女将さんが

 男性といるところを

 お見かけするようになりまして。


 しかも違う男性と

 ばかりなんですよ。


 普段は人の良い

 女将さんなんですけどね……

 やっぱり、数年前にご主人を

 亡くされたからですかね」



 噂話でも語るような口調だった。


 死人の話をするにしては

 楽しそうで、

 内容は悪口めいている。


 さきほどは

 鷺島の言動を嫌に思ったが、

 藤寺にも

 嫌なところはあった。

 非のない人間などいないのだ。


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