虫の報せ(2)
「艶子さん、
いらっしゃいませんか?」
「女将さーん、
いらっしゃいませんか?」
彼や椿が声を
張り上げてみれども、
応答はない。
「これは突入するしかないか。
お邪魔します!」
事後承諾で戸を開け、
玄関に入る。
玄関の戸の鍵が開いたままに
なっているのも不自然だ。
彼は靴を脱ぎ、
奥へと突き進んでいく。
釣られて椿もその後を追った。
居間、
浴室と確認してみるが、
女将の姿はない。
最後に寝室に辿り着き、
戸を開けて彼は息を呑んだ。
乱れた衣類、
開きっぱなしの口。
艶やかな浴衣に
付着した血飛沫。
女将は
あられもない姿にされていた。
「こんな……酷い」
まるで強姦にでも
遭ったかのような姿だ。
片胸をはだけさせ、
太腿も脚の付け根寸前まで
捲れ上がっている。
脚の付け根部分からは
出血の痕跡があった。
彼は悲しい女性の姿を前に、
目眩がしそうになった。
なんとかそれを堪えて、
女将の耳元で膝を折った。
口元に耳を近付け、
呼吸を確認するが
呼吸音はない。
目視で胸の上下を確認するも、
それも動かなかった。
さらに手首に指を当て、
脈を取ってみる。
しかしそれも
虚しく終わった。
天井を仰ぎ、深い息をした。
声や悲しみを吐き出す
代わりのような行為だった。
彼は女将に黙祷を捧げる。
それに倣うようにして
椿も黙祷を捧げた。
「椿」
「はい、
準備できています」
「じゃあ先に
撮っておいてくれ」
「承知しました」
二人は何度かこういう事件に
出くわしたことがある。
そのため、
最初の現場を撮影しておくと
後々役立つと知ったのだ。
部屋中隈無く撮り終え、
彼の出番がやって来る。
「椿、手袋」
「はい、どうぞ」
ニトリル性の
手袋を両手にはめ、
彼は死体の鑑識を始めた。
彼には法医学関係者の
知り合いがいる。
その人物から現場鑑識の
いろはを教わったため、
ある程度の識別は可能なのだ。
「頭部の表皮層剥奪が
起こっている。
少量の出血も
しているようだ。
おそらく、
鈍器による擦過傷だな」
一口に言うと、
鈍器で殴られたのが
原因でひどい擦り傷が
あるということだ。
「それから――」
そのとき周囲から
騒がしい声が聞こえてきた。
これ以上
この場にいては危険だろう。
慌てていた彼は
大事な痕跡を見逃した。
二人は現場を後にして、
この集落の巡査を呼びに行った。
そこで本部へ
連絡してもらったのだが、
周囲が大雨に
見舞われているらしい。
そのせいで土砂災害が発生し、
化野に向かうことが
できないという。
数日はそのままらしい。
それまでは
巡査に一任されることになり、
二人は女将の遺体現場へ
巡査を案内する。
「――という成り行きで
ここに来て、
女将さんの遺体を
発見したんです」
巡査に
事情聴取されているうちに、
いつの間にか
村長までやって来ていた。
この事件をどう扱うか、
この場所をどう管理するかで
巡査が呼んだらしい。
事情聴取中に現れた村長は
二人の顔を見るなり
血相を変えた。
恐ろしいものでも
見るような目だった。
何だろうかと彼が思っていると、
村長の冷ややかに
見下す目と目が合った。
「こいつ、
こいつらが女将を殺したんや!」
その場にいた全員が一斉に
村長へ視線を向けた。
「なっ……!」
彼は呆気にとられた。
昨日の取材時とは大違いで、
手の平を返したような態度だ。
これには巡査も
反論せざるを得なかった。
「証拠もなしに
犯人呼ばわりすると、
名誉毀損になりかねませんよ。
それだけの証拠が
おありなんでしょうね?
それこそ、
犯罪現場を目撃したとか」
心強い味方がいたと
彼はそっと胸を撫で下ろす。
「目撃はしておらんが、
こいつらは第一発見者やろ?
なんでも
第一発見者が怪しいという」
村長は杖をついていない方の
手で彼の方を指差した。
今度は周囲の視線が
彼に突き刺さる。
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