ひとりぼっち(2)

 その後、和菓子屋、

 八百屋を回り、

 買い物を終える頃には

 すっかり日が落ちていた。


 外灯もない道は

 民家の明かりが頼りだ。



「すっかり暗くなったな」


「そうですね、

 外灯もないので

 都会に比べると薄暗いです。


 でも、こういうのも

 静かでいいですね」



 都会の夜は街も人も眠らない。


 ネオンに音楽、

 喧騒が溢れ返っている。


 時の流れや

 自然に逆らった日々が巡り、

 またそれが日常だ。



「そうだな、

 たまにならこういう

 静寂があっても

 いいかもしれない」



 もしこれが、

 ゴシップ関連の取材でなければ

 どんなに良かっただろうか。


 椿に同意しつつも、

 彼は周囲に警戒していた。



 あんな情報が

 入ってきたにも関わらず、

 怪しい点がないところが

 却って不自然なのだ。



 きっと何か隠している。


 彼の中には

 疑心暗鬼が生じていた。



「水さん見てください!

 空が綺麗ですよ」



 椿に促されるまま

 彼は空を仰いだ。



「ほおぁぁ……」



 星の林が

 満天に広がっていた。


 仄暗い藍色の空を

 数多の星が暗い足下を

 照らしてくれる。


 村に外灯が

 見当たらないのは

 こういった理由も

 あるのかもしれない。



 都会ではそうそう

 味わえない星月夜。


 こんな宵ぐらいは

 仕事も忘れて、

 星の美しさに

 酔いしれたいものだ。



「ね、綺麗でしょう?」


「そうだな」



 彼はすぐに気を引き締め、

 歩みを進めた。


 来た道を引き返していくと、

 道の外れに

 微かな明かりがあるのに

 気付いた。


 オレンジ色の

 朧げな光だった。


 行き道では

 気付かなかったが、

 日が落ちた今では

 明かりがあるため

 存在の主張がされたのだろう。


 

 目を凝らしてみると、

 それはどうやら休憩場のようだ。


 屋根付きで

 日差しは遮られそうだが、

 規模が小さいため

 定員は三人程度だろう。



 立ち止まって

 余所見をしていたせいか、

 彼の隣にいる椿が

 ひょっこり顔を出してきた。



「どうかなされましたか?」


「いや、向こうの方に

 小さな休憩場があると思って」



 なおも彼は椿の方を

 振り返らなかった。



「へぇー

 そういったものもあるんですね。

 街中ではあまり

 お見かけしないので、

 珍しいです――あれ?」



 椿の声が

 途中で不自然に途切れた。


 聞き流すように

 耳に入れていた水だったが、

 波長が乱れたため、

 彼女の方へ気を向ける。



「どうした、

 何かあったのか?」


「いえ、その休憩場に

 子どもがいるんですよ。

 それもこんな

 暗い中一人きりで」



 椿に言われて彼はもう一度

 休憩場をよく見てみる。


 すると、確かに子どもが

 一人で休憩場の椅子に

 腰掛けていた。


 俯いていて、

 足をぷらぷらさせている。



「確かにいるな。


 どうせ親とでも

 喧嘩したんだろう。


 でも、腹が空けば

 じき家に帰るさ。

 放っておこう」



 彼の判断は

 至極冷静なものだった。


 出先で下手に

 子どもへ声を掛けると

 不審者扱いされかねない。

 また、他人の

 家庭の事情には

 首を突っ込まない方が無難だ。

 自ら問題に関わる必要はない。


 そう考えての発言だった。



 しかし依然として、

 彼女の足は

 そこを動こうとしない。


 休憩場の方角から、

 泣きじゃくる声が

 聞こえてきたのだ。



「水さん、

 あの子泣いていますよ

 ……やっぱり私、

 放っておけません!


 声掛けてきます」



 理論ではなく、

 感情で動く

 彼女には上手く伝わらない。


 椿はこういうとき、

 理性より感情が勝る質だ。



「待て椿、

 下手に首を突っ込むな。


 夕餉の時間に

 間に合わなくなるぞ。


 それに、何があるのか

 分からないんだから――」


「でもっ、泣いている子どもを

 放っておくなんて

 できません!」



 彼の忠告も聞かずに、

 椿はずんずん突き進んでいく。


 一人で暗がりを歩く

 彼女の背中は凛としていた。


 私がどうにかしなければ。


 そういう使命感に

 駆られた彼女は気丈だ。



 けれど、離れていく

 椿の背中は彼の心を蝕んでいく。



 暗闇に融けゆくようで、

 消えてしまいそうな椿の影。


 それは母親の失踪を彷彿させた。


 幾度となく

 脳内で繰り返された映像。



 あれが

 再び現実になるのだろうか。


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