胡散臭い「化野(あだしの)」
電車をいくつも乗り継ぎ、
三時間ほどした頃に
ようやく目的地へ辿り着いた。
その村は泉という
地域に属していて、
大きな川が流れている。
その川は村だけでなく
周辺の市町村にも
伸びているという。
そして、村は泉とは
縁のなさそうな
名前をしている。
化野だ。
あだしの:墓地などを指す。
少々不気味というか
不吉な名前に思った。
ホームに立って、辺りを見回すが、
緑豊かで平和そうな村だ。
川が近くにあるせいか、
気温がいくらか低いように思う。
その周辺に田畑も広がっている。
ビルやマンションばかりの
コンクリートジャングルと違い、
日本らしい趣を感じさせる風景だ。
暖色の日本家屋が建ち並び、
そこかしこに
水路が引かれている。
村全体が水で包まれているようだ。
「わぁー綺麗な風景ですね。
風も涼が感じられて、
心地好いです」
ホームの古びた柵から
身を乗り出し、
椿は美しい自然風景に
すっかり魅了されているようだった。
「椿、ここには
取材で来たんだからな。
遊びじゃないんだぞ。
分かってるか?」
「はい、
分かっていますとも!」
口先ではそう言うものの、
口元に締まりがない。
あの恐ろしい話を
忘れたというのだろうか。
警戒心の薄い椿とは対に、
彼は気を引き締めた。
ホームから降り、
改札を通過すると
老父と若い男が
二人を出迎えてくれた。
「ようこそ、化野へ。
貴方方は、
彗星社の方で
間違いはないだろうか?」
その老父は貫禄があり、
いかにも村長という
雰囲気を纏っていた。
腰が曲がり、
杖をついて立っている様も
それらしい。
薄い白髪頭や皺の具合や
肉付きを見る限り、
七十代後半だろうか。
「はい、そうです。
失礼ですが、お名前を伺っても?」
彼がそう促すと、
すっかり忘れていたというように、
老父は「失敬失敬」と繰り返した。
後頭部を掻く仕草も
なんだか年寄り臭い。
「自己紹介が遅れましたね、
儂は村長の三雲と申します。
こっちは御神水の販促や
製造に関わる石井です」
村長に促され、
前に出てきた男は
三十代半ばくらいに見えた。
程良く引き締まった筋肉と
小麦色の肌が力強さを強調している。
短髪の黒髪も活発的で男らしい。
「どうも、石井和也といいます」
石井は頭をへこりと下げる。
口調といい、声音といい、
見かけに反して
性格は内向的のようだ。
「では、こちら側も
紹介させていただきますね。
俺は柊水で、
こちらの少女は椿凛といいます」
彼は営業スマイルを浮かべ、
自分たちの紹介を済ませる。
その際も、
椿は彼の一歩後ろにいさせた。
「ようこそおいでくださいました。
柊様、椿様。
ささ、私どもに
付いてきてください。
村を案内致します」
村長が先陣を切って歩き出し、
石井がへこへこしながら
二人を誘導する。
絵に描いたような上下関係だ。
数歩先を歩く
二人に聞こえないよう、
彼は椿の耳元に囁きかける。
「椿、俺の前に
出るんじゃないよ。いいね?」
彼の吐き出す言葉が息となって
椿の耳に降りかかる。
鼓膜で木霊する囁き声は
まじないのように
椿の中へと溶け込む。
「は、はい。承知しました……」
椿はおそらく
彼をそういう意味では
好いていないのだろう。
だが、嫌ってはいないのだ。
それ故に、
囁くほどの距離に入っても
椿は彼を拒まなかった。
彼にとってはきっと
それだけで十分なのだ。
傍にいてくれさえすれば、
それだけで。
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