一話
巷で噂の「御神水」
とあるルートから
奇怪な情報を知り得た。
それは「御神水」に
ついてのものだった。
小さな村主宰の「御神水」
という水が突如現れ、
瞬く間に一世を風靡した
噂の天然水だ。
水自身も御神水を
口にしたことはある。
甘みがあり、
口当たりが爽やかだった。
ただ、以前からある
他の天然水と何が違うのかと
言われれば分からない。
その程度のものだったのだ。
しかし、
御神水は今も売れ伸びている。
ボトリングされて
販売されているものだけでも
年商は軽く一億を超したと聞く。
ただ、今回の話は
そんな程度のものではない。
デマか否かは判然としないが、
下手をしたら、
世界中が轟くかもしれない
規模のものだ。
なにせ、
「若返りの効能がある」
というのだから。
それが事実なら、
大スクープ間違いなしだ。
ただこの情報には続きがあって、
それが法外な値段で
売り捌かれているというのだ。
あくまでただの水なら、
500mlのペットボトルで
三桁が限度額だろう。
しかし、若返りの効能がある
とされる妖しい小瓶は、
50mlで一万円弱らしい。
そして戦慄の真骨頂はここからだ。
その高価な小瓶を
一日三瓶摂取しないと、
その効果は得られないという。
馬鹿馬鹿しくて話にならないと、
彼も呆れた。
価格が法外なのもさることながら、
効能が胡散臭い。
現代の技術でそんなことが
あり得るはずがないのだ。
だが、この情報源を
よこしてきた人物は、
見事に
その先入観を取り払ってくれた。
とある富豪の
写真を見せてきたのだ。
五年前に撮った写真らしい。
風格はあるものの、
皺の程度も知れている。
四十代前半にしか見えない
写真の男の実年齢は
五十半ばだという。
それだけで信じることはできず、
彼はその人物とともに
写真の富豪に会いに行った。
すると、写真の男は
写真と違わぬ容姿をしていたのだ。
むしろ、写真よりも
若々しく感じられた。
実年齢は還暦を迎えたという。
しかも、目の前の男は下手をすれば
三十代後半にすら見えるのだ。
澄んだ瞳が
何よりもそれを証明していた。
これにはさすがの彼も
信じざるを得なかった。
情報を知り得たのが一週間前、
男と会ったのが
数日前のことだった。
このことを編集長に話すと、
取材に向かっていいそうだ。
「あぁ、暑い。
溶けてしまいそう……」
彼が所属するのは、
彗星社という小さな編集社だ。
彼は主に、
週刊誌の記事を受け持っていて、
取材と記事作成が主な仕事である。
「今日は最高気温
三十六度を超えるそうですよ」
このネタは大スクープになること
間違いなしな案件だが、
それ故に、リスクも大きい。
情報が真ならば、
真実を知って帰るには
ただで済まないだろう。
それなりの覚悟を必要とされる。
記者としては行くべきだろうが、
彼はこの仕事を受けるか
どうか迷っていた。
大事な捜しものを
未だ見つけられていないのだ。
それを見つけずには、
死んでも死にきれない……。
「生活保護を受けている老婦でも
冷房をつけることが
認められたというのに、
社内に冷房が
行き届いていないだなんて、
一大事です……
これは社員の士気にも関わります」
しゅんとしたような声が
だんだん近付いてくる。
気配を背後に感じた彼は、
彼女を無視することを
とうとう諦めた。
「あーもう、
いい加減にしなさい。
さっきから五月蝿いよ」
観念したように溜息を吐く彼。
彼に返事をしてもらえた彼女は
反対に目を輝かせる。
「やーっと返事してくれましたね、
水(すい)さん」
横から顔をひょっこりと覗かせる
その表情は元気そのものだ。
さきほどの言動は
芝居だったのだろう。
シフォン素材のオフショルダーと
フレアスカートは
椿の可憐さを引き立てている。
「そりゃあ君が
あんまりにも五月蝿いからね。
椿、君には
お淑やかさというものが
足りていないよ。
女性たるもの、淑やかで
気品ある人でなければ……」
そういう彼は
白の長Tシャツにスラックスという
シンプルな服装をしていた。
それなのに髪質が癖毛で
イヤリングをしているせいか、
軟派に見える。
そして彼女は椿凛という。
まだ成人していない十九歳の乙女だ。
椿は彼の助手で、
一応カメラマンの代わりをしている。
しかし、
彼女に課せられた一番の任務は、
好色な水のストッパー兼監視役だ。
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