12.彼女が私をスカウトした理由について
「それで」
戦車が突っ込んだ廃墟の議事堂の中で。
私は、それを作った彼に対して尋ねる。
「一体何のためにこんなものを」
「お遊びさ。面白いかと思って」
「私にそれを見せている理由は」
「君に感想を聞いてみたくてね」
私は、三秒ほど考えた後で、酷評した。
伏字にしないといけないような言葉で。
「女の子が下品な言葉を使っちゃダメだ」
「今はフラットジェンダーの時代ですよ」
「けれど、君ってアイドルなんだろう?」
うるせえ黙れマザコン、と私は思った。
だが、確かに彼の言う通りではあった。
先の発言はアイドルとしてはアウトだ。
「アイドルね」
白い彼は吐き捨てるような口調で言う。
「あんな文化、絶滅させとけばいいのに」
「保存してる私の前でそれを言いますか」
「君は、元々はまるで別の道具だろう?」
彼は私のことを知っていた。
私もそのことを知っていた。
「元々あの計画、僕の昔の発案だからね」
「知ってます」
「まさか本当に実行する馬鹿がいるとは」
「そうですね」
「君は、意図的に作られた不気味の谷だ」
「今の対人AIは解決してる問題ですね」
「でも、君はほんの僅かに解決してない」
「だから、周囲にストレスを与え続けて」
「集団の内部で、異物として排斥される」
でもね、と彼は私に告げる。
「異物ってのは、同時に、特別でもある。大昔の巫女なんかとちょうど同じだな。
異物は、特別だと祭り上げられもする」
だから、と彼は私に告げる。
「ママは、君をアイドルとして転用した」
そこはさすがだ、と言う彼。
「昔からママはAIの扱いが上手かった」
「……貴方ほどでないにせよ、ですか?」
否定の代わりにそう尋ねる。
もちろんだ、と彼のドヤ顔。
「僕はAIの扱いに関しちゃ天才だから。ま、おかげで追われる身なんだけどね」
□□□
白い彼は国際的に指名手配されている。
今では当たり前に使われているVRP。
その開発における、最重要人物として。
世界各国が彼を手に入れたがっている。
VRP開発史における、最大の問題点。
VRPは人間の視覚に強烈に作用する。
高度なものは、現実と判別が付かない。
悪用すれば、容易に惨状を作り出せる。
故に強力なセキュリティが必要だった。
その強力なセキュリティを彼が作った。
いや、作らせた。一対のAIを使って。
手法は簡単だ。古典的とも言っていい。
黎明期の、ボードゲームAIの育て方。
二つのAIを用意しひたすら戦わせる。
同じ方法でセキュリティを構築させた。
ブラックボックス・セキュリティ。
二機のAIは今この瞬間も戦っている。
箱の内部にセキュリティを構築し合い、
人知を超えた電子攻撃を仕掛け合って、
ブラックボックスの中で、ただ延々と。
そして戦闘のレポートが吐き出される。
それを解析し箱の外で利用することで。
VRPのセキュリティは、更新される。
ちなみに考えたのは彼が最初ではない。
誰もが一度は考え実現はできなかった。
当然だ。電子戦とボードゲームは違う。
そんなよくある代物の典型だったのだ。
彼があっさりと作り上げてしまうまで。
当時のVRP開発の問題解決のために。
彼は最強のセキュリティを作りあげた。
それは、こんな風に言い換えが可能だ。
彼は最強の電子戦AIの双子を作った。
□□□
「あの二機に対する権限を僕は持ってる。だから一部の人が僕を捕らえたがった。
あんなの、頼めば幾らでも作るのにね」
変な人たちだ、と彼は言う。
「おかげで逃げ出さなきゃならなかった。しばらくはもう大変だったよ。ただし」
「VRPが浸透するまでの間は、ですね」
「その通り。今は幾らでも透明になれる」
例の警備会社は、当然、今も護衛中だ。
現在、この病院の周囲に展開している。
彼はそれを容易く突破してここにいる。
「あの二機に対する権限を持ってる僕は、VRPの歩くセキュリティ・ホールだ。
僕を捕まえてないのにVRPを広めて、あの人たちは何を考えてたんだろうね。
全員殺しちゃったからわかんないけど」
「……私にはわかりませんね」
本当は分かる。ちゃんと分かっている。
彼にも、ちゃんと分かっているはずだ。
見えているものを、見ない振りをした。
ただ単に、それだけのことでしかない。
「世界は相変わらず『平和』から遠いね」
と彼は笑う。白い少女そっくりに笑う。
「……そういうのは、どうでもいいです」
「どうでもよくないって。人類の夢だよ」
「それより貴方のお義母様は」
「ママ」
「……貴方のママのことは、」
「ちゃんと知ってるよ。当然」
「なら」
と言い、その続きがないと私は気づく。
「ふむ」
と白い男が一つ頷き、言う。
「さすがママだ。よく手懐けられている」
「私は」
手懐けられてなんていない。
「AIは手懐けるものだよ。犬と同じさ」
「その発言は誰かに怒られますよ。多分」
「察するに、君としては、だ」
私の注意を無視し彼は言う。
「親子の感動の対面を求めているわけだ」
「……どう捉えてもいいです」
「僕とママの仲違いが終わって欲しいと」
「……そうかもしれませんね」
「けどそれは勘違いだよ。残念ながらね」
「勘違いとは」
「僕はママが好きだ。結婚したいくらい」
私はしばし単純演算を行い、
「……貴方ってもういいお歳ですよね?」
「愛を前に年齢なんて関係ないものだよ」
「彼女は貴方の育ての親なんですけれど」
「愛を前に倫理なんて関係ないものだよ」
「すみませんが、マザコンと呼んでも?」
「マザコンじゃなく、これは純愛と言う」
「ええと……」
倫理的演算を行う回路が混乱する中で。
「……どこがそんなに好きなんでしょう」
「可愛いだろ」
「そりゃ確かに今の彼女は可愛いですが、彼女の本当の年齢はご存じでしょう?」
「ふざけんな。元々ママは可愛いだろ! ああやって若返る前のBBAの頃から!」
想像以上にやべー奴だった。
「そんな顔するなよ。おじさん傷つくぜ」
「妥当な評価だと思いますが」
「本気で結婚したいなんて思ってないさ」
何一つ信用ならない弁明をしながらも、
「でも、そうだな。可愛いとは思えても。僕はママを母親としては見れなかった」
例の笑顔を浮かべて言った。
「僕の母親は、やっぱり母さんなんだよ」
白い少女とそっくりの笑み。
「僕の思考は、ママとは全然似ていない。僕の思考が似てるのは、母さんの方だ。
母さんもママが好きだったに違いない」
「普通に敵対してたんですが」
「『つんでれ』って言葉は?」
「知ってます」
「母さんもママもツンデレだったからさ」
くすくす、と白い彼はしばらく笑った。
「んで?」
「はい?」
「何か言いたげな顔してるぜ」
「……」
「おじさんが聞いてあげるよ。広い心で」
「……貴方は、確かこう言いましたよね。彼女が私の性質を見込んで転用したと」
「ああ」
「それは全然違うんですよ。私はですね。『写真』を撮られるのが好きなんです」
「へえ。そりゃ今どき珍しい」
「ええ。『写真』は免許が必要ですから。普通は撮られない。文化保護以外では」
「それじゃあ」
と彼は呆れ果てた顔で言う。
「君がアイドルになったのは」
「『写真』を撮ってもらうためだけです」
「なあ、君、実はポンコツじゃないか?」
「そのせいで、AI鬱になるくらいには」
「おいおい……とんでもない不良品だな」
そう私に言って彼は笑った。
楽しそうに。懐かしそうに。
「まったく、いかにもママ好みのAIだ。そんなAI、ママは絶対スカウトする」
「でしょう?」
「ああ。意図的な不気味の谷の転用とか、そんな小難しい理由よりよっぽど――」
「――彼女らしいでしょう?」
「ああ――ママらしい理由だ」
□□□
「ウチのバカ息子と会ったろ」
目が覚めるなり彼女は私にそう言った。
まじぱねえ。
「なぜそれを」
「何となく。女の――いや、母親の勘?」
「何ですそれ」
「昔はさ、女の子は魔法が使えたんだよ」
「理解不能なんですけれども」
「フラットジェンダー化される前の時代、使い古されて消えてった、ただの言葉。
あんまり気にしなくっていいよ。別に」
と、そこで。
「おーい! 目が覚めたんだってーっ!?」
ばぁんっ、と。
病室の扉を開けて現れる、BBA2号。
「あの、ここは病院なので、静かに……」
「それどころじゃないって、大変なの!」
私と彼女は顔を見合わせ、
「何が?」
と彼女が代表して尋ねた。
「ちょっとそれ見んしゃい!」
直後、私と彼女の前に表示される画面。
VRPが表示するその記事のタイトル。
『夕焼アカリは、御年100歳のBBA』
私は恐る恐る彼女の表情を窺ってみた。
そこに浮かぶのは凄まじく獰猛な笑み。
「――こいつぁスキャンダルだな」
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