11.お客さん③
新世代党のやらかしたことは多過ぎた。
平和の為に、と。
ありとあらゆるものを破壊しまくった。
しかし、現在では「二十一世紀最悪」として知られるかの政党が、現在のこの島国の根幹を成していることも紛れもない事実だ――誰も口にしないが。
実際、彼らが掲げていた思想の一部は「ジェネレーション・レス運動」としてマイルドな形に変えられ、現在進行形で国際的な広がりをみせている。
政権を取ったばかりのときには「極東の若者たちがミラクルを起こしている」と言われ、党首は世界で一番有名な賞の国際貢献賞(当時は「平和賞」と訳されていた)だって受賞していたくらいだ。もちろん、後に取り消されたが。
新世代党は、ありとあらゆるものを破壊して――当時のこの島国が「平成」以前からずっと引きずってきていた、カビが生えて真っ黒になった古臭い様々な慣習を、一度、何もかも真っ白してみせた。
だから結局、この島国のフラット・ジェンダー化を成し遂げたのも、教育や労働環境に関するあれこれを大幅に改善したのも、各国の各学問の最先端を研究しているような若い研究者が食い扶持を求めて集まってくるこの島の現状があるのも、この島の統合軍が「世界最高の現代軍」と称されるのも、情報機関を設置と運用システムを構築し、サイバー戦や防諜能力を世界最先端のレベルに引き上げたのも、最終的に大国二つの間に挟まれたこの島国の状態が以前に比べて「多少」はマシになったのも、新世代党のおかげだと言える。
ただしそれは、歴史ある町の端から端にスマート化されてない古風な爆弾を落とし、何もかもを更地にするようなやり方で行われた。
その結果、その町の中にあった様々な文化も失われたわけだ。
文化のジェノサイド。
そして当然、スマート化されていない爆弾は、町に住んでいる人間に危害を及ばないように落下地点を変更したり、落下後に最適な爆破地点を求めて移動したり、周辺の民間人に警告し、退避を確認した上で、威力を調節して破片を出さないように爆発するような器用なことはできない。
平和の為に。
その言葉がどれだけ本気だったのか。
あの白い少女が何を考えていたのか。
死んでしまった今では、わからない。
□□□
病室は個室で、今、彼女は眠っている。
私はそれを見ている。
たくさんの管が、彼女に繋がっている。
私はそれを見ている。
私は、彼女のことを記録する道具だ。
理由は「アイドル」を保存するため。
つまり今の彼女を見ても意味がない。
「アイドル」は基本的にライブのステージで踊る存在で、副業的にかつてはテレビジョンで、現在の彼女の場合はネットビジョンで出演して料理を作ったり何かの解説をしたりただひたすら喋ったりする。まあ他にも色々あるとは思う。
でも病室の個室で眠り、管に繋がれている状態は「アイドル」的とは言い難い。
それでも私は彼女を見ている。
『命に別状はありません』
と、医者からは説明を受けた。
『今すぐには』
と、医者の言葉はそう続いた。
今すぐには。
そんなことは知っている。私も。彼女も
知っていた。
「やあ」
と、そこで唐突に声を掛けられた。
「悲しそうな顔をしているね。お嬢さん」
病室は個室だ。
扉には認証式の鍵が掛かっている。
掛かっていた。
「一体、何が、そんなに悲しいんだい?」
そう尋ねる男性は、白い服を着ていた。
白衣かと思ったが違う。ただの白い服。
顔を見ても年齢がよくわからなかった。
「世界はまだ『平和』じゃないんだね」
少なくとも病院関係者ではないことは確かだった――明らかな不審者だ。おまけに、その白い男性は当たり前のように「平和」という言葉を使った。
けれど。
その顔に浮かぶ笑みに見覚えがあった。
彼女の二枚の写真。
その一枚目。
彼女と一緒に映った、白い少女と同じ。
そして二枚目
彼女に手を引かれた、白い少年と同じ。
それと同じ笑顔だ。
何となく眠たそうな――そんな笑顔だ。
だから私はこう告げる。
「こんにちは」
と、その白い男性に告げる。
「彼女の、」
と言いかけて、私は言い直した。
「貴方のお義母様の、お見舞いですか?」
□□□
平和の為の「戦争」。
それはこの島国の中で起こった――大国お得意の代理戦争だ。
目を付けられた理由は明白だ。
当時幾つかあった軍事政権の国家の一つが行った「いつもの」誘導弾外交に対して、新世代党党首が「自衛の為なので」とノータイムで誘導弾を撃ち返したこと。
おまけに「おい正気か」と国際社会と当の軍事政権が思い「おいやめろ」と抗議の声明を出そうとしたときには、すでに軍事政権の本拠地は上陸した統合軍によって完全に制圧されていた。
かくして軍事政権によって弾圧されていた民衆に平和が訪れた。めでたしめでたし――とならなかったことは、まあ当然だ。物事には順序ってものがある。どう考えても普通に国際問題である。
とりあえず、大国二つがぶち切れた。
新世代党が統合軍を作る際、容赦なく切り捨てた旧三軍の将校の一部がそのための「道具」として利用され、「正規軍」を名乗り、民間軍事企業の傭兵部隊を率いて本人たち曰く「クーデター」を起こした。ややこしいことに「正規軍」は二つあった。
戦況は最初から最後まで統合軍の優勢で進んだが(というよりも、正規軍×2が弱すぎた。どうやら最初から最後までどちらの司令部でも旧三軍の将校たちが戦争そっちのけで派閥争いをしていたらしい)、正規軍は物量だけは豊富だったし、大国の諜報員やら特殊部隊やらが潜り込んで「使えない」司令部を無視し部隊間で横のネットワークを作らせていった。結果、戦況は長期化して泥沼化していった。
そこまでは大国の計画通りだった。
統合軍の司令部は、旧軍から引っこ抜かれた「統合」軍としてやっていける人材で構成されていたし、現場の部隊自体は編成を変えただけでほとんどそのままだった。
旧軍の無駄を削ぎ落して、現代戦に合わせて作り直した軍隊――その余り物の、しかもこんなあからさまな裏工作にほいほい乗ってくる程度の連中で構成された司令部では勝ち目はないであろうことは目に見えていた。
それでも、戦争は国を疲弊させる。
大国二つは「正義の味方」として介入できるタイミングを探っていた。戦争で疲弊した国の仲裁に入って、平和ボケした妄想癖の小娘に国際社会の現実を教えてやりつつ、ついでにこの島国に自分たちにもうちょっと都合の良い風に変わってもらおうと、大国のお偉いさん方としてはドヤ顔で思っていたわけだ。
彼女の手のひらの上で。
□□□
廃墟みたいな、議事堂の中にいる。
先程まで、病室にいたはずなのに――一瞬、視界をハッキングされたり、シャットダウンされて連れ去られた可能性を疑った。けれども違う。
これはVRPだ。
環境型。壁の中に魚を泳がせたりするのと同じ代物だ。リアリティが桁外れだが。
「このレベルのVRPって、病院のVRP装置の性能で動かせるもんなんですか?」
「その辺のヘボが一生懸命作った無駄だらけのVRPなら、重すぎて動かせないね」
尋ねてみると、返答があった。
「けれど、僕ならこんなの簡単だ」
ドヤ顔で言う彼のことは無視して、私は議事堂を見回し――その人物を見つける。
白い少女。
いや、もう少女ではなかった。
二十代後半くらいの、女性。けれども昔と同じ眠そうな笑みを浮かべて、真っ白な服を着ていた。この島国で初の女性の、そして歴代最年少の女性総理大臣。二十一世紀最悪とされる党の党首。
白い女性が、廃墟の議事堂にいる。
「あれが僕の母さんで――」
言いかけた彼の言葉を遮るように、背後の壁が爆発した――VRPであることを忘れ、思わず目を閉じ耳を塞ぐ。恐る恐る背後を振り向く。ぽっかりと空いた壁の穴。
その穴から、履帯を鳴らして議事堂に入ってくる巨体――当時の統合軍で使用されていた自律式主力戦車。
そして、その上。
軍服姿が何かの冗談にしか見えない、はっきり言ってちっちゃな女の子にしか見えない、でも当時は二十代後半でちゃんと成人していたはずの女性。
「――あれが僕のママだね」
彼女だ。
ぴょん、と。
彼女は戦車の上から飛び降り、白い女性の下へと向かっていく――片手に拳銃。
彼女は全力で白い女性の名前を叫んだ。
白い女性は静かに彼女の名前を呼んだ。
「てめー何やってんだ。この馬鹿」
「総理大臣だよ。すごいでしょ?」
「そうじゃねー。わかってんだろ」
と言って、彼女は拳銃を彼女に向けた。
そのまま、白い女性へと近づいていく。
向けられた銃口に対し、女性は微笑む。
「平和の為に頑張っただけだよー」
「何が『平和の為に』だ。嘘つけ」
「嘘じゃないよ。これは過程なの」
「過程?」
「そ。平和の為のね」
「何が平和? 戦争してんじゃん」
「こんなのすぐに終わっちゃうよ」
「人がたくさん死んでるんだけど」
「50年もすれば数字になるって」
そんなことより、と白い女性が告げる。
「まずは壊さないといけなかった」
「壊す?」
「うん」
「何で?」
「何かを変えならまず壊さないと」
全部ね、と白い女性は言った。
「結構上手く壊せたと思うんだよ」
そうか、と彼女は頷き、言う。
「壊したなら後片付けだ。行くぞ」
二人の距離はもうほとんどなかった。すぐに彼女が白い女性を捕まえられる位置。
「だよねー。けれどさー、ごめん」
そこで白い女性は後ろ手に隠していた小さな拳銃を取り出し、彼女が動きを止め、その表情が変わる。私の知らない彼女の顔。誰かを殺すときの彼女の顔。
「あ。そう言えば。ビッグニュース」
けれども白い女性は構えなかった。
「私、実はお母さんになってるんだ」
代わりに自分のこめかみに当てた。
「お願いしちゃっても、いいかな?」
いいわけねーだろ馬鹿、と彼女が叫んで駆け出すのと、白い女性が引き金を弾くのは一緒で、だからもちろん間に合わなかった――あらゆるもの破壊し尽くした白い女性は、最後に自分自身を破壊した。
「このVRPは」
と、私はそこでやっと口を開けた。
「どれぐらい本当のことなんですか」
「全部フィクションだよ。僕の想像」
「でしょうね」
「けれども、かなり正確なはずだよ」
「いえ、彼女は泣いたりしてません」
真っ白な服を赤くした女性を抱き締めすすり泣いている彼女の姿。
それを見ながら、私はそう断言する。
虚勢だ。
根拠なんて何にもない。本当に彼女は泣いたのかもしれなかった。
ただこのVRPのことを否定したくて。
だから私はこう告げる。
「絶対、泣いたりなんかしてません」
□□□
彼女の部隊が起こしたクーデターによって、議事堂は制圧され、新世代党の党首は自殺して、彼女による暫定政府が発足し、そして統合軍の上層部は彼女の完全な独断専行を黙認した。戦争を止めるタイミングを探っていたのは何も大国だけではなかった。統合軍としては、そしてこの島国としても、彼女の作り出したこの状況はベストに近かった。
彼女は拍付けの為に二階級特進させられ、暫定政府は、新世代党を半ば独裁政権化していた各種の法律を片っ端から改正した後、即座に解散し、彼女は軍を退官した。
結果、彼女はかの有名な賞において、クーデターを起こして国際貢献賞を授与された稀有な人間になったが、「でもクーデターだし」という理由で受賞は辞退した。
この行為は、むしろ好意的に受け取られたらしく「機械狩りの聖女」の名は、後世へと語り継がれることになった。
当然、こうなってしまうと大国が「正義の味方」として介入する隙はもうなくなってしまった。その役目は統合軍の一部隊を率いていた小娘に全部持っていかれてしまったのだから。
そんなわけで、大国は容赦なく梯子を外した。正規軍の支援は即座に打ち切られ、当然、指揮下にいた民間軍事企業の傭兵たちもさっさと尻尾を巻いて逃げ出した。
残されたのは、指示を出すべき部隊を持たない司令部が2つ。
投降するか、自害するか、それとも最後まで抵抗して制圧されるくらいしか残された手は存在しなかったが、その際にも派閥争いが起こって、結局何も決められないまま、突撃してきた統合軍の特殊部隊によって無抵抗で制圧されたというのは、冗談みたいな本当の話だ。
新世代党と戦争によって破壊され尽くしたこの島国が、その後、いかにして復興していったかの歴史は教科書に載っている。
けれども。
その復興が、どうしてそんなにもスムーズに進んだのかというその理由までは、教科書には載っていない。まるで初めからレールを敷いていたみたいだった理由も。そしてレールの障害物と成り得る古い時代のあらゆるものが片っ端から破壊され取り除かれていたその理由も。
あの白い少女がやったのだ。
少女から大人の女性になり、そして母親になって死ぬまでに、全部やってのけた。
誰も口にすることはできないけれど。
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