10.彼女の写真②

 パジャマパーティを開くことになった。


 私お泊りするっ、といい歳して言い出したお客人のせいだ。パジャマも持参していた。年齢的に似合うかどうかだいぶ微妙な感じの猫柄パジャマだったが、たぶん、そのちぐはぐさがこの女性の魅力なのだろう。ちょっとわかってきた。いや、やっぱりわからない。


 とりあえず、私も彼女も全力で止めて欲しかったのだが、当然の如く押し切られた。私に止められるわけがないし、彼女ですら止められなかった。彼女とこの女性との、かつての力関係がちょっとわかってきた気がする。


 あの白い少女とはどうだったのだろう、とちょっと思った。


 かくして、外見美少女のAIである私(赤色のパジャマ)と、外見美少女の御年100歳である彼女(白と黒のモノトーン)と、外見ご高齢者の御年100歳の女性(猫柄。やはり絶妙に似合っていないのに魅力的だった)の三人がベッド(やたらと大きく、二人で一緒に寝ても全然余裕なベッドだ。三人でもまだ余裕だ)の上に揃った。


 なかなか凄まじい状況である。


 だが、外面だけを考えれば、お婆ちゃんっ子の美少女二人と、その二人の話を「はい、はい」と聞いてあげているお婆ちゃん(パジャマは猫柄)だと考えると、なんとなくぎりアットホームな雰囲気を感じられるかもしれない。

 が、実情は真逆であり、喋り続けているのはお婆ちゃんで、それを美少女二人が「あー。はいはい」と聞いているという状態だ。アットホーム感皆無である。

 ただ逆にしただけなのに随分と酷い感じに思えるのは何故なのだろう、と不思議に思いつつも、話を聞き流すモードに入る私。ちなみに彼女はすでに枕に顔を埋めて「ぐーっ!」と完全抗議体制に入っている。


「それで、アオイちゃんは」

「あーはいはい何ですか?」

「好きな男の子いないの?」 

「あーはいは……はあっ!?」


 私の話を聞き流すモードは強制解除され、思わず大声を出してしまう。


「別に女の子でもいいけど」


 と、相手は付け加えてくるが、いや、そういう問題ではない。


「『アイドル』は恋愛禁止なのでは……」

「私はプロデューサーさんに恋してたよ」


 と、何故かこそこそ声で、とんでもないことを打ち明けてくる元アイドル。


「事務所で寝落ちしてるところにちゅーしようとしたりしてたねー。失敗したけど」


 これ聞いていいのだろうか。いや、ずっと昔のことだから別にいいのか。

 でも、ちょっとドキドキする。

 なぜって、こういう話は、今、隣で「ぐー! ぐー!」と言っている彼女は恥ずかしがってしてくれないのだ。

 なるほど、と私は納得した。

 これがかの文化のジェノサイドすら潜り抜けて女子の間で生き続けてきたパジャマパーティという文化における「恋バナ」という代物か。


 私は目の前の女性の話に聞き入った。


「――というわけで、いろいろあって最終的に、私とあの朴念仁はめでたくゴールインして結婚したわけです! めでたしめでたし! 十年以上掛かったけどな! あのにぶちんにゃろーっ! 今でも愛してんぜーっ!」

「うおおおおおおっ!」


 と、話に聞き入っていた私は未だかつて上げたことがないような叫び声を上げ、顔を真っ赤にしながらも全力で拍手した。すげー話を聞いてしまった。パジャマパーティすげー。


「っていうか、そっちはどうなんだよう」


 と、そこで女性は「ぐーぐー」言いながらも聞き耳を立てていたらしく、真っ赤になっている彼女の耳へと言葉を掛けた。


「あんたも私と一緒で100年生きてんだからさー。浮いた話の一つや二つあんじゃろー。さあ言えー。白状しろー」

「ぐー……言わない」

「えー。学生時代のときの教授とはー?」

「ぐー……教授とはそういう関係じゃない」

「ぱっとしないようで実はすごい業績を上げてる教授と、天才と呼ばれた女子学生の恋……いや、もうこれだけで燃えてくるでしょ! 燃え上がるでしょ!」

「ぐー……ないって。そもそもあの人、ああ見えて既婚者だし。そして奥さん大好きだったし。あの人にとって、私はただの優秀な生徒。……ぐー」

「向こうが既婚者で全然振り向いてくれなくたってー、恋をすることはできるし、それ自体は全然罪じゃないんだよー」

「ぐー……やかましい」

「じゃあじゃあ、あの年下の彼とは? ほら、軍隊に入ってた時代に一緒だった参謀の! 『やれやれ』って肩すくめながらいつも追いかけてきてくれてた彼!」

「ぐー……あいつ、この前、くたばったし」

「その前に一言挨拶しに来たんでしょー?」

「……何で知ってんの」

「勘」

「ぐー……あいつはただの部下だから。退役した後で普通に他の女の子と結婚したし。だいたい『追いかける』とか格好付けてた癖に、私より先に逝きやがって」

「え、何それ。詳しく聞きたいんだけど」

「ぐーっ!」

「もーっ! じゃあ、退役した後でAI開発してたときによく喧嘩してたいっつも無精ひげ生やしてた彼とかー。あのときはまだベンチャーだったあの企業の当時は二十代の社長だった彼とかー。VRP制作してたときに後押ししてくれた帽子が素敵な彼だとかー」

「うっさい黙れ!」


 と、とうとう我慢の限界に達したらしい彼女は狸寝入りを止め、枕を投げつけた。


「枕投げだな! へい! きゃっち!」


 と、投げつけられた女性は枕をキャッチし、


「あんど! りりーす!」


 先程と同じく彼女へと枕を投げ返す――と見せかけ、自分の枕も一緒に投げた。


 ただし大暴投。


 いや、狙ったのかもしれない。


 とにかく投げつけられた二つ目の枕は、彼女の方ではなく、ぽすん、と私の頭上で跳ねた。「ぎゃっ!」と思わず可愛げのない悲鳴を上げる私。


「バックホームうっ!」


 と、そこで彼女が私の仇を討とうと転がってきた枕をぶん投げた。


 ただし大暴投。


 こっちは天然だろう。間違いない。


 全力で投げつけられた枕は、狙い済ましたように私の顔面を直撃し、「うぎゃーっ!」と「アイドル」的にはアウトな可愛さの欠片もない悲鳴を上げる私。思った以上に威力が高く、そのままベッドに仰向けにひっくり返る。


 なははははははっ、と元凶である超高齢女性(うん。私の方もそろそろ我慢の限界に来ているようだ)は年齢を感じさせないころころと鈴が鳴るような声で笑う。


 そんな女性に対して、てめーこんにゃろーっ、と彼女はこっちは外見的には相応の可愛い声で、こんなこともあろうかと隠し持っていたらしいもう一つの枕をぶん投げ命中させ、「きゃんっ!?」と女性は年齢不相応だがアイドル的には百点満点のめっちゃ可愛い悲鳴を上げてひっくり返った。ひっくり返って、それからまた、何が楽しいのやら、なはははー、と両手をばたばた動かしながら笑い出した。


 いや。


 何をやっているのだ。私たちは。


 と、私の中で理性的な演算を行っている部分が冷たい目でツッコミを入れてきたが、感情的な演算を行っている部分がその声を「うるせーバカ」と押し退けて私は、


「あはっ」


 と女性と一緒になって笑った。


「あははははははっ」


 と言うか大爆笑した。アイドル的には、特にキャラクター的には、あまりよろしくない気がするが、どうにも止まらなかった。


「でも、そういえば――」


 たぶん、それがよくなかったのだろう。


「ご結婚なさっていないのでしたら――」


 理性を押し退けた状態の私は、ずっと気になっていたが何となく尋ねることを控えていたことを、彼女に尋ねてしまった。


 彼女の二枚ある写真の内の、もう一枚。

 そこに、彼女と一緒に映っていた人物。


「あの『写真』の子供は――」


 その瞬間、

 ぴたりっ、と女性の笑い声が止んだ。

 その瞬間、

 わあわあ怒鳴り続ける彼女が黙った。

 その瞬間、

 私は聞くべきでなかったと気づいた。


 でも、


「――どなたの?」


 遅すぎた。


 私は尋ねてしまったし、それよって訪れた沈黙は、もうどうしようもなかった。


「……あの子は」


 彼女は沈黙を破って。

 す、と。

 彼女は息を吸って。

 は、と。

 彼女は息を吐いた。


「あの子はさ――」


 そのときだった。


 こほっ、と。


 彼女は手の平で口を覆い、小さく咳き込んで、何気なくその手の平を見下ろして、


「――あれ?」


 間の抜けた声を上げ、


「ごめん、アオ――やばい」


 言って、私に手の平を見せた。

 私は彼女の手の平を確認した。

 真っ赤な血で、染まっていた。


 ぱたん、と。


 彼女がベッドの上に倒れて、それから今度は、ごほっ、げほっ、と痙攣するように身体を震わせて、その口から血を吐き出した。


 かちん、と。


 その瞬間に、私の中にあらかじめインストールされていた彼女専用にカスタマイズされた救急救命システムが起動する。


 先程とはちょうど逆のことが起こる。


 私の中で、感情的な演算を行っている部分のほとんど全てが強制停止され、理性的な演算を行っている部分だけが残される――私は「アイドル」の「暮空アオイ」ではなく、設定された「対象」の命を救うための最適な行動を行うだけの単なる人型の機械に変わる。


 まずは、吐血を繰り返している「対象」は無視。その前に、この場に一緒にいる高齢の女性の状態を確認する。もしパニック状態になっているなら、これから「対象」に対して行う救命行動の障害となる可能性が高い。その場合は「障害物」として速やかにとしてこの場から退去してもらった方が、結果として、不確定要素が減って救命行為が成功する確率が高まる。


 だが。


「連絡する病院はどこ?」


 と、その高齢の女性はVRPの通信システムを呼び出しながら、私に尋ねてきた。

 その表情と声色を分析。

 私のシステムは、その女性がこの状況下で冷静な思考を行うことが可能であり、「協力者」として利用できる人間であると判断する。

 私はその「協力者」に連絡先を告げながら、「対象」への救急救命行動を行うため、常にベッドの横に置かれている救命キットの存在を確認。ある。取り上げて開く。並んでいる器具や薬剤やアンプルを確認。ある。それらの使用法を私に伝えるサブAIが起動。私に情報を提示する。

 準備が整ったので、私は「対象」の状態の確認を行う。「対象」は身体データの常時提出を拒否していたので、キットの中に入っていた装置を取り付け「対象」身体データを一時取得。私はサブAIの指示に従って、適切な処置を施すために駆動する。


「あの、子……あの子はさ、アオ……」


 「対象」がうわ言を言って、また咳き込んで吐血し、その血が私の顔に掛かる。


「……『あいつ』の子供で、さあ……」


 視界を妨げる邪魔な血液を拭って、私は救命作業を続ける。


「……私が、育てたんだけど、でも……」


 「対象」がまたうわ言を呟く。


「……上手く、いかないもんだよね……」


 私はその情報をノイズとして処理し、作業を続行した。

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