.インタビュー

 私はインタビューに同席していない。

 だからネットビジョンでそれを見た。

 これはだから画面越しの彼女の姿だ。

 昔、彼女がまだ小さな子供だった頃。

 画面越しに見ていたアイドルと同じ。


      □□□


 ――今回のこのインタビューですが、貴方の方からご指名を頂いたそうで、

 その件はまずありがとうございます。


「はい」


(いつもの彼女とはまるで違った。アイドルの彼女ともまるで違う。

 落ち着いた声と口調と、笑顔だ)


「今日は、よろしくお願いします」


 ――ただ、インタビューの前に一つ。このような機会を、どうして私に?

 この件に対し私が取っている立場は、貴方だってご存じのはずでしょう?


「存じていますよ。否定的な立場だと」


 ――私は技術畑の人間ではないです。貴方と話し合える知識もありません。

 ですが、最新技術の利用に関しては、貴方と語り合えるだけの経験がある。

 そのように自負してます。


「最新技術の光と影。良いテーマです」


(そこでちょっと彼女は控え目に笑う)


「ちょっと使い古された表現ですけど。もうちょっとセンスが欲しいですね」


 ――月並みな表現は自覚してますよ。でも、私は詩人ではなくで記者です。

 美しい言葉よりも単純な言葉を好む。……あとは正直、センスがちょっと。

 いえ、話が逸れましたね。

 このテーマは100年前からあった。そして、今も必要とされるテーマだ。


「技術の進歩自体は肯定する立場だと」


 ――ええ。技術の発展は不可逆です。技術が進歩がもたらしたものは多い。

 交通事故の死者は0になって久しく、癌で死亡する人間はほとんどいない、

 AIは、あらゆる分野で利用されて、そして貴方が作ったVRPも、また、


(インタビュアーはそこで間を開けた)


 ――今や、日常に不可欠な技術です。


「ええ。だからこそ、その利用法には、人類は目を光らせていく必要がある。

 それが貴方のテーマ。そうですね?」


 ――……はい。貴方の言う通りです。


「VRPのセキュリティは、強力です。ハッカーによるハッキングなんて、」


 ――え、ハッカーですか? 昔の?


「失礼。もう昔の時代の話ですね……。今はハッカーは存在しないんでした。

 ……話を元に戻しますと、VRPは、下級AIの攻撃なら歯牙にも掛けず、

 上級AIの高度攻撃も突破は不可能。不正なユーザーの利用は不可能です」


 ――逆に言うと正規のユーザーなら、どんな利用も可能ということですね。


「国際基準の倫理判定を内蔵してます。利用できるVRPも正規登録品のみ。

 こちらも、同じく審査を通ってます。問題のあるVRPは利用できません。

 あのセキュリティを突破しない限り」


(つまり、セキュリティを突破すれば、危険なVRPも使えるということだ。

 あの白い男はそんなVRPを使って、自分を狙う連中を皆殺しにしている)


 ――貴方の言っていることは正しい。でも、どんなものにも抜け道はある。


「ええ。例えば人の姿を変えるVRP。一般への流通は禁じられていますが、

 色々と厄介な正規の手続きを踏んで、登録申請をして許可を貰えたならば、

 正規登録となり使用可能となります」


 ――その姿でアイドルをすることも。


「そういった用途に使うVRPですと、審査を通るかは難しいところですが。

 審査員の方と個人的な親交があれば、あるいは――可能かもしれませんね」


 ――もしもそうだとしたら、それは、


「はい。それはVRPの悪用でしょう。法的に問題はなくとも、倫理的には」


 ――というか、普通に詐欺なのでは。


「どうでしょう。年齢非公開でしたし。なんせ、私は、アイドルですからね。

 顔写真も、公式には載せてませんし」


 ――それは言い訳にしかなりません。


「ええ、その通りです。ですから――」


(彼女はそこで、悪戯っぽく微笑んだ)


「――この姿、VRPじゃないんです」


 ――は?


(インタビュアーは、そこで困惑した。たぶんこのインタビューの視聴者も。

 彼女の今の美少女の姿は――VRP。それがこの時までは共通認識だった。

 なんせ彼女はVRPの開発者なのだ。まずはそこに辿り着くのが、普通だ)


「ごめんなさい。その疑いは尤もです。

 まず訂正するべきでした。これは、」


(でも私は、本当の答えを知っていた)


「オーバー・ディスエイジング、です」


(彼女が言った。)


(その直後に、色々なことが起こった。)


(インタビュアーはその直後絶句した。その最新技術を、知っていたらしい。

 だからこそ選ばれたのだろうけれど)


(視聴者は直後にその単語を検索した。それまでマイナーだったその技術は、

 この瞬間に広く知られるようになり、そして視聴者たちも遅れて絶句した)


(でも私はもう知っていたことだった)


 ――あの……。


(インタビュアーは掠れた声で言った)


 ――失礼ですが、その、お身体は?


(彼女は笑う。可愛らしい笑みだった)


「ええ、もちろんズタボロな状態です。今も、痛くて、苦しくて、辛いです。

 たぶんもう限界でしょう。なので、」


(私はちゃんとそのこと知っていた)


「次のライブが卒業ライブになります」


(最初から知っていたのに私の回路は)


「その後は普通のお婆ちゃんに戻って、ガラス細工みたいに砕けて死にます」


(悲しい、と感情を出力するんだろう)


      □□□


 オーバー・ディスエイジング。


 彼女が受けた医療技術はそう呼ばれる。

 一般の人には馴染みがないと思われる。

 わかりやすく言うと若返りの医療技術。


 それは、終末医療の一種だ。


 そもそもの成功率がめっちゃ低くて。

 もし失敗した場合は、絶対に死亡し。

 成功した場合でも、確実に死に至る。


 そういう類の、医療技術だ。


 死ぬときくらいは、綺麗に死にたい。

 そんな願いを叶えるために生まれた。

 あるいは、生まれてしまった技術だ。


 命に関わる副作用を複数有する薬物。

 人体に甚大な影響を及ぼす人工細菌。

 DNAに干渉可能な大量の微小機械。


 そういった劇薬の多重投与。

 そして最後には患者の適性。

 全てが重なり奇跡は起こる。


 その原理は、まだ解明されていない。

 AIが仮想空間で実験を繰り返して。

 そのブラックボックスから出力した。

 方法と結果だけが存在している技術。


 だから、その副作用の原因も不明だ。


 薬物で暴走した、人工細菌のせいか。

 人工細菌による微小機械の誤作動か。

 微小機械が、薬物を変質させるのか。


 そもそも、副作用でなく仕様なのか。


 何であれ、その現象はたぶん起こる。

 最初に施術を受けて、成功した人物。

 その人の最期を記録した映像データ。


 病室の、ベッドの上の女性。

 眠るように目を閉じている。

 若返った、美しいその女性。


 ぱきん、と。


 一番最初にその腕が砕ける。

 肉でできてるはずの人体が。

 まるでガラス細工みたいに。


 ぱき、ぱき、ぱきんっ、と。


 全身が砕け散っていく中で。

 病室の窓から射し込む光が。

 砕け散った女性の身体へと。


 きらきら、と。


 本当に、硝子が砕け散ったみたいに。

 光が瞬いた。

 記録には、音声データも残っている。


『ああ――、』


 医師の声だ。

 立場上、本来は不適切なその言葉を。

 彼は言った。


『――綺麗だ』


 それから死んだ女性の名前を囁いて。

 そして、彼がすすり泣く声。

 それを最後に、記録は終わっている。


      □□□


「白状すると、VRPは使っています。私の身体はもうあまり動かないので、

 ライブでは、補助筋肉を使うんです。確かにそれはVRPで隠してました」


(それは謝罪します、と彼女は言った)

(でもそんなことはもうどうでもいい)

(インタビュアーにも)

(視聴者にも)

(それよりも、聞きたいことがあった)


 ――どうして。


(そしてインタビュアーはついに言う)


 ――そこまでして、貴方は、


(視聴者の大半が抱いた疑問を尋ねる)


 ――アイドルを?


「ねえ。貴方は、小さな子どもの頃に」


(その問いかけに対し、彼女は微笑む)


「何かに憧れたりはしませんでしたか」


 ――ええと……?


「男の子でしたら、そうですねえ……、ほら、正義の味方のヒーローとか?

 それとも、航宙士やプロゲーマー? そういうのに憧れませんでしたか?」


 ――そりゃあ……憧れましたけどね。


「私も、それとまったく同じなんです。私が、ほんの小さな女の子だった頃。

 まだ、テレビジョンが放送していて。そんなテレビの中のアイドルに見て。

 もうほとんど100年も前の話です」


 ――ですが、アイドルってのは……。


「女の子を商品として消費する文化?」


 ――いや、その……。


「その通りかもしれません。現代では」


(彼女はあっさりと言った)


「当時からそういう批判はありました。偉い方が難しい分析と言葉を並べて。

 私たちを犠牲者だと呼んで憐れんだ」


(でもね、と彼女は続ける)


「私には、全然関係ありませんでした。他の子のことは私には分かりません。

 でも、少なくとも――私にとっては。それは憧れで、夢で、そのためなら」


(私は、と彼女は静かにその先を言う)


「削り取られて消えても構わなかった」


(舞台のステージに立って)

(鮮やかな衣装を身に纏い)

(最高の笑顔で踊って歌う)

(それだけを夢に見ていた)


「けれど、それが叶うことはなかった」


(そのとき私は何もできず)

(泣くのを必死で我慢して)

(ただ必死で立って歩いた)

(歩き続けてここまで来た)


「だからこれは、そのときの夢の続き。

 100歳のお婆ちゃんが思い出した、

 17歳の私があの事務所で見た夢の、

 小さな私が、テレビの前で見た夢の、

 100年越しの小さな夢の続きです」

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