5.事務所のお客さん①
事務所には毎日お客さんがやってくる。
ほぼ全員が仕事関係のお客さんだ。絶滅危惧文化という物珍しさもあって「夕焼アカリ」という「アイドル」は今現在それなりフォロワーを獲得している。もっとも「SNSっぽく感じられて何かヤダだ」とよくわからないことを言って、彼女自身はフォロワーを「ファン」という古い言葉で呼んでいる(そして、熱心なフォロワーたちもやはり自身を「ファン」と称している)。ネットビジョンへの出演や取材の依頼はちょくちょくやってくるし、彼女が「アイドル」の伝統文化として企画している「ライブ」活動の関係者もよく出入りする。
意外にも「ファン」はやってこない。
もちろんこの事務所は一般非公開だし、彼女の契約している本来なら政府ご用達の、一応「民間」となっている警備会社のセキュリティを突破できる人間は、物理的にも電子的にもまず存在しない。
機能を制限されている上に旧式な私の機体には何一つ感知できないが、このビルの周辺には、極めて優秀で軍への忠誠度も高いにも関わらず「なぜか」途中退役した元軍人たちで構成された警備会社の「部隊」が「なぜか」ただ同然の格安で軍から払い下げられて、所持している自律兵器群を展開しているはずだ。
そのため、アポイントを取っていない不審者がやってきた場合、ビルの一階で待機している全身を装甲型のパワードスーツに包み、戦闘補助のための各種システムとAIを搭載したアシスタント・バックパックを背負い、マスターキーだのグレネードだのブレードだののアタッチメントを満載したアサルトライフルを装備し、同じく銃火器や迫撃砲や対装甲ランチャーで武装した汎用箱型歩兵をぞろぞろと引き連れた「警備員」が笑顔で(相手にはヘルメットで見えないだろうけれど)現れて「やんわり」とお引き取りを願う手はずになっている。
例え、不審者が遠くのビルから対物ライフル辺りを用意して狙撃を行ったところで、その辺の建物の屋上や壁面に(見えないけれど、たぶん)取り付いている対歩兵用多脚型装甲機が傾斜装甲を上手いこと使ってガードするし、そもそも対物ライフル程度の射程では(見えないし聞えないけれど、たぶん)この辺りの空を飛んでいる対装甲機ヘリのセンサーに余裕で感知され、引き金に手を掛けた瞬間にピンポイントでその頭を吹っ飛ばされることは確実だ。
だが、そういう事情がある以前に、どうも「ファン」の間では「イエスLOVE、ノータッチ」なる鉄の掟が生まれているらしく、その禁を破ったものには「ファンクラブ」なる謎の組織によって何らかの制裁が加えられることになっているらしい。「夕焼アカリ」に触れることができるのは「握手会」という聖なる場だけなのだと言う。ぶっちゃけよくわからない。
まあ、それはそれとして。
その日やってきたお客さんは、仕事関係の人でもなければ、どう考えても「民間」の域をぶっちぎっている警備を潜り抜けてやってきた超兵器とかでもなかった。
つまり、ただの彼女の知り合いだ。
ぴんぽん、と。
来客を認証した扉が音を鳴らして、
こんこん、と。
その後で軽く扉を叩く音が続いた。
普段、接客を行っている私は、聞きなれないその音にちょっと戸惑って、扉の鍵を開けるための「どうぞ」という音声ワードを発するのを躊躇った。
扉を叩く、というのは普通ならただの暴力行為で、今すぐにでもフル武装の警備員を呼ぶべき事態なのだが、それにしては随分と軽い叩き方である。暴力的な印象はまるでない。どちらかというと何かの合図みたいな印象しかない。
戸惑っている私の背後で、
「それ『ノック』」
とソファに寝転んだままの彼女は言って、私の代わりに「入ってー」と彼女が登録している方の音声ワードを使って、扉の鍵を開けた。
がちゃり、と。
扉を開けて現れたのは、スーツをきちんとした着た老人だった。扉を叩くような粗暴な人間にはまるで見えない。
「ノックはやめろっての」
「いやあ、失礼しました」
と彼は言って、敬礼。
「どうも、お久しぶりです。少佐」
「少佐って言うな」
「失礼、最終階級は大佐でしたね」
「そうじゃねーよ。階級で呼ぶな」
と彼女は心底嫌そうな顔をして、
「今の私はアイドルの『夕焼アカリ』だ」
「初めて見たときは正気を疑いましたよ」
と老人は笑う。
「『あの』少佐が、歌って踊って笑ってるんですから。しかも何故か若返って」
「ボケたかと思った?」
「ええ。最初は私が。その後では貴方が」
「違げーよ」
と彼女も笑う。
「あのう……」
と、そこでようやく私は口を挟んだ。
「こちらの方は……?」
そう尋ねた私の姿に老人が気づいた。
瞬きをするくらいの一瞬の中で、
彼の表情から笑みが消し飛んで、
研ぎ澄まされた殺意が瞳が宿り、
皺だらけの手が懐へと伸ばされ、
短刀が引き抜かれて私の首筋を、
クッションが老人の顔面を直撃した。
「落ち着け。敵機じゃねーぞ」
と、クッションを投げた彼女は言う。
「ここ戦場じゃねーんだから」
「し、失礼しました――君も、ええと、その、すまなかった。許してくれ」
と、彼女の投げたクッションと言葉に正気を取り戻したらしい老人は短刀を懐に戻しつつ、彼女に謝罪し、それから私に私に向かって何度も頭を下げてくる。
「い、いえ。まあ別に……」
私としては、まあ、そう言うしかないが、たぶん今のは本当に殺される寸前だった。まじで死ぬかと思った。
いや、人間と違って機体を破壊されただけではAIは死なないはずのだが、「死」というものが感じられるレベルの本気の殺気だったのだ。
というか、この御老人。
おそらく、私が人間ではなく軍用機の改造機であることに反応したのだと思うが、つまりはたった一瞬で、この老人は外見上はまず完全に人間にしか見えないはずの私を元軍用機と見抜いたということになる。
どんだけの技術だ。この老人やべー。
「私が教えた技術で私の後輩殺すなよなー」
と愚痴る彼女。ウチのBBAやべー。
「いやー、あんたの機体って『まともな』使い方したら失敗作だったんだけど、『まともじゃない』使い方するとホントえげつなかったからねー。捕虜だの民間人だのに紛れ込まされると何人も殺られてねー。いやあ、よくあったよくあった」
さらっ、とえげつない従軍時代の話をする彼女。止めて欲しい。私もそうだが、すぐ傍の老人が精神的にダメージを負った顔をしている。
私は老人をソファに座らせ、お茶とお菓子を出す――私には謎の行為だし、大抵のお客さんにも不思議そうな顔をされるのだが、彼女の指示でそうしている。おそらくは、昔の作法なのだろう。目の前の老人も、どうやら知っている作法らしく「いや、これは丁寧にどうも」と驚くこともなくお茶を啜る。
対して、彼女はというと、私が回収したクッションにもたれてソファに寝っ転がったままだ――どう考えても客を迎える態度ではないのだが、まあ、今回は彼女の正体を知っている知人なのだから大目に見ることにする。一応のところフォローしておくと、彼女も仕事相手と話をするときはもっとちゃんと対応する。
二人の話は、ただの昔話だったが、かなりプライベートな話だったし、たぶん軍の色々聞いてはいけない話っぽかったので、私は音声をカットして耳に入れなかった。こういうところはAIでよかったと思う。
でも。
最後の会話だけは聞いていた。
「その姿」
と老人は彼女に言った。
「VRPじゃないんですね」
「うん」
と彼女は老人に言った。
「オーバーディスエイジング」
「よりにもよってアレですか」
やっぱり貴方は無茶苦茶ですね、と老人はしばらく笑って、それから告げた。
「ねえ。少佐」
「少佐って言うな」
「俺たちはみんな貴方に恋してましたよ」
その瞬間だけ。
まるで少年みたいな口調で。
老人は言った。
「だって本当に成人してんのかってくらい、ちっちゃくてめっちゃ可愛かったですからね。みんなこっそり合法少佐って呼んでました」
「ふざけんな。こっちはお前らにナメられないように必死だったんだぞ」
「そこがまた最高に可愛かったんですよ」
「不敬罪」
「しかもそんな少佐が、周りの私たちが止めるのも聞かずに最前線に出てって、弾幕と砲弾と機械歩兵だらけの戦場の一番前で大声張り上げて指揮してるんですから――なんだこの可愛くてやべー生き物、って敵も味方全員思ってましたよきっと」
「不敬罪」
「こっそり写真撮ったりしててね」
「ちょっとアレなことに使った?」
「割と」
「不敬罪で銃殺刑だ。お前ら全員」
「ですね」
二人は一緒になって笑って。
そして、ぴたり、と黙った。
「だから、俺たちは戦えたんです」
「そのせいで、たくさん死んだよ」
「後悔なんざしてませんよ。誰も」
「どうだろね」
さて、と。
そこで老人はソファから立ち上がり、
「お互い、何かの拍子に死んでもおかしくないような歳です――もし私が先に死んだら、あの世で待ってますよ。他の連中と一緒に」
「私は、先に死んでもあんたや他の連中のことは待ったりしねーぞ」
「構いませんよ――昔と同じように、必死になって追いかけますから」
それから老人は私にも一礼して、扉を開けて出て行った。
――その、一か月ほど後。
彼女が契約しているネットビジョンのニュース動画の一つに、その老人が出た。
訃報だった。病死だった。
『――中将は、かの「戦争」においては統合防衛軍第二師団の第七対機械歩兵遊撃大隊にて参謀を務め、かの有名な「機械狩りの聖女」と共に「新世代党」が「占拠」していた議事堂への突入作戦を、多大なる犠牲を出しつつも見事成功させて、「戦争」を終結へ――』
と、そこまでニュースキャスターが読み上げ、戦車の上に登った「当時の」彼女が何かを叫んでいるその隣で、「当時の」あの老人がやれやれと言いたげな顔をしている写真が映ったところで、彼女は動画の再生を停止した。そのまま苦虫を噛み潰したような顔でサイトを閉じた。
「まったくもう、先回りされたなー」
と、そんな風にぼやく彼女の姿に対し。
「貴方は軍隊でもアイドルだったんですね」
と私は不用意にも言った。
クッションが飛んできた。
「アイドルは」
本気で怒った顔と声で彼女は言った。
「軍なんて率いないし、例え『「戦争」を終結させる』なんてお題目があろうとクーデターなんてしないし、それに何より――」
ぎゅう、と。
ソファの上、両手で服の裾を強く強く強く強く掴みながら、彼女は言った。
「――誰かを殺したり、死なせたりしない」
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