2.アイドルが絶滅した理由、とか

 なぜ、アイドルが一時期絶滅したか。


 諸説ある。


 だが、おそらくはネットビジョンへの移行期、それまでの「テレビジョン」を中心とした事業戦略が丸ごと通用しなくなり始めた時代に絶滅したと思われる。

 当時、それまではそれぞれのSNSや動画サイトで様々な名称で呼ばれていた個人の配信者たちが「セルフスナッパー」と一括りにされ、ネットビジョンがそれを囲い込み始めていた。

 そんな移行期に「芸能人」なんかと一緒に絶滅したという人もいるし、当時の過激なフラット・ジェンダー運動の影響があるという人もいるし(もっともアイドルは男性もいたのでこれには当たらないとする考えもある)、かつて最前線でアイドルたちに熱狂しその活動を支えていた「オタク」たちがその当時は新しく登場し進化を続けていた「VRアイドル」の方に熱狂していたせいだという人もいる。


 でも正確なところはわかっていない。

 ただ気づいたらなんか絶滅していた。


 よくあることだ。

 後継者がいなくなり始めていたいわゆる伝統芸能や伝統技術なんかは「文化絶滅」という言葉が使われ出した頃に、すぐさま文化保存事業が行われ、保存用AIがそれらを保存した。貴重だと分かっていて「やべ、絶滅しそう」と誰もがわかる文化が絶滅することは少ない。


 もちろん、中には一部の人間たち――今ではアーリーアダプターやイノベーター扱いされている「オタク」たち――の決死の奮闘によって絶滅を免れた「メイド喫茶」みたいなケースもある。

 詳細を知りたい人は、自身が契約している動画サービスで、実話を元に作られた有名なアニメーション映画『おかえりなさいませ、ご主人様』を視聴すればだいたい分かると思う。

 ただし「サムライ」が刀で銃弾を斬らないように、あるいは「ニンジャ」が忍術を使ったりしないように、もしくは「サラリーマン」が商談相手の重役の部屋にヘリボーンで突入しつつ土下座を決めたりしないように、「オタク」は魔改造された旧式の情報端末一つで軍の電子戦特化型AIとサイバー戦を行ったりはしないし、両手に持ったライトを振るって華麗に踊りながら軍の特殊部隊を全滅させたり、「オタク」を極めた者が「ヲタク」になったりはしない。いや、念のため。


 絶滅していったのは大抵「絶滅しないだろう」と思われていた文化ばかりだ。


 アイドルだって、絶滅が確認された十年ほど前までは把握し切れないほどたくさんのグループが存在していたと言われている。


「そりゃもうたくさんいたよー」


 と、ジャンルとしては「料理」で、「初心者」向け、「トレンド志向者」向け、「エンターテイメント」型として作られているネットビジョンの生配信前の雑談で彼女は私に言う。


「私がちっちゃな子どもの頃は」


 と、今では100歳の彼女は言う。

 バラエティ番組とかによく出ててね、と彼女は続け、記憶されていない単語に対して困惑する私の表情の微妙な変化を見て、わかんないか、と笑う。

 後で検索したところ、「バラエティ」というのは、テレビジョン時代にはごく普通にあった動画ジャンルであったらしい。所詮は動画ジャンルの一つであって絶滅文化としては登録されていないが、これも今は存在していない。

 中には、今なら別ジャンルに属しているような個性的な動画もあったようだが、多くの内容は「エンターテイメント」型というくくりだけでまとめた、オールジャンルのごった煮。

 ネットビジョンが細分化されたジャンル分けを行って、効率良く視聴者を稼いでいるこのご時世では、一体どういう代物だったのかよくわからない。

 一つの動画で「料理」だの「スポーツ」だの「美容」だの「コメディ」だのその他諸々だのを全部取り扱ったキメラじみた半端な代物で、一体全体どうやって視聴者を稼いでいたのか。

 現代の動画で似ているものを探すとすれば、「セレンディピティ」動画に近いように思えるが、あれは大半が「学習」型で「教養志向者」向けのお堅い代物なので、たぶん全然違うのだろう。

 つまり、ただひたすら理解しがたい。

 あるいは、絶滅した「芸能人」という、これまたいまいち理解しがたい特殊な文化がそれを可能としていたのかもしれない。


 彼女は、現代を生きる私たちからすると得体の知れないそれらの文化がまだ普通だった頃に生まれ、育ち、そしてその文化が急速に終わっていくのを見てきた。

 それまでの世界が変わり始めた頃、伝統文化の保存事業が始まったばかりの頃、まだただの美少女だった頃、彼女はおそらくはひっそりと滅びゆく「アイドル」の最後の世代としてデビューした。


「ま、全然売れなかったんだけどね」


 ステージに上がってライブをすることすらできないまま解散したらしい。

 いや、彼女が言うには実際には、一回だけその機会はあったらしかった。


「プロデューサーの奴が頑張ってさ」


 用意されたのは、華やかとは言い難い、野外に組まれた小さな仮設ステージ。観客は両手どころか片手で数えられるだけ。誰がどう考えても完全に赤字だった。

 それでも。

 まだ普通の美少女だった彼女の、そして彼女と一緒だった同じような美少女たちの、アイドルとして最初で最後のステージ。


「でも、台風で中止になっちゃった」


 それで終わりだった。

 まあ仕方がなかった。

 時代が悪かったのだ。


「――とは言いたくないかなぁ」


 と彼女は言って「だから当時の私の実力不足ってことでここは一つ」と告げる。


「あの頃の私は、本当に、ただひたすら美少女なだけだったからねー。何にも知らない、ただひたすら可愛いだけの美少女」


 そんなことを言う彼女に対して、それまで黙っていた私は尋ねる。


「今は?」

「知らなくていいことまで色々知ってる」


 と彼女は私に片目を瞑ってみせる。

 それは女性として設定されている私がどきりとするくらいにとてもとても魅力的な笑みで、たぶんただの美少女だった彼女にはできなかった表情で――けれども、スタッフから「そろそろ配信始まりますよー」と声が掛かった瞬間、その表情はすぐさま消えてなくなって、ぜんぜん別の表情になる。


 「アイドル」の表情。

 「夕焼アカリ」の顔。


 彼女のイメージカラーの赤色が取り入れられた、可愛らしいふわふわのエプロンがよく似合う、真っ白な髪の美少女の表情。


「今の私は、正体不明の謎の美少女」

「その正体は齢100歳のBBA」

「BBAって言うな!」


 と私の耳元で小声でそう怒鳴ってから、彼女はネットビジョンの生配信に向かう。真っ白な髪とふわふわのエプロンを翻し、何もかもが変わった現代の世界に鮮やかに適応して蘇った「アイドル」の彼女。


 その姿を私は見送り、記録する。

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