5 得体のしれない生物に遭遇し逃げ出したこと。そして、どこへ行っても逃げ場のないこと。

バーから出た私は奇妙な違和感を覚えた。

それが何かは言葉にならないが、異様な感覚がある。

具体的な問題があるわけでもないのに気にしすぎてもしょうがない。私は家路に向かって歩き始める。


ふと、私の前を一人の女性が通り過ぎようとしているのに気づいた。なんとなく、女性の顔に目が行く。


…………!


その女には顔がなかった。

正確にいえば顔がないというよりはわからないというべきだった。

どこに目があるか鼻があるか口があるか、全然判別できないのだ。


ヒトデやウニのどこに顔があるのか、蜘蛛のどこに口や目がついているのか、すぐに判断できる人間はそういないだろう。

それと同じように女の顔はおかしかった。どんな顔なのかがわからない。

私は驚きと恐ろしさで思わず立ちくらみする。女の顔に目を向けたまま立ち尽くした。


どんっ、後ろから来た人にぶつかってしまう。

「すみません……」

振り返り謝罪する。

だが、ぶつかってきた男もまた顔のない男だった。いや、男であるのかもよくわからない。いたのは、服を着た得体のしれない生き物だ。

私は叫ぶことさえ抑えたが、パニックになった。全身を寒気が走り、頭の中が恐怖でいっぱいになる。

何も考えることができなくなり、恐れを振り払うように走りだした。


走ってさえいれば心は少し落ち着く。

さっきのあれは何だったんだ。考えることはかろうじてできたものの答えは出ず、次第に恐怖が蒸し返してくる。

考えを散らすように全速力を出した。


キキィー

轟音とともにトラックが私の前に飛び出してくる。いや、飛び出したのは私だった。気づくと横断歩道に踏み込んでいた。信号は赤。危ないところだった。

「危ないじゃないか!」

運転手が車窓から顔を出す。顔を出したのはおじさ……いや、やはり顔がわからない。


こいつらは何なんだ? 人間とは思えない。

私はその場にへたり込んだ。腰が抜けて動くことができない。

「大丈夫か!?」

運転手である謎の生物はトラックから降り、私に向かってくる。さらに付近にいた何人かも私の近くを取り囲み、人だかりになっていく。

人だかりとは言ったが、人は一人たりともいない。どれも顔のない、人のフリをした、得体のしれない生物たちだった。


「うっうっうっ」

私は声にならない嗚咽を漏らしながら、その場から逃れようとする。立ち上がることもままならず、両腕で這い、少しでも先に進もうと足を動かそうとあがく。どうにか、奴らの少ない方向に当たりをつけ、這い進もうとする。


這って、這って、這って。

どうにか、ここから逃げ出さなければ。

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