特別番外編「じゅーん・ぶらいど」前編
ウェディングドレスという服がある。
英雄が持ち込んだ文化の一つで、結婚式を挙げる時に新婦さんが着るドレスだ。
色々な種類があるみたいだけど、一番人気なのはブーケの様にスカートが広がった純白のドレスらしい。
絵で見たことがあるけど、まるで観劇の衣装のように綺麗で可愛いドレスだった。
動きにくそうだなーとも思ったけど。
「……はあ。それで?」
「今日一日でいいから、お願い出来ませんか?」
木製の人形に着せられたウェディングドレスを指して、リーザさんがニコニコと笑っている。
なんか新しく出来た貴族様用の服屋がサンプルとして冒険者ギルドに送ってきた物らしい。
但し、かなり特殊だけど。
まずこれは、子ども用のドレスだ。
背丈が小さくてスカートも短め。フワフワしているけど、そこそこ動きやすいデザインになっている。
その分レースやフリルがたくさん使われていて、綺麗というよりは可愛い系のドレスだ。
何でも、貴族様の子どもがごっこ遊びをする用に作られたドレスらしい。
めちゃくちゃ贅沢な話だなー。
普通の服でさえ新品を買おうと思ったら銀貨二十枚――普通の人が一ヶ月で稼げるお金くらいの値段がするのに。
ふむむ。このドレスだと幾らくらいするんだろうか。
「で、私に着ろと? これを?」
「宣伝の為にって依頼が入ってまして。他に頼める人が居ないんですよね」
「……まあ、それはそうですよね」
明らかに子ども用だもんねこれ。
このドレスを着れる冒険者なんて私くらいじゃないだろうか。
後はレンジュさんとか。
あ、やば。思い浮かべただけで顔が熱くなってきた。
くそう。なんだこれ。あの日以来、どうも調子が狂うんだよなー。
嫌な気分じゃないけど……でもなんだか、レンジュさんがあまり顔出さなくなったのは寂しいような。
じゃなくて。今はこのドレスの話だ。
最近いつもレンジュさんのこと考えちゃうんだよなー。
いかんいかん。こっちに集中せねば。
「えーと。でもこれ、私が着ると汚れちゃいますよ? 今日もお店に出るつもりですし」
炒め物とか揚げ物とかやるし。奇跡的に汚れなくても、匂いは着くだろうしなー。
「そこを何とかお願い出来ないかしら。今日一日だけ、王都を歩き回ってくれたら良いから」
「うーん。まあ、リーザさんのお願いなら構いませんけど」
「本当? ありがとう」
にっこりと微笑むリーザさん。
うむ。美人さんの笑顔はいつ見ても良き良き。
この笑顔の為なら少しくらい我慢しよう。
「じゃあ奥で着替えましょうね。これ、一人だと着れないから」
「はーい。お願いしまーす」
という訳で。今日一日、ドレス姿で過ごすことになった。
おいそこの怖い顔したギルマス。
ニヤニヤしてんじゃねえ。風穴開けるぞこら。
でまあ。実際に着てみた訳なんだけど。
まず、動きにくい。
そんでもって重い。
さらには暑い。
日常で着る服じゃないわこれ。
いや、見た目は可愛いんだけどさー。
胸の下とスカートの裾に花飾りが着いてて、歩くとふわふわ揺れるし。
私もこういうの着てみたいなーとは思ってたし。
でも実際着てみると、やっぱり特別な時に着るものなんだなーって実感が湧いてくる。
あと腰に吊るした拳銃のホルダーが異様に似合わない。
死ぬほど似合わない。
かといって相棒を手放す気にはならないしなー。
ふむむ。やっぱりこれ、断った方が良かったかもしんない。
そんなことを思いながら冒険者ギルドを出ると、いつも以上に周りに見られているのを感じた。
まあ目立つもんね、この服。
明らかに浮いてるし。
あーでも、宣伝用って意味なら効果は出てるのかな。
「あ、れ。オウカちゃん?」
「あら。お姉様、おはようございます」
何となく落ち着かないでそわそわしてると、ギルドの隣にあるオウカ食堂からカエデさんとセッカが出てきた。
今日も魔法を教えに来てくれてたようだ。
カエデさんの小動物みたいな可愛らしさはいつも通りでとても癒される。歳上だけどね、この人。
そんでセッカもいつも通りの透明感のある笑美人で、並んでいるととても眼福である。良き良き。
いつも思うけど、姉妹の割に似てないよね、私たち。
「あ、どもです」
「そのドレス、どうした、の?」
「えーと。宣伝の為に着せられました」
「素敵ですわね。センスの良いドレスです」
おお、褒められた。
でもなー。やっぱ動く度に袖がヒラヒラするんだよなー。
どうも慣れないというか……貴族様ってよくこんなん着てられるなー。
「凄い、ね。お姫様みたい、だ」
「縁起でもないこと言わないでください」
お姫様て。王位継承権は絶対拒否すっかんな。
「お姉様、まだそんな事を仰っているのですか?」
「うっさいな。大事なところなのよ、それ」
「どっちにして、も。可愛いけど、ね」
「あ、ですよねー。見た目は可愛いんですよね、この服」
見た目はね。可愛いんだけどね。
ただ着心地は良くないんだけど。
「オウカちゃん、に。よく似合ってる、よ」
「え。似合ってます?」
「とっても綺麗だ、よ」
「ええ。よくお似合いですわ。それに、私とお揃いですわね」
おお、美少女達からお褒めの言葉を頂いた
ちょっと嬉しいかもしんない。
新しい服なんて買ったことないけど、こんな気分なのかな。
あ、でも、カエデさんにも着せたいな、このドレス。
絶対似合うし。超絶可愛いし。
……あーいや、丈が合わないか。くそう。
いやでもセッカなら……こいつは普段からドレス着てっから面白くないか。
「まー気が向いたらお店に行ってみてください。そしてドレス姿を私に見せてください」
「私は遠慮しておこうか、な」
「ええー? 絶対似合うのになー」
私が食い下がると、カエデさんは柔らかく微笑み返してきた。
いつも思うけど、なんとなく「ほにゃあ」てなる笑い方だよなー。
うむ。可愛くて良き。
「じゃあまた、ね。レンジュさんにも、伝えておくか、ら」
「それでは、御機嫌よう」
「え、いやちょっ……」
ぱしゅん、と。
私が言い終わる前にカエデさん達は転移してしまった。
……えぇ。うっわあ、どうしよ。
レンジュさん、来るのかなあ。
この格好見られるのかなー。
嫌じゃないんだけど、何ていうか、その。
どうしたら良いか、分からなくなるんだよね。
むう。とりあえず、心の準備だけしておくか。
何故か高鳴る胸に手を当てて深呼吸をした時。
「――報告:街道で馬車が襲われています。マップ表示」
胸元から
視界の端に映るマップを見ると、四人分の青い光点が八匹分の赤い光点に囲まれている。
うわ、ヤバいなこれ。
「了解。急がないとね」
拳銃を抜き放ちブースターを起動。
薄紅色の魔力光を噴出して、私は空に躍り出た。
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