特別番外編「じゅーん・ぶらいど」中編


 街道。石畳で舗装された大きな道の途中に、目的の荷馬車は居た。

 冒険者は二人。武装した彼らは、緑色の小柄な魔物のゴブリン達を何とか押さえ込んでいる。

 けれど、数が違いすぎる。

 まだ誰も怪我はしていないけど、このままだとヤバい


「リング! 行くよ!」

「――Sakura-Drive Ready.」

Ignitionイグニション!」


 言葉と共にほとばしる桜色。世界を塗り替える魔力の奔流。

 私に力をくれる薄紅色を曳いて、高速で飛ぶ。

 見たところ、敵味方が入り交じっている。

 高空からの狙撃は難しい。ならば。


「近接距離から殲滅せんめつする」


 急降下。地面に激突する間際に方向を変え、地面と平行に飛ぶ。

 冒険者に斬りかかろうとしたゴブリンを蹴り飛ばし、吹き飛んだ先に銃撃。

 両手を伸ばしての一撃は、狙いを違えることなく頭を撃ち抜いた。


 純白のドレスが風に舞う。黒髪が揺れる。

 まるで花束のように、乱れ咲く。


 くるりと回り、銃底を振り回す。

 次の一匹の胸を打ちすえて体勢を崩し、そのまま回って足元を刈った。

 浮いた体に両手で発砲。風穴を空け、事切れたゴブリンが地に着く前に駆ける。

 跳躍、回転。身をひねりながら飛び、頭上からの銃撃。

 桜がひるがえり、魔弾がゴブリンに吸い込まれる。


 そのまま回転し、着地。

 慣性のままドレスの裾がはためく。

 それを視界の端に納めながら腰を沈め、左手を突き出した。

 右手は逆手に顔の前に。

 構えて、笑う。


「さあ、踊ろうか」


 こちらの挑発に乗って飛びかかってくる二匹。

 振り回された錆びた片手剣を屈んで躱し、後から来たゴブリンの振り下ろしは銃先を添えて軌道を逸らす。

 ギャリギャリと悲鳴を上げる拳銃。

 勢い余って体が流れた一匹に視線を向け、回転。

 遠心力を加えた銃底の一撃で吹き飛ばし、こちらを伺っていた三匹目と共に撃ち貫いた。


 踊り舞う薄紅色と漆黒。そして、純白のドレス。

 普段より鮮やかに。普段よりあでやかに。

 私を中心に世界が色付く。


 最後の一匹は、背中を向けて逃げようとする所へ魔弾を叩き込んだ。

 ゆっくりと地に伏せる姿を見届け、リングに確認を取る。


「終わり?」

「――周囲に敵対個体無し」

「了解。状況終了」


 腰のホルダーに拳銃を戻す。

 霧散する魔力光。その中を歩み、馬車へと近付いた。


 非日常から、日常へと戻る。

 研ぎ澄まされていた感覚が次第に治まっていくのが分かった。


「おーい。大丈夫ですかー?」


 ぶんぶんと手を振ると、冒険者の一人が手を振り返してくれた。

 背が高くて耳が尖ってる。エルフの人だ。

 めっちゃイケメンだなー。良き良き。

 もう一人は背が低くてマッチョな髭のおっさん。

 こっちはドワーフかな。気難しそうな顔をしている。

 この人たち、基本的に不機嫌そうな顔してんだよなー。

 革職人のガレットさんもそうだし。

 

「助かったよ。君は『夜桜幻想トリガーハッピー』かい?」

「オウカです。その二つ名は捨てたいんですけどね」

「そうか。私はトール。そっちがザードだ」

「うむ。ありがとうな、嬢ちゃん。助かったわい」


 朗らかだけどこちらの話を微妙に聞いていないトールさんと、強面だけど何気に親しげなザードさん。

 二人は揃って頭を下げると、何故か首を傾げた。


「しかし、王都では不思議な服が流行っているんだね」

「冒険者がドレスたぁ、初めて見たのう」

「いや、これは新装開店する服屋の宣伝です」


 普段着じゃないってば。

 こんなもん頼まれなきゃ着ないし。


「ところで、馬車の方に被害はないですか?」

「大丈夫だ。怪我人もいないよ」

「おう、忘れてたわ。おぉい、出てきても大丈夫だぞ。魔物は全部倒してくれたわい」


 ザードさんが馬車に向かって無骨に声をかけると、中から身形みなりの整った親子が姿を表した。

 お父さんの方は何となく偉い雰囲気がする。

 娘さんも上質な服を来てるし、二人とも貴族様かな。


「これはこれは。救国の英雄に出会えるとは光栄だ。私はアデル・ルーヴィヒ、娘はプリムラだ。助けてくれてありがとう」

「ありがとうございます! とても綺麗でした!」


 胸に手を当てて朗らかに笑うアデルさんと、ちょっと興奮気味のプリムラちゃん。

 家名持ちかー。やっぱり貴族様なのね。

 ええと、貴族風のお辞儀ってどうやるんだっけか。

 確かこう、スカートの端を摘んで、軽く体を沈める、的な。


 見様見真似でお辞儀をすると、何故かアデルさんに苦笑いを返された。


「いやいや、君が私を敬う必要は無いよ。礼を尽くしたいのはこちらの方だ」

「そうです! お父様の言う通りです!」

「ううむ……分かりました。それで、これから王都に行くんですか?」

「ああ。知人が新しい店を出すと聞いて、様子を見に行くところだ」


 おっと。もしかして服屋さんの事かな。

 プリムラちゃんが着てる服もこっちのドレスとちょっと似てるし。


「貴族用の仕立て屋なのだが……ちょうど君が着ているドレスなんかを取り扱う店でね。良かったら礼代わりに服をプレゼントさせてくれないか?」

「ええと。ごめんなさい、私には必要ないです」


 好意は嬉しいんだけど、こんなの普段は着ないもんなー。 

 もらってもアイテムボックス行きになっちゃうし。


「それに、報酬お礼の言葉ならもうもらいましたから」

「なるほど、いかにも冒険者だ。しかしそれではこちらの気が収まらないのだよ」

「うーん。それでしたら、その気持ちは他の誰かに回してください」

「ほう? それはどういう意味かな?」

「誰かが困っていたら、自分に出来る範囲で手助けする。助けられた人は違う誰かを助ける。そうやって世界は回っているらしいです」


 幼い頃から聞かされていた言葉。

 今の私はそれが綺麗事だと知っている。

 それでも、これは私の一番深いところにある言葉だ。


「なるほど、良い言葉だ。さすがは救国の英雄だな」

「いや、私はただの町娘なんで」

「おや。最近の町娘さんはドレスを着ているものなのか?」

「うっ……いや、これは成り行きで仕方なくです」

「ははは。そうか、成り行きか」


 くそう、笑われた。

 さっさと帰ってこの服着替えたいなー。

 あ、でもあと半日くらいは着てないといけないのか。

 てゆか、料理できないとマジでやる事ないんだよなー。


「えーと。王都まで護衛しましょうか?」

「それは助かるが……良いのか?」

「ぶっちゃけこの服で王都に居たくないので」

「はは、なるほど。では頼もうかな」

「りょーかいでっす。プリムラちゃん、よろしくね」

「よろしくお願いします!」


 そんな訳で。

 数時間ほど馬車に揺られて、のんびりとした時間を過ごした。




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