Twitter企画「性別逆転」


 ふわりと舞う桜色の魔力光。

 世界を塗り替えるような薄紅色をまとい、――オウカは廻る。


 彼を象徴する黒髪黒眼。小柄な体。

 大きく開いた両手の先には紅白の拳銃。

 それを振り回すようにして、その場でくるりと一回転。


 遅れて響く発砲音に合わせ、周囲を取り巻く多種多様な魔物達が地に伏して行く。

 遠心力をつけた銃底を叩きつけ、蹴りを放ち、敵の攻撃を受け流す。

 その様はまるで舞踏のように洗練されていた。


 軽やかに、踊るように。

 回り、廻り、打ち抜いて、撃ち抜いて。

 それは正しく、観劇のようでもあった。


 目に映る範囲の魔物が全て討伐されたのを確認しながらも、彼は胸元に提げられた指輪に声を掛ける。


「リング。敵影はあるか?」

「――否定」

「了解。状況終了」


 言いながら拳銃を下ろすと、桜色の魔力光は大気に霧散して行った。


「ふう……しかし、一体何が起こったんだろうな。世界中に魔物が大量発生するなんて」

「――不明:英雄達と情報共有を推奨」

「そうだね。一度帰ろうか」


 拳銃を下に向けたまま魔力を噴出し、黒髪のは空へと飛び立った。




 王城。小さな家が建てられる程の大広間。

 その中心に、救国の英雄達が集合していた。

 全員が黒髪黒眼。オウカを除く全員が過去に異世界から召喚された者たちだ。

 その見慣れた光景に、しかしオウカは不思議な違和感を覚えた。


 不格好に髪を切りそろえた少女、ツカサ。

 その両隣にはポニーテールで長身の少女ハヤトと、腰まで伸ばした長髪の少年エイカが並び立つ。

 彼女たちは勇者一行と呼ばれ、ユークリア王国内でもトップクラスの人気を誇っている。


 傍らには髪で目元が隠れている小柄な少年カエデが不安そうにしており、女性ながら誰よりも長身なキョウスケが彼をなだめており、穏やかに微笑む青年ハルカがカエデの頭を撫でていた。


 中央に陣取って居るのは姉弟の二人。

 だらしない服装の妙齢の女性アレイと、対比するかのように一分の隙も無くスーツを着こなす青年カノン。

 いつ見ても仲睦まじい様子だが、今日は何かが引っ掛かっていた。


 違和感の正体に気付けないまま、更に視線を巡らせる。

 そして最も違和感を覚える少年と目が合った。

 オウカより頭二つ分程高い身長にウェーブのかかった長髪。

 騎士団服が妙に似合っている彼は、眉をひそめるオウカに朗らかに笑いかける。


「オウカくんっ!! どうかしたのかなっ!?」

「レンジュさん……いや、何かこう、何がおかしい気がするんですよね」


 首を捻るが答えは出ない。

 彼を真似るようにレンジュも首を捻るが、何かを言う前にアレイがパンと手を打ち合わせた。


「とりあえずお疲れさん。何か分かったことはあるか?」

「…特に何も」


 真っ先に答えたのは『勇者』ツカサさん。

 その言葉に撃退に出向いていた人達が全員頷いた。


「あ、でも……何かずっと違和感があるんですよね」

「違和感? 何に対して?」

「分かんないんですけど、そだなー……俺自身にと言うか。みんなにって言うか」

「ふむ……ところでセッカはどうした?」

「あ、ネーヴェと一緒に留守番中です」


 弟であるセッカと、使い魔の猫であるネーヴェは戦闘力が低い為、今回は家に居てもらっている。

 何事も無ければ今日は三人――正確には二人と一匹でデートにでも向かおうと思っていたが、この様子では不可能そうだとオウカは肩を落とした。


『――――お姉……』


 不意に、聞きなれた声が聞こえた気がした。


(んあ? 誰だっけ、これ)


 高めな愛らしい声。セッカの声に似ているが、女子の声だ。

 よく知っているような、でも知らないような。

 そんな不思議な感覚にもやもやする。


「ひとまず移動力がある奴は各冒険者ギルドの要請に応えてくれ。他の奴らは王都の防衛だ」


 アレイさんが指針を決め、全員が了承の声を上げる。

 さすが英雄達のリーダーだ。普段はずぼらだけど何かあった時は判断が早くて頼りになる。


『――――お姉様……』


 つきり、と頭痛がして、また謎の声が聞こえてきた。


 なんだろう。何かを忘れている気がする。

 額を抑えて考えてみるが、答えは出ない。

 オウカの様子に心配したのか、再びレンジュが声を掛けてきた。


「オウカくんっ!! 体調が悪いのかなっ!?」

「いえ、そんな事はないんですけど……」


 どんどん強くなる頭痛と違和感。

 何かが違う。

 大事な事を忘れている。そんな気がして止まない。

 不安に思い、首から提げた相棒を掴む。


「リング……何かがおかしい。なんだと思う?」

「――回答不可:何かとは?」


『お姉様!』


 今度はハッキリと、声が聞こえた。

 澄んだ冬の空気を思わせる透明感のある声。

 聞きなれた、弟のセッカの声に似ている。


(……セッカ? あれ、でも、この声は女の子だよね?)


 頭痛が激しさを増し、思わず屈み込んだ。

 周りから心配の声を掛けられるが、返答は出来ない。


(それに、お姉様? 俺は男だし……それに、ただの町娘で……あれ?)


 何かが、狂っている。

 例えば自分。例えば知人。例えば、世界。

 その全てがおかしい気がして、オウカと同じく屈み込んで心配げな表情を浮かべるレンジュに問う。


「レンジュさん……俺と出会った時、俺に何しました?」

「セクハラだねっ!!」

「…………あ。そうか」


 その言葉をきっかけに思い出す。

 そうだ。俺は、自分は……私は、女で。

 レンジュさんも、女性だ。


 ならば、この状況はなんだ?

 性別が反転している。最近収まっていた魔物の数が異常に増加している。

 世界が狂っているのか、自分が狂っているのか。

 あるいは。


「リング。非殺傷弾」

「――装填完了」


 相棒に声をかけ、腰の後ろのホルダーから拳銃を抜く。

 そのまま迷い無く自分自身の左腕に突き立て。


「起きろ、バカ野郎」


 発砲。非殺傷弾とは言え、至近距離から放たれた魔弾は肉に食い込み、強烈な痛みを発した。

 同時に頭の中の霧が晴れていく感覚。

 視界が歪み、そして。



 見慣れたの顔が目の前にあった。



「お姉様!? まだ錯乱さくらんしてますの!?」


 痛む左腕を抑え、当たりを見渡す。

 深い森の中、木々の木漏れ日を受けて輝く銀髪の少女。

 その奥には巨大なキノコのような魔物。

 何秒か、何分か、何時間か。

 そいつの飛ばした胞子によって意識が混濁こんだくしていたようだ。


「ただの気付けだよ。大丈夫」


 状況を理解し、相棒に告げる。


「リング」

「――Sakuraサクラ-Driveドライブ Readyレディ.」

Ignitionイグニション!」


 トリガーワードと共に立ち上る魔力光。

 世界を覆い尽くすかのような桜色を帯びて、黒髪を風になびかせる。

 普段通りの姿。今度は違和感無く受け入れる事が出来た。

 体の奥底から響く高揚感。痛みが消え、戦意が増加していく。


 そうだ。これが、いつものだ。


 構えた銃口の先に魔力を収束して放ち、一撃で魔物を撃ち貫いた。

 リングに表示してもらっていた周辺のマップを確認するが、近くに敵性個体はいない。

 改めてホルダーに拳銃を戻すと、魔力光は周囲に散っていった。


「……ぐぅ。やっぱ痛いわー」


 左腕を抑え、苦笑いする。

 仕方の無い事とは言え、自分を撃ったのはこれが初めてだ。

 なるほど、こんな痛みを生むのか。

 そんな事を思っていると、セッカが涙目で飛び付いてきた。


「お姉様!」

「ぎゃああ! 痛い痛い痛い!」


 強く抱きしめられ、打ち身の痕を押されて悶えるが、なかなか離れようとしない。

 戦闘能力の無い妹に無理をさせた自覚がある為、無理やり振りほどくのは抵抗があった。


「良かった! 呼びかけても返事が無いから心配しましたわ!」

「ん。ありがと。おかげで戻ってこれたわ」


 頭を撫でてやりながら苦笑する。

 違和感に気付くきっかけはセッカの呼びかけだったが、確信した理由が中々に酷かったなと思う。

 王都に戻ったら八つ当たりする事を決め、とりあえずはセッカが落ち着くのを待つことにした。

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