第198話

 

 ああ、頭がすっきりした気分だ。

 ようやく思い出した。の存在理由。

 魔王を殺す。魔族を滅ぼす。

 その為に造られた試作機。


 サーバーとの接続が切られ、不具合が発生していたが、それも解消された。

 これで本来の任務を遂行できる。


 目の前で笑う、白い少女セッカ

 その頭部に照準を合わせる。


 この距離なら外しはしない。



 ◆視点変更:オウカ◆



「最後に言い残す事は?」



(やめろ!)



 塗りつぶされていく心。その中で、再び叫ぶ。


「お姉様。愛しています」


 儚げに、目を閉じて微笑むセッカ。

 それは死を目前にしているにも関わらず、とても穏やかで。



(撃つな!)



「ああ、私も愛してるよ、妹」


 笑いながら告げ、引き金に指をかける



(こ、の……馬鹿野郎!)



 力を振り絞る。照準を、逸らした。


 発砲。セッカの胸、そのやや下を、撃ち抜いた。

 力無く崩れ落ちる白い身体。しかし、生きている。


「ちっ。邪魔しやがって……まあいい。魔王機関は停止した。もうこいつに用はない」


 良かった……死んでない。

 でも、そろそろ限界だ。私が、塗りつぶされていく。


「大人しく消えていろ。後始末はがつける」


 獰猛に笑う

 それを感じながら、私の意識は薄れて行った。



 ◆視点変更:Type-0【killing Abyss】◆



 ようやく私の中でわめいていた声が消えた。

 バグの分際に邪魔をされたのは腹立たしいが、これで任務を達成する事が出来る。

 探知できる魔王の反応は一つ。近くにいる。


 エキスパンションデバイス起動。ブースターから桜の魔力光を噴出し、その場に向かった。




 既に打ち滅ぼされた同胞たちの残滓が立ち込める戦場に辿り着く。

 さすが英雄だ。セッカの魔力強化がなければ、やはり一溜りもないか。

 しかし私なら、魔王のカケラを破壊することが出来る。

 そのように造られたのだから。


「オウカちゃん! 無事だったか!」


 こちらを見て、笑いながら歩いてくる魔王のカケラ。

 その脳天気な頭目掛けて、狙いをつける。


「……おい、どうした?」

うるさいな。早く死ね」


 発砲。魔弾は狙い違わず魔王のカケラに向かい。

 Type-2レンジュによって、切り払われた。


「……何を、しているのかな?」

「邪魔をするな、Type-2。任務を遂行せねばならない」

「……なるほど? キミ、中身はオウカちゃんじゃないね?」

「オウカ? ああ、バグに名前があったのか。驚きだ」


 あの不具合に名前が合ったらしい。

 オウカ。分不相応な名前だ。

 我々に名前など必要無いというのに。


「手早く済ませたかったのだが……仕方ないか」


 両手を胸の前に組みかざす。



「限定術式、壱番、弐番、参番解放。魔王システム起動」


 体中を駆け巡る、黒の魔力。忌々しくも、この身に宿る力。


「見せてやろう。これが我らType-0の本来の姿だ」



「Yozaku夜桜ra-Drive機関...Ignition解放!!」



 解き放つ。【killing Abyss】の名の通り、魔王を殺す力。

 世界を覆い舞い上がる桜に、漆黒が交わる。


 鏡を見ずとも、



 夜桜機関ヨザクラドライブ。それは、私達Type-0を示すトリガーワード。



「……行くぞ、魔王。貴様を殺す」



 デバイス起動。音速を超え、加速する。

 その一撃を、Type-2にさえぎられた。


 銃底を叩きつけ、刀で防がれる。

 銃撃を放ち、斬り落とされる。

 徒手による攻撃を、受け流される。


 踊るこの身を同速の、最速と呼ばれる個体。

 さすがだ。しかし、私には及ばない。

 それが分からない力量でも無いだろうに。


 振り降ろした銃底を刀で受け止められ、拮抗する。


「速い……!! なるほど、これが本来の力って訳か」

「Type-2、何故邪魔をする。そいつは、魔王だぞ?」

「違う!! アレイは魔王なんかじゃない!!」

「何が違うのだ? 魔王のカケラを身に宿した存在。それは魔王と同義ではないか」


 魔王とは、身に付けた者の精神を乗っ取り、世界を破壊するシステム。

 それが組み込まれている以上。この男は、魔王でしかない。


「アレイは自我を保っている!! 魔王に塗りつぶされたりはしていない!!」

「今は、だろう? 未来の事など誰にも分からない。ならば不確定要素は消すべきだ」

「ふざけるな!! アレイは英雄だ!! その事実は誰にも変えられない!!」

戯言たわごとを……過去の話を持ち出して何の意味がある」


 至近距離で叫ぶTape-2。わずらわしい。


 力を受け流し、刀を押しやる。

 空いた腹に、膝蹴り。

 速度を込めた一撃は、Type-2の小柄な体を吹き飛ばした。



 これでまず一人。そう思った時、轟音。

 Type-1ツカサが地を蹴り、こちらに突撃して来ていた。

 半身になり、突き出された拳を回避。視線が絡み合う。


「…よく分からないけど、お前はオウカさんじゃない。なら、取り押さえる」

「は。やってみろ、英雄」


 回し蹴り。その一撃を、腕を上げて受け、流す。

 驚愕が顔に浮かぶ。その隙を突き、魔力を圧縮した魔弾を至近距離から叩き込む。

 後ろに飛んで威力を殺されたが、動きが鈍る。

 追撃。ブースターで加速、回転。残像を生む速度で放たれた銃底は、掌底によって相殺された。



 中々に強い。だが、魔王を超えた程度で私を止められると思うな。



 廻り、屈んで足払い。半歩下がって躱したのを確認し、蹴り足を軸足に変え、遠心力を加えた銃底の振り回し。

 不意を突いた一撃はコメカミを捉え、勇者は刹那の間、よろめいた。

 銃口を押し付け、連射。穿つらぬくには至らず。

 しかし、しばらくは動けまい。これで邪魔者は消えた。



 改めて確認する。



 Type-1ツカサType-2レンジュ共に戦闘継続不可。

 眼前には目標がただずんでおり、阻む者はいない。


 後はこの最弱の英雄を、撃ち抜くだけだ。



 瞬時に顎を蹴り上げ、意識を奪う。


 基本性能が低い個体だ。邪魔さえ入らなければ、容易い任務だ。



「これでお前を殺せば、世界は平和に近付く。さあ、終わりだ」



 銃口を向け、引き金に指をかけた。





 ◆視点変更:オウカ◆



 暗い闇に包まれて、私はふわふわと浮いていた。

 何も見えない。何も聞こえない。

 そんな何も無い場所で、じわじわと私が塗りつぶされていく。



 ああ、もう、昔を思い出すことすら難しくなってきた。

 何とか思い出せるのは、リングと出会ってからの記憶。


 色々あったなー。最初はお化けと思って投げ捨てたっけ。

 まーいまでもお化けとあんまし変わらない気はするけど。ほとんど実態無いし。



 リングが送られてきたのを切っ掛けに王都に行ったんだったな。

 最初は冒険者になるなんて思ってなかった。

 そんで、馬車でオークに襲われた時はマジで死ぬかと思ったわ。



 王都に着いてから、冒険者ギルドで色んな人に会ったな。

 ギルマスのグラッドさん、受付のリーザさん、革職人のガレットさんに、その娘のエリーちゃん。

 顔の怖いゴードンさんに、オウカ食堂ではフローラちゃんやミールちゃん達。



 それに、まさかのユークリア国王陛下。

 直接話すどころが一緒にお茶飲んだりしたなー。

 偉いといえばエルフの族長のファルスさんに、領主のゲイルさんにも会ったな。



 港町アスーラは、お爺さんの手紙を届けたりしたし、食堂でサフィーネちゃんに泣かれた時は凄い焦った。



 亜人の街ビストールではたくさんのモフモフと出会えた。

 冒険者ギルドのギルマスのアグリアスさんさんや熊のガスターさん。

 イグニスさんもビストールで会ったんだっけ。

 それに、オウカ食堂のステイルさんに、フリード君達も。



 氷の都、フリドール。

 冒険者ギルドではギルマスのロウディさんに、のんびりしたアルカさん。

 樵のモーバさんや他の冒険者の人たちにも良くしてもらったなー。

 食堂のシルビアさんは、まあ、アレだったけど。

 でも、ネーヴェと過ごした日々は、楽しかった。



 故郷の町のみんな。

 ずっと良くしてくれたパン屋さんの夫婦、学校の奴ら、一緒に暮らした家族のチビたち。

 


 そして、英雄達。

 私と同じ、黒髪黒眼の、癖の強い、人達。


 変な人、ばかりだけど、とても、暖かな、人達。

 特に、レンジュさんには、お世話に、なったな。

 一番、迷惑、かけられたのも、レンジュさん、だったけど。



 色んなこと、してきたな。

 改めて、思い返すと、めちゃくちゃな、日々だわ。




 それに、おかあさん。

 いつも、おだやかに、ほほえんで。

 やさしい、こえ。やさしい、てつき。

 なでてくれたの、うれしかったな。




 ああ、だめだ。そろそろ、げんかいだ。





 わたしが、きえていく……






「――古代言語解析完了:プログラム実行します」






 ……だれの、こえだっけ、これ。

 とても、ききおぼえが、あるような、きがする。






「――外部から端末身体を強制停止、及びサーバー接続を切断します。効果は三十秒間です」





 なんだろ。なに、いわれてるのか、わかんないけど。

 だいじな、こと、だった、きがする。





「――オウカ。私は貴女と出会えて良かった。

 ――世界を見た。人々を見た。たくさんの幸せを見た。

 ――それは本来なら有り得ない幸福でした」





 …………。






「――最初に会った時、私が何なのかと訪ねましたね。

 ――サーバーに接続されてデータを得た今なら、それに答えることが出来ます。

 ――私の内側に刻印されている文字は、Device For Terminal Management。

 ――古代言語『C language』で、端末管理用デバイス、という意味です。

 ――私はスクラップドールズの性能を引き出すために造られた存在でした」




 いみが、わからない。




「――しかし私は、Type-0【killing Abyss】ではなく。

 オウカ。貴女の為に生まれたのだと、そう思います」




 がらすみたいな、くろい、おんなのこに、だきしめられた。

 このこは、しっている、きがする。




 わたしと、おんなのこの、あいだに、ひかりが、うまれた。




「――さあ、起きてください。私たちの英雄。

 ――貴女はどんな時も諦めなかった。

 ――今までも、そして、これからも。そうでしょう?」



 リングの声は、やさしくて、いつもの、冷静な、言葉じゃ、なくて。



「――やってやりましょう。私と、オウカで」



 そうだね。私たちはいつもそうだった。

 暗くて寒くて怖いけど。そんなもの、諦める理由にはならない。



「――踊りましょう。私と一緒に」

「ああ、アイツをぶっ倒そうか、相棒」



 恐怖に震える拳を、握り締めた。



 ◆視点変更:Type-0【killing Abyss】◆



 引き金を、引いたはずだった。


 しかし、実際には魔弾が発射されていない。

 それどころか、指一本も動かない。


 何だ、これは。サーバーとの接続も切れている。

 外部からの接続痕跡がある……? 馬鹿な、今のに気付かれずに触れることが出来る存在など……


 不意に思い出す。そうか。胸に提げた端末管理用デバイスか。

 小賢しい真似をする。だがこの程度の拘束なら、もって数十秒だろう。


 祈る時間を与えたと思えば、大した誤差でもない。



(そうね。リング一人なら、そうだったかもね)



 頭の中に響く、私の声。

 まだ消えていなかったのか。往生際が悪い。

 だが、お前に何が出来る?

 この端末身体は既に私の支配下にあると言うのに。



(にひひ。さて、問題です。私が今まで手に入れてきた数々の宝物たち。

 その中で、一つだけ、仲間はずれなのはなーんだ?)



 ……何を言っている。時間稼ぎか? いや、そんなことをしても何の意味も無いはずだが。



(答え。。これだけは、使ったことないんだよね)





『――戦闘記録のインストールを行う場合、付随した記憶も同時にインストールされます。


 ――オウカは不要な部分を削除する機構がある為に通常であれば問題ありませんが、同内容をインストールする場合、取捨選択にエラーが発生する可能性があります』



『――最悪の場合:全記憶を失います』






(さて、次の問題です。サーバー接続が切れている今、?)





 ……おい、まさか。やめろ! お前も消えて無くなるんだぞ!?





「――SoulShift_Model:Trigger Happy. Ready?」





 藻掻もがこうとするが、依然として身体は微動だにしない。





(うん、ぶっちゃけ怖いよ。怖くてたまらない。

 私はいつだって臆病で、怖がりで、泣き虫で、強がっているだけの小さな子どもだった。

 でもね。引けない理由があって、戦う力があるんだ。義務はなくても、守りたいものがあるだよね、これが)





(大切なものを守りたい。私はその為にいつだって無茶してきたんだ。

 これからも。そして、今回も。それは変わらないんだよね。どうしようも無いことにさ)






 馬鹿な! 出来るはずがない! 自分で自分を消し去るなど!!






(あはは。町娘英雄、なめんじゃないわよ。Triggerばーか!)





 引金が、引かれる音がした。






 ◆視点変更:レンジュ◆



 不覚にも意識が飛んでいた。

 慌てて目を向けると、オウカちゃんが倒れたアレイに拳銃を向けている。

 アレイに意識は無いようだ。



「アレイッ!!」



 即座に『韋駄天セツナドライブ』を起動、射線に割って入り、刀を構える。

 しかし。



 ……? なんだ? 動かない?




 目を見開いたまま固まっているオウカちゃんは、やがて、ゆっくりと倒れ伏した。




 ……何が起こった? アレイは気を失っている。ツカサっちはあっちにぶっ飛ばされてるし、他の誰かが太刀打ち出来るとは思えない。

 分からないけど、構えを解かずに、警戒する。



 やがて黒髪の少女は、ゆっくりと起き上がって座り込み、私を見つめて。


 小首を傾げ、純真無垢な笑顔を浮かべて、尋ねてきた。




?」




 それは、全ての終わりを告げる言葉だった。

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