第179話


 冒険者ギルドにトンボ帰りして、依頼票のチェックをしていると。

 いつも通りゆったりとしているアルカさんに声をかけられた。


「そうだぁ…ちょっとぉ…お願いがあるんだけどぉ…」

「お。なんですか?」

「マンティコアがぁ…森に出たらしくてぇ…お願いできるとかしらぁ…」


 うわ。マンティコアかー。

 ライオンの胴体に人間の顔、サソリの尻尾を持つ魔物だ。

 知能は高くて普通に会話出来るらしいけど……


「んー。それ、討伐依頼なんですか?」

「どうかなぁ…ギルマスぅ…?」

「まだ何とも言えませんな。発見報告しか上がっていないので」

「あー。ロウディさん的には討伐に反対なんですか?」

「できれば穏便に解決したいところですが、武装した集団を向かわせると話し合いにならんでしょうな」


 なる。だから私に声がかかったのか。


「おけです。んじゃちょっと行ってきますね」

「お願いねぇ…」

「頼みます。でも無理はしないでください」

「はーい!」


 まーとにかく、行ってみるか。




 ネーヴェを連れて徒歩で森までやってきた。

 山の麓にある、少し深い森だ。


 さて。リングに検索してもらうかなー。

 ……って。あれ?


「マスター。どうやらお出迎えのようだぞ?」

「……うん。みたいだねー」


 森の入口のすぐ近くに、目的のマンティコアが座り込んでいた。

 結構大きいな。でも、男の人っぽい顔部分は穏やかな表情だ。


「こんにちは。ちょっとお話、いいですか?」

「ああ、もちろんだよ」

「貴方の発見報告が冒険者ギルドに上がっているので、貴方の事を聞きに来ました」

「なるほど……しかし困ったな。僕はここから動けないんだ」


 眉尻を下げて俯くマンティコア。よく見ると、身体中に怪我をしている。

 お腹の方とか、結構深いな。この傷で入口まで歩いてきたのか。


「見ての通りでね。雪熊にやられてしまって、ここで治るのをまっているんだ」

「なるほど……こっちとしては貴方に敵意がないってわかれば大丈夫なんですけど」

「争うつもりは無いよ。僕は人間を食べたりしない。昔、人間に助けてもらったからね」


 困ったように笑う。どこか寂しげで、悲しそうな笑顔だった。


「おけです。怪我が治ったらどうするんですか?」

「元々居た山に戻りたいな。でも雪熊の群れが縄張りを作ったしまったから、少し難しいかもしれないね」

「ふむん。そですか……山って、そこの山ですか?」


 すぐ目の前にある、白い大きな山。

 なるほど。元々はこっちに住んでたのか。

 それで雪熊の群れに襲われて森に逃げてきたと。

 んー。そっかー。


「そっか……ねぇ、貴方のお名前は?」

「コアだよ。昔助けてくれた人間が僕にくれた名前だ」


 少し誇らしげに教えてくれた。

 ふむ。これなら、いっかな。


「良い名前だね。私はオウカ。冒険者ギルドには私から話をしておくね」

「マスター。信じるのか?」


 内ポケットから見上げてきているネーヴェが、じっとこちらを見つめている。

 可愛いなー。なでなで。


「今のところ、信じない理由が無いし」

「マスターは疑うという事を知らないのか?」

「知ってるわよ、失礼な。モフるぞ」

「しかしだな……」

「私は、誰かを大切に思う人を疑いたくは無い」


 寂しげな表情。誇らしげな表情。

 それはきっと、過去に一緒に居た人に対する感情だから。


「……ならば私は何を言うまい」

「心配してくれてありがとね」


 顎の下をコリコリ掻いてやると、気持ちよさそうに喉をゴロゴロ鳴らした。

 うむ。愛いやつめ。


「んじゃ。傷に効く薬草置いてくから、使ってみて」

「ありがとう。助かるよ」


 アイテムボックスから王都の森で採取しておいた薬草の束を取り出して、コアの足元に置いてあげた。


「またね。お大事に」


 手を振って、フリドールへと向かった。




 街門を抜けて、冒険者ギルドへ。

 ドアを開けて暖かな室内に入ると、そのまま受付に進んだ。


「アルカさん、ただいまです。ロウディさん居ます?」

「ギルマスならぁ…部屋に居るからぁ…呼ぶぅ?」

「あ、お願いします」

「ちょっとぉ…待っててねぇ…」


 ゆっくり立ち上がると、受付の奥にある階段を昇って行った。



 ネーヴェを構いながら待つこと数分。いつものスーツ姿のロウディさんが階段から降りてきた。


「オウカさん、どうでしたか?」

「問題ないです。あちらに争う気は無くて、怪我を治したら山に帰るって言ってました」

「そうですか。それは良かったです。やはり、お任せして正解でしたね」

「んで、お願いしたいことと、確認したいことがあるんですけど」

「おや? どのような事ですか?」

「ええとですね……」


 私が口にした言葉を、ロウディさんは興味深そうに聞いてくれて、許可を貰うことが出来た。

 すぐに手配してくれるらしい。さすがやり手のギルマスだ。


 さて、それじゃあ。私は私の仕事をしてこよっかな。

 ……まーぶっちゃけ、大分こえーけど。



◆視点変更:コア◆



 先程の少女、オウカと言ったか。

 彼女からは敵意をまったく感じなかったけど、信じて良かったんだろうか。

 僕は怪我をして素早く動けないし、冒険者が討伐に来たらどうしようも無い。


 そんな風に悩んでいると、街の方から冒険者達がやってきた。

 全員、手に武器をたずさえている。


 ……そうか。あの子は、不確定な約束より、確実な手段を選んだのか。

 それも仕方ないだろう。だって、ただの口約束だ。

 信じてもらえる証拠も無いし、人間たちは街を守ろうとするだろうし。

 でも。信じた結果がこれなら、別に悪くはないかな。

 あの子の言葉じゃないけれど、疑うよりは信じた方が良い。



「おい! 居たぞ! 報告通り怪我をしてやがる!」

「嬢ちゃんの言った通りだったな! お前、動くんじゃねえぞ!」


 僕を見て叫ぶ冒険者達。

 ああ、ここまでか。そこそこ長いこと生きてきたけど、人間に討伐されるなら、まあ仕方ないか。


 こちらに駆け寄ってくる男たち。でも。

 あれ? 武器を構えてるけど……なんか、様子がおかしいな。


「うわ、ひでぇ傷だ! おい、頼むぞ!」

「任せろ。おい、マンティコア、動くなよ」


 一人の白い服を着た男が、屈みこんで手をかざしてきた。

 優しい色の魔力光が僕を包み込む。


 ……怪我の痛みが、和らいだ?


「くそ、完全には回復出来ないな……こりゃ時間がかかるぞ」

「頼んだ! 周囲の警戒は任せろ!」

「なに、この位朝飯前だ。英雄様の頼みだからな」


 僕を、助けてくれるのか?


「人間。何故、僕を助けるの?」

「だってお前、俺らと争う気は無いんだろ? それに英雄様からお願いされたからな」

「……英雄? もしかして、オウカの事かい?」


 驚いた。あの子は、英雄だったのか。

 魔王を倒して長く続いていた戦争を終わらせた人間たち。

 その中の一人だったとは。


「なんてことだ……僕はまた、人間に助けてもらったのか」

「オウカちゃんに感謝しな。あの子じゃなけりゃ、みんな信じなかったからな」

「そうか……オウカにお礼を言いたいんだけど、どうしたら良いかな?」

「なんだ、気付いてなかったのか。オウカちゃんなら……」


「ついさっき、山に向かって飛んで行ったぜ」



◆視点変更:オウカ◆



 あああああ! さむいいい!

 山、やっぱりさむいいい!!

 しかも何か、吹雪ふぶいてるしいいい!!


 あーもう! 寒さで怖さなんて吹っ飛んだわよ! 

 さっさと終わらせて暖炉の前でココアを飲む! 今決めた!


「リング、検索、雪熊!」

「――マップに表示します」

「ありがと! あとアンタいい加減服着なさい! 見てて寒いのよ!」


 いつまで真っ裸なのよあんた!


「――データ作成中につき:お待ちください」

「あーもう! とにかくやるぞおらぁ!」

「――Sakura-Drive Ready.」


「Ignition!!」



 体から吹き出す桜色。吹雪に混じり、世界を彩る。

 寒いが、戦えないほどでは無い。

 マップを確認。思いの外、近い。


「生憎の吹雪だが、仕方ない。この舞台で踊ろうか」



 雪の中。薄紅色を纏わせながら駆ける。

 視界が悪い。だが、視界は確保できている。

 ならば、問題などあるはずもない。



 見えた。雪熊の群れ……十五匹かな。

 まずは牽制からだ。


 魔弾を圧縮。遠距離から狙撃していきながら、接近。

 至近距離で魔弾を撃ち込み、他の敵の振り下ろしを銃底を添わせて逸らす。

 その隙に射撃、足場にして跳躍。


 逆さまになった世界の中、頭を狙い、撃ち抜く。


 着地、即座に駆け、回転。銃底をコメカミに叩きつけ、その反動で距離を離す。

 横薙ぎ。伏せ、頭上を通り過ぎた腕、その根元を撃ち抜く。


 いつの間にか風が止み、雪がはらはらと降り積もる。

 白が散りばめられた空間で、漆黒と桜色を靡かせ、加速する。


 肉薄、回転。顎を蹴り上げ、喉を撃ち抜く。

 振り返りざまに射撃。胸を貫かれてよろめく雪熊。

 その後ろにいた個体に向かって跳び、ブースターで攻撃を躱しながら、逆の拳銃で仕留めた。


 地に足を着け、沈み込む。両手を交差させ、左右に発砲。

 残った二匹を同時に撃破した。


「リング、まだいる?」

「――敵性反応無し」

「了解。状況終了」


 意識してサクラドライブを解除。私を包んでいた桜色の魔力光は、雪と共に消えていった。



 おっし。こいつら収納してさっさと帰るか。

 暖かいココアが私を待っている!


 ……あーでも、その後お店に行かなきゃなんないのかー。

 やだなー。行きたくないなー……


 まーとりあえず。これでコアも過ごしやすくなったでしょ。

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