第180話


 急いでフリドールまで戻ってきた私は、暖を求めて冒険者ギルドに向った。

 ふあぁ……暖かい……

 いやー。山、舐めてたわ。あれ完全にはヤバいやつだ。

 次行く時は完全防寒装備が必要だなー。


 ギルド内に併設された酒場で注文したココアを飲みながら温まってると、階段からロウディさんが降りて来るのが見えた。


「あ、ロウディさん。マンティコア、どうなりました?」

「先程治療完了の報告が来ましたよ。そちらはどうでしたか?」

「ばっちりです。もう襲われることは無いと思います」

「それは何よりですな。もし良ければ雪熊はギルドに卸して頂けませんか?」

「りょーかいです。あ、でもお肉は少し欲しいんで、そこは交渉しますねー」


 何匹か分のお肉はゲットしておきたい。

 けど山の雪熊は狩り尽くしちゃったし、せめて素材とかはギルドで引き取ってもらわないとダメだと思うし、そこは聞いてみようかな。


「分かりました。ああそれと、そろそろ店に向かっても大丈夫だと思いますよ」

「お。ありがとうございます!」


 ココアの入っていた木のカップを返却してコートを羽織る。

 さてさて。あんまし行きたくは無いけど……まー、行きますかー。



 オウカ食堂・フリドール支店。

 お店の壁に大きく私が描かれた、ちょっと近づきたくないお店だ。

 改めて見てもおかしいと思う。

 変装用に帽子被ってきたけど……これ、バレたら面倒くさそうだなー。


 裏手に回り、ドアを開けて中に入ると、そこは厨房だった。

 設備がしっかり整えられている。

 そしてここにも、私の姿絵が飾られていて、頭痛がした。


「おや? オウカさんですか?」


 頭を抑えていると、声を掛けられた。

 出たな、諸悪の根源。


「シルビアさん、どもです」

「お元気そうで何よりです。マンティコアの件、お疲れ様でした」


 キリッとした態度で労いの言葉をくれた。

 いや、そこはいいんだけども。


「ありがとうございます。ところで、壁の絵、なんですかあれ」

「ああ、申し訳ありません。絵ではオウカさんの愛らしさを全て表す事は難しいようで……」

「違うそうじゃない」


 少し冷めた目でツッコミを入れてしまった。

 何言ってんだこの人。


「ああっ!! ありがとうございます!!」


 あ、しまった。こういう人だったな。

 自分を抱きしめてクネクネしてるし。


「いやもうそういうの良いんで……あれ撤去してもらえません?」

「それは出来ません。街での評判も良く、従業員のモチベーションアップにも繋がっています。

 また、遠目からでも店舗の判断がしやすいと言うメリットもありますので」


 切り替わり激しいなぁ、この人。

 しかも正論ぶっこんで来るし……


「……仕方が無いので許可します。で、本題なんですが……ネーヴェ?」

「マスター。ここに滞在する事に不安しか感じないのだが」


 ジャケットの内ポケットから顔をだして真っ当な事を言ってきた。

 分かる。すっごい分かる。でもごめん、我慢して。


「あら。白猫……使い魔ですか?」


 シルビアさんに言われて、ため息をついた後、ぴょこんとポケットから飛び出して私の肩に乗る。


「お初にお目にかかる。マスターの使い魔、名をネーヴェという。こちらで現場指揮を取る事になる」

「なるほど。承知致しました」

「……私が言うのも何だが、良いのか? 貴女の仕事を奪う形になるのだが」

「私には孤児院での仕事もありますから。兼業するより専任の者がいた方が効率が良さそうですし、私はサポートに回ります」

「なるほど。貴女はとても理性的な方だ。信頼に値する。今後とも、よろしく頼む」


 お。なんか上手く纏まったみたいだな。

 ……でも、この人が理性的とは思えないんだけど。


「ところで、撫でても良いですか?」

「すまないが、それはマスターの特権だ」

「それは残念です……では仕事の話に入りたいのですが、お時間はありますか?」

「ああ、構わない。マスターはどうする?」

「うーん。私も話だけは聞いておこうかな」


 暴走されても困るし。

 いや、ネーヴェが居れば大丈夫だと思うけど、一応ね。


「そうか。では、説明を頼む」

「承知致しました。ではまず……」



 そこから一時間ほど、なんか難しい話をしていた。

 よく分かんないけど、お店の運営方針に関して話してたっぽい。

 専門用語が飛び交ってて理解出来なかったけど。



「……こちらの懸念事項は以上です。そちらからは何かありますか?」

「では一点。店舗及び従業員の安全性に関して疑問が残るのだが」

「それについては冒険者を雇う形を取ろうかと思っています。この類の依頼であれば受けたがる者も多いでしょうし。

 それに何より、オウカさん名義の依頼なので、希望者は多いかと」

「……なるほど。道理だな」


 私の名前出したら希望者増えるってとこ、ツッコミ入れたいけど……多分事実だから何も言えない、

 なんか最近、私の知名度おかしくないか?

 吟遊詩人、まじで恐るべし。


「これで問題点は一通り出たか。貴女は優秀だな」

「当然です。オウカさんの為ですから」

「ふむ。マスターは愛されているな」

「ええ、愛しています……心から」


 うわ。今なんか、背筋がゾクッとした。


「……本人の意思が伴うのであれば、私から言うことは無い」


 おいこら、少しはかばえって。

 アンタのマスターの危機だぞ。


「お墨付きを頂きましたね……ではオウカさん、ちょっと二人きりであちらへ行きましょう」

「ぜってぇ嫌です。目付き怖いし……ちょ、寄るな変態!」

「あはぁん!! ありがとうございます!」

「くそ、面倒くさいなこの人!」


 マジで最強かシルビアさん。

 本気でたちわりぃ。

 くそ、これほっとくと何するか分かんないな……


「あーもー。ほら、ハグだけなら許可します」


 暴走されても困るから、妥協案として両手を広げてみた。

 ……思ったより恥ずかしいな、これ。早くしてほしいんだけど。


「…………」


 おや? 固まった?



「 照 れ 顔 の オ ウ カ さ ん とうと い !! 」



 魂の叫びを上げ、撃沈した。

 血ぃ出してるけど……鼻血か、あれ。


 ……うん。まあ、実害が無ければいいや。


「……ネーヴェ。私そろそろ行くわ」

「ああ。私は店舗に常駐する予定だ。また顔を出してくれ」

「ん。モフりたくなったら来るわ」

「……まあ、気をつけるんだぞ。色々と」

「ここより危険な場所はそうないと思うわ」


 上げられた前足の肉球を指でぷにぷに。

 なかなか悪くない感触だ。


「こっちが落ち着いたらまた王都で暮らそうね」

「私もそれを望んでいるよ、マスター」

「両想いじゃん。やったね!」


 顎下をくすぐってやり、頭を撫でると、何とも心地良さそうな顔をしてくれた。

 ヤバい。これ以上居ると連れて帰りたくなる。


「離れ難いけど……またね」

「幸運を、マスター」


 改めてハイタッチ。

 後ろ髪を引かれる思いで、お店を後にした。


 うーむ。早くお店、安定してくれたらいいんだけどなー。

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