第177話


 お城を後にして、ネーヴェを連れて大通りを通り、街道に向かった。

 街道整備の依頼がどうなってるか、見学しに行こうと思う。

 まだ始まったばかりだし、空から行かなくても問題ないだろうと、街門まで気楽にテクテク歩いて行った。


 門を出ると、壮観な光景だった。

 綺麗に敷かれた石畳。切断面はとても滑らかで、まるで包丁で切ったようだ。

 その脇には、夜道を照らすための魔導具が等間隔に並んでいる。

 王都側から、長距離運搬用ゴーレム君が王都から荷物を持って走って行く。


 そんな光景が見渡す限り、続いていた。

 見渡す限り、である。作業してる人達は全く見当たらない。

 どんだけ先に進んでんだよ、これ。

 ……しゃーない。飛ぶか。


「ネーヴェ。捕まってて」

「ああ、飛ぶのか。了解した」


 ジャケットの内ポケットにするりと入る。なんか可愛い。

 それを見届けてからブースターを起動し、空に舞い上がった。




 そして、作業現場に到着すると。

 なんか、大変なことになっていた。



「オウカちゃんの為なら!」

「えーんやこーら!」

「オウカちゃんの為なら!」

「えーんやこーら!」


 謎の掛け声と共に穴を掘るおっちゃん達。



「おう! 来たな丸いの! お前ら、次が来たぞ!」

「よくやったな丸いの! ほれ、魔石だ! 食え食え!」

「力持ちだなお前ら! やるじゃねえか!」


 運搬用ゴーレム君を取り囲み、孫のように可愛がるおっちゃん達。



「そのまま降ろしてくれ、そのままだ……! よし、完璧だ!」

「一ミリの狂いもねぇ! さすがだなお前ら!」

「あ、ありがとうございます……」

「さすがオウカちゃんとこの店員だ! 魔法まで上手だとはな!」

「終わったらあっちで菓子食ってな! 細かい所は俺らの仕事だからよ!」


 オウカ食堂の魔法習ってる子達に手伝ってもらって石畳を敷いているおっちゃん達。



「ゴブリンなんざ一匹も通さねぇよ! あっちには子ども達がいるんだからな!」

「たかが十匹、一人二匹の計算だったからな! 軽いもんよ!」

「おうよ! わざわざオウカちゃんに来てもらうまでもねぇやな!」


 たった五人で十匹のゴブリンの群れを討伐したっぽい冒険者達。



「ほらほら、アンタらなら無料だよ! 腹いっぱい食ってくれ!」

「オウカちゃんの為に働いてるんだ! しっかり食っていけよ!」

「おぅ、肉屋の! オークはまだあるか!?」

「勿論だ! 持っていけ!」


 そして、大盤振る舞いの屋台。



 更には、なんかよく分からない横断幕。

 二本の槍を柱代わりに立てられたそれには、大きな一文。



『オウカちゃん街道 整備隊』



「おいこら。なんだこれ」


「あん? お! オウカちゃんじゃねえか!」

「おう、久しぶりだな! こっちは順調だぜ!」

「でも危ねぇからな! あんまし近づくんじゃねえぞ!」

「そっちのチビどももだ! 怪我すっから遠くから魔法使ってくれな!」



 なにこのテンション。

 自分の顔が引きつってるのが分かるんだけど。


「マスター。こやつらは、その……何なんだ?」

「ごめん、私にもよく分からない」


 クールなネーヴェが珍しく困惑していた。うん、気持ちは分かるわ。

 てか、なるほど。食堂の店舗作りの時もこんな感じだったのか。

 作業速度が異常に速い。速すぎる。予定の二倍くらいの速さじゃないか?


 てか、街道の名前。誰だ、あんな横断幕張ったの。



「ねえちょっと。ここの責任者呼んでくれない?」

「おう! 旦那! オウカちゃんですぜ!」

「なに!? 分かった、すぐに行く!」


 穴の中から返事があった。

 しばらくすると、整髪油でしっかりと髪を整えた、作業着姿の男性が姿を見せた。

 ……おい。この人見たことあるぞ。

 列車のお披露目の時に居た貴族様じゃね?


「やあやあ、よく来たな。今日は視察かい?」


 ツルハシを担いで優雅に笑う。

 何なんだこの状況。


「あの……穴、掘ってるんですか?」

「うん? ああ、何、私も鍛えているのでね。流石に現役冒険者の皆には叶わないが、手伝いくらいならできる」

「何言ってんだ! 一番動いてるの、旦那じゃねえか!」

「道具も揃えて飯も用意してくれてるしな!」

「私は出来ることをやっているだけだ。君たちの力が無ければこうも順調に作業は進まない。感謝しているよ」


 貴族の義務ノブリスオブリージュだよ、とダンディに笑う。

 それに応えてガハハと笑い合うおっちゃん達。


 もう一度言おう。貴族様、作業着である。

 顔もそこかしこ汚れているのに、それでも高貴さが滲み出ている。


「それに我々は苦難を共にした同士だ。目的が同じであるならば、そこに貴賎の差などあるはずがない!」

「旦那!」

「旦那ぁっ!」

「さあ! 共に働こう! この街道をより良くする為! この国の為! そしてオウカちゃんの為に!!」

「おう!!!!」

「いや待て最後の」


 何でそこで私の名前が出てくる。


「ん? どうした?」

「なんで私の名前が国と並んでるんですか」

「うん? それはだな。そこの横断幕の右下を見ると良い」

「は?」


 よく見ると、確かになんか書いてある。



『オウカちゃん愛好会一同』



「……はい? なんですかあれ」

「我々の団体名だが? みな、オウカ弁当に魅せられし者達だ」

「……あったまいてぇ」


 何だこの人達。ちょっと意味が分からない。

 確かによく見ると店の常連さんがちらほら居るけど。

 つまり、うちのお店のファンの人達の集まりってことか?


「…………正確には弁当だけでは無いけどな」

「は? 何か言いました?」

「いいや、気のせいだろう」


 なんか良く分かんないけど。と言うか分からないことだらけなんだけど。

 とりあえず、害は無いみたいだし、深く考えない方が良いのかもしれない。



「……まあ、無理はしないでくださいね?」

「ああ、無理はしていないとも。無理はな」

「……最後に休憩したのは?」

「はて。昨日だったかな?」


 現在時刻。午後四時。

 最悪でも十六時間労働である。


「馬鹿かっ!? ちょ、休まないとダメだって!」

「これでも回復魔法の心得があってね。希望者のみ、疲労を取り除きながら作業を行っている。今のところ、全員だが」

「いやいやいや! まじで無理しないでくださいって!」

「ふふ。気遣いは嬉しいのだが、知っているかい?」


「無理も通せば道理となるのだよ!」


 何処からともなくバラを取り出し、天に向けて高々と掲げる。

 周りから、再度喝采が上がった。


 ダメだこいつら。

 つまりあれか。寝てないからテンション狂ってんのか?



「……あの。差し入れに、お菓子があるんですけど」

「全員手を止めろ! オウカちゃんの差し入れだ!」

「うおぉ!! まじか!!」

「こいつはありがてぇ!」

「また仕事が捗るな!」


 捗らせるな。いいから休め。


「いいですか? 今日は日が沈んだらちゃんと寝てくださいね」

「皆の者! 本日の作業は日暮れまでだ! 差し入れを食べ終わったら、それまでに作業を進めるぞ!」

「合点承知!」


 ……まあ、ちゃんと休んでくれるならいっか。


「んじゃ、私行きますんで。ほんと、次きた時に無理してたら怒りますからね?」

「それは大変だ。気をつけるとしよう」

「あ、でも。頑張ってくれありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて、にっこりと微笑んだ。

 なんだかんだ、悪い気はしない。みんな楽しそうだし。



「じゃあまたー!」


 大きく手を振って、王都へと飛び立った。


 ……なんか、凄かったなー。



「旦那? おい、旦那!?」

「崩れ落ちた!? 旦那!?」

「ダメだ、至近距離であれをやられたら耐えられる訳がねぇ!」

「旦那ぁぁぁ!!」



 またなんか叫んでるけど……よく聞こえないや。

 もう放っておくか。定期的に来る必要はありそうだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る