第176話


 いつもの客室。

 カエデさんと向かい合うようにソファに腰掛けた。


 カエデさん、まだほんのりと顔が赤いな。

 あまり言われ慣れてないんだろうか。

 こんなに可愛いのになー。


「ふう……それ、で。使い魔の件だけ、ど」

「はい。どんな感じですか?」

「ん。出来てる、よ」


 ちらりと部屋の隅に目を向けた。

 それを追うように見てみると。

 見事な毛並みの白猫が、ちょこんと座っていた。

 尻尾をゆっくり左右に振りながら、じっとこちらを見つめている。


「おー……可愛い子ですねー」


 すっごい美猫だ。可愛いし、とても綺麗。ふわふわしてて、凄くモフりたい。


「おい、で」


 カエデさんがぽふり、と隣のソファを叩くと、白猫はゆっくりと歩いてきて、ソファの上に座り直した。

 うわー。お利口さんだ。あ、顔洗ってる。可愛い。


「ネーヴェ。貴方のマスターだ、よ」

「オウカだよ。初めまして」


 微笑みかけると、白猫はじっとこちらを見つめ、ぺこりと頭を下げた。


「ネーヴェって呼んでもいい?」


 再度頭を下げる。頭いいなこの子。


「ネーヴェ。貴方を私の使い魔にしたい。お店の事を手伝ってほしい。お願いできるかな?」


 私の言葉に反応して、私の顔を見て、手を見て。

 もう一度私の顔を見つめる。



「聞きたい事がある。宜しいか」



 ……今の声、ネーヴェか? 低めの女の人の声だ。

 そう言えば喋れるって言ってたなー。

 なんとなく、見た目に合ってる気がする。


「ん。なに?」

「オウカの善悪性を知りたい。オウカは善き者か? それとも、悪しき者か?」


 善悪性。また何か難しそうな事を聞いてきたな。

 んー? 善き者か、悪しき者か。さて、どうなんだろうか。


 私は自分を善良だなんて思わない。

 嫌いなものは嫌いだし、魔物は倒すし、暴力だって振るう。

 人を助けるだって自分の主義の為だし。

 そもそも、私の中には魔王の欠片かけらが入っている。

 それが善だとは思えない。


 かと言って、悪かどうかと言われると、うーん。

 意味もなく何かに害をなす訳じゃないし、自分の主義のために全てを切り捨てる覚悟なんて私には無い。

 そもそも、戦いすら好きじゃない。

 人の笑顔が好きだ。喜んでいる姿が好きだ。

 だから、悪ではないと思う。分かんないけど。


「……ごめんね、分かんないや。きっと、善き者でも悪しき者でもないんだと思う」

「そうか。分からないのか」


 尻尾をぱたんと下ろし、大きな目で、見定めるようにこちらを見てきた。


「私は自分を正しいとは思えない。周りに助けられないと何も出来ないような奴だよ。だから、ネーヴェの助けが欲しいの」

「つまり、オウカはつまらないただの人間か」

「正確には人間かどうかも分からないんだけどね」


 苦笑いを返す。これは、お気に召さなかったかな?


「ではもう一つ問おう。人の原動力は欲望だが、オウカは何を欲する?

 地位か、名誉か、金銭か。それとも、全てを見通す叡智えいちか、何者をも滅ぼす力か」

「え、どれもいらない」


 即答した。いやだって、ねえ?


「お金は生活できる分あればいいかな。力も生きていくために必要な分あればいいし」


 地位、名誉、お金。それに、頭の良さに力の強さ、だよね?

 んー。やっぱり改めて考えても、特に必要ないかな。


「私は、私の周りが幸せならそれでいいよ」

「自身は含まれないのか?」

「え、うん。てか周りが幸せなら私も幸せだから」

「……なるほど。では、最後に一つ良いか」


 ゆっくりと立ち上がり、軽やかにテーブルの上に飛び乗る。


「なに、簡単な質問だ。オウカは何のために生きるのか、それを聞きたい」

「美味しいものを食べるため。できれば、みんなと」


 これも即答した。こんなん考えるまでもない。

 美味しいは正義だ。


「……なるほど。よく分かった。カエデに聞いていた通りだな。実につまらない時間だった」

「ありゃ。それはごめんね」


 どうもダメだったらしい。うーん……まーでも、仕方ないか。嘘を吐く訳にもいかないし。

 と、思ったら。


「まったく、カエデに聞いた時にはそのような出来た人間などいる物かと思っていたが。なかなかどうして、世界は広いのだな」

「……うん?」


 ぴょこんと膝に乗ってきて、私を見上げる。


「長い付き合いになりそうだ。よろしく頼む、マスター」


 ふわふわな毛並みを私の手に擦り付けてきた。

 あ、だめ、そんな事したら……



「さあ、共に行こう……待て、なんだ、何をするつもりだ」



 もう我慢ができない。

 手を伸ばし、捕獲。


 もふもふ。もふもふ。ふへ。可愛い。



「ふにゃんっ!? マスター、何を……ダメだっ! そんなところ……にゃあんっ!!」



 大事なのは、自分の欲望を優先しないこと。

 どうやったら相手が気持ちよくなるか。それが大事。


 優しく、丁寧に、焦らすように。

 もどかしい程、ゆっくり、探っていく。


 そして、気持ち良い場所を見つけたら、大胆に。

 指先を立てて、コリコリと刺激する。


 ほぉら、ここでしょ? ここがいいんでしょ?



「止めよマスター……にゃあんっ……こんな、こんなぁ……にゃふぅ……」



 もふもふ。もふもふ。ああ、癒される……

 綺麗で可愛くて、撫で心地が良い。反応が可愛い。しかも、喋る。

 ああ、なんて理想的なモフり心地だろう。



「……あの、オウカちゃん。そろそろやめた方、が」

「……はっ!? ネーヴェ、大丈夫?」


 気が付くと、ネーヴェは私の膝の上でお腹を見せてピクピク痙攣していた。

 ヤバい。やり過ぎた。



「にゃふ……何たる屈辱……この、ダメ猫製造機め。癖になったらどうしてくれるのだ」

「あ、気持ちよかったのね。じゃあ続きをしようか」

「にゃぁっ!? あっ! ダメなのに、抗えないぃ……」


 顎下をくすぐりながら尻尾の付け根をコリコリしてやる。

 体が完全に弛緩してしまっている。お気に召したようだ。

 他所の子だと加減しなきゃいけないけど……私の使い魔なら、いいよね?


「オウカちゃん……その、せめて私のいない所、で……」

「え? なんでですか?」

「その……なんか、えっちだから……」

「……は? 猫撫でてるだけですよ? ねぇ、ネーヴェ」

「にゃふ!? にゃぁんっ!」


 ほら、嬉しそうだし。


「ええと……とりあえず、契約は完了だ、ね。おめでとう」

「ありがとうございます」


 もふもふ。もふもふ。もふもふ。


「ああぁぁぁ……ダメ、ダメになるぅ……」

「よしよし。ほぉら、ダメになっちゃおうねぇ」


 もふもふ。うわ、楽しい。感想が聞けるっていいなー。



 およそ三十分程。モフり倒して、ようやく満足した。

 ネーヴェは膝の上で完全にダウンしている。

 カエデさんは顔を真っ赤にして、両手で顔を抑えている。

 でも、そんなに指開いてたら意味ないと思うけど。


「……カエデさんもどうですか?」

「ふぇっ!? いや、私は、その……」


 ん? ああ、あんまし撫でたこと無いのかな。

 ネーヴェなら触らせてくれると思うけど。


「大丈夫ですよ。誰にでも初めてはありますし。それにほら、今なら誰もいませんから」

「ええと…………その、じゃあ、ちょっとだけな、ら」


 顔を真っ赤にして、ぎゅっと目をつむって。

 そっと身を乗り出してきた。


 ……ん? 何だ?


「あれ、撫でないんですか?」

「え……? あ、そういう……うぁ、そっか、そうだよ、ね!」


 あ、顔が更に赤くなった。何だろ。なんだと思ったのかな。


「えぇと、撫でるのは、やめておこうか、な」


 ありゃ? 遠慮しなくてもいいのに。


「そですか……じゃあネーヴェ。改めてよろしくね」

「……はぁ、はぁ……ああ、よろしく頼む。それと、マスターよ」

「ん?」

「……その。また今度、撫でて欲しい」

「よし。じゃあ続きと行こうか」


 指をわきわきさせる。


「いや、ダメだ、今はまだ敏感になってて……にゃぁんっ!」



 モフりタイム、十分延長。



「じゃあ、そろそろ行きますね。ありがとうございましたー」

「あ、うん……その、ほとほどに、ね?」

「ネーヴェが嫌がったらやめます」


 嫌がる子をモフるのは主義に反するからね。


「いや、あれほどダメだと言ったのだが?」

「でも嬉しそうだったし。体は正直だよね、ほれほれ」

「にゃふぅ……はっ!? だからやめんかっ!」


 猫パンチされた。


「ちぇっ……んじゃ、行こっか」

「……契約、早まったやもしれぬ」


 無事、使い魔ゲット。

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