第175話


 時間的にまだ余裕があったので、王都に戻ってそのまま王城に顔を出してみた。

 もちろん、使い魔の件だ。


「こにちあー。カエデさんいますかー?」

「え、オウカさん!? うわぁ、びっくりしました……でも、お久しぶりです!」


 いつもの調子でお城の中に入ってみると、見覚えのある子に元気よく挨拶された。

 えーと。シルファちゃんだっけか。カノンさんとこで働いてる子だ。


「ありゃ、久しぶり。元気してた?」

「毎日慌ただしいですけど、元気です」

「あー。そうだろねー。なんか噂には聞いてたけど、仕事頑張ってんだって?」

「はい。まだまだ覚えることが多いですけれど、頑張ってます」


 うむ。素直な子だなー。

 めっちゃ頑張ってるみたいだし、さすがフローラちゃんの一推しだわ。


「あ、そんでさ。カエデさん居るかな?」

「カエデさんなら、先程食堂で見かけましたよ」

「おー。あんがと。行ってみるね」

「あ! すみません、ちょっとだけお時間いいですか?」

「んに? どした?」


 焦った様子で呼び止められた。

 なんかあったのかな。


「いえ、いつかお礼を言いたいと思っていたので」

「……お礼? 何の?」

「オウカ食堂で雇っていただいた事、カノンさんと出会わせてくれた事……数えだしたらキリがないです」


 一生懸命な様子でそう教えてくれた。

 んー。その話かー。でもそれってさー。


「まー、気持ちは受け取っておくけどさ。

 シルファちゃんは、自分がどんなことしてるかちゃんと分かってる?」

「……いま、ですか?」


 きょとんとした顔で聞き返された。

 あ、やっぱり分かってないなー。


「うん。王国で一番忙しいカノンさんのお手伝いして、そんで王国をよくする為に働いてんだよね?」

「それは……はい。そうかもしれません」

「てことはだ。ユークリアの国民である私は、十分お礼はもらってるって事だよ。おけ?」


 国が良くなるってことは、皆が幸せになりるってこと。

 それはつまり、私も幸せになるって事だ。

 お礼と言うなら、それで十分だと思う。


「そうかもしれませんけど、でも……」

「んー。足りないと思うなら、その分は他の人に回してあげて」

「他の人、ですか?」

「そそ。誰か困ってる人が居たら、できる範囲でその人を助けてあげて。

 そうやって世界は回ってるんだよ」


 いつもの持論。綺麗事、上等。

 それで少しでも楽しい世界になるなら、それを貫いてやろう。

 私は大好きな人達のために、そうやって生きていくのだ。


「なるほど、分かりました。いつかボクも、誰かを救える人間になります」

「うんうん……うん?」


 ……ボク?


「あの、ごめん。もしかしてさ」

「はい?」

「シルファちゃんって、男の子?」

「え、はい。そうですよ?」


 おう、まじか。どう見ても女の子にしか見えないんだけど。

 線も細いし、髪の毛サラッサラだし、可愛いし。

 でもそっかー……男の子だったのか。悪いことしたな。


「えっと。なんか、ごめん」

「大丈夫です。慣れてますから」


 柔らかく微笑むその姿は、正に絶世の美少女だった。

 ……男の子かー。まじかー。

 どう見ても私より可愛いのになー。


「あ、でも、皆さん結構間違えますし。カノンさんも一緒にお風呂誘われた時に初めて知ったみたいでしたから」

「ちょっとその話、詳しく」


 カノンさんとお風呂だと? 聞き捨てならん。


「一緒に入ったの? カノンさんと? 背中の流し合いとかしたの?」

「え? いや、さすがに断りましたよ?」

「なんて勿体ないことを……男の子でも年齢的にまだセーフなのに!」

「何が勿体ないんでしょうね?」

「だってあの美女のカノンさんだよ!? 一緒にお風呂なんで逃す手がある訳ないじゃん!」

「へぇ……そうですか」

「そうです……よ?」



 待て。私いま、誰と喋ってた?

 シルファちゃん、目の前で硬直してるし。

 なんかこの声、聞き覚えあるし。


 ゆっくりと振り返ると。

 呆れた顔のご本人様カノンさんの姿があった。

 ついでに、なんか恥ずかしそうにしているカエデさんの姿もある。


「オウカさん……変なこと吹き込むの止めてくださいね。その子に何かあったら割と本気で困るので」

「ええと、でも、だって! カノンさんとお風呂ですよ!?」

「何度も叫ばないでください。私が何だって言うんですか」


 なんか凄い呆れ返った目で見られた。

 そんなカノンさんも美人だけど、そこじゃなくて!


「だって! 見放題ですよ!?」

「ていっ!」

「あいたっ!?」


 紙の束で頭をぶん殴られた。


 ……はっ!? いかん、正気を失ってたわ。



「すみません、落ち着きました」

「……あまり恥ずかしいことを大声で叫ばないでください」

「ほんと、ごめんなさい」


 ジンジン痛む頭を深々と下げてみた。

 すると、ぽん、と優しく撫でてくれた。


「まったく……なんなら今度、御一緒しますか?」

「え、いいんですか?」

「はい。その場合、私もじっくりと観察させて貰いますけれど」

「うっ……なるほど、そう来ましたか」


 それはちょっと恥ずかしいかもしれない。

 カノンさん、意地が悪そうに笑ってるし。


「……くそう。ちょっと考えさせてください」

「そこで諦めない辺り、さすがですね」

「最近のオウカちゃん、ちょっとレンジュさんっぽいか、も」

「カエデさん!? なんて事言うんですか!?」


 まさかの一言が飛んできた。

 そんな馬鹿な。あのセクハラ大王に似てきただなんて……

 ……あ、いや。うん。身に覚えがあるかもしれない。


「…………自重します」

「それが良いかと思いますよ」

「そうだ、ね」

「うーみゅ。でもほら、好きな人と触れ合いたいってのは普通ですよね?」

「え。オウカちゃん、カノンさんのこと、好きな、の?」


 なんか、カエデさんが驚愕の事実を聞かされたような顔をしていた。

 え、何で?


「そりゃ好きですよ。美人だし、優しいし、美人だし、優雅だし、声も綺麗だし、美人だし」

「……あの。すみません、恥ずかしいのでやめてください」


 あ、カノンさん、片手で顔を隠してプルプル震えてる。

 照れてるなー。こういうところは可愛いよね。


「と言うかカエデさん、違いますよ。オウカさんは私に恋愛感情を持っている訳じゃありませんからね」

「……そうな、の?」

「え? はい、そうですね」


 普通の好きと恋愛の好きって、どう違うのか分かんないし。

 て言うか、なんか違いがあるんだろうか。


「そうなん、だ」

「ちなみにカエデさんも大好きですよ。可愛いし、綺麗だし、撫でたいし、暴走時のきらきらした目も可愛いし、普段の穏やかな雰囲気も可愛いし」

「待って……ちょっと、待って……」


 両手で顔を押さえて座り込んでしまった。

 えー。まだ言い足りないのに。


「よくもまあ、そんなにポンポンと出てきますね」

「ん? 何なら英雄全員言えますよ?」

「うわぁ。凄い、ね」

「そですかね?」


 好きな人の好きなところくらい、いくらでも言えると思うんだけど。


「なんと言うか、恐ろしい人ですね」

「同感か、な」

「なにゆえ……」


 解せぬ。当たり前の事じゃないのかな。


「あ、それよりほら。オウカさん、カエデさんを探していたのでは?」

「え。私を探してた、の?」

「あーはい。使い魔の件で」

「あ、うん。じゃあ客室でお話しよう、か」

「お願いしまーす。じゃあカノン、シルファちゃん、またね」

「はい。また後ほど」

「お話できて嬉しかったです。また、お会いしたいです」


 二人揃って手を振ってくれた。

 こうして見ると美人姉妹って感じだなー。

 あ、いや、姉弟なんだっけか。


 まー細かいことはいいや。とりあえず、カエデさんに着いていくか。



「……あの、カノンさん。オウカさんのあれ、天然なんでしょうか」

「天然なんでしょうね。一種の才能かと思います」

「……英雄って、凄いですね」

「いえ、あの人は特殊ですからね?」

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