第116話


 女神クラウディア様。

 この世界を創世し、今も尚世界を見守ってくれている。

 女神教の崇高対象にして、絶対的な存在。

 その姿は何者よりも美しく、その声はどんな美歌より心に響く。

 救国の英雄達を導き、神託で幾度となく彼らの窮地を救ったとされている。

 言わば、世界の頂点に立つ方だ。




 その荘厳な空気を身に纏う女神様にいま、謁見してるんだけど。

 なんだこの状況。



〈アレイから話を聞いて、一度お会いしたいと思っていました〉

「…そう、なんですか…光栄です」

〈私の加護を持たない十一番目の英雄。『夜桜幻想トリガーハッピー』のオウカ。

 幾つもの偉業を成し遂げたと聞きます。良ければ、お話を聞かせて頂けますか?〉

「ええと……はい。私で良ければ」

〈ありがとう。では、お茶でも飲みながらゆっくり聞かせてください。

 こちらへどうぞ〉



 うながされるままに椅子に座ろうとした時。




〈あっ……〉



 女神様は何も無いところでつまずき、顔から地面に激突した。




〈………いたい〉



「……。あの、大丈夫ですか?」

〈はい……アレイ以外の方を招くなんて久しぶりなので、少し緊張してしまいました。

 いま、紅茶を注いで……ああっ〉



 今度はティーポットに手を伸ばし、目測を誤ったのか、手が当たってテーブルから落としてしまった。



「ええと……」

〈またやってしまいました……すみません〉

「いえ、その……お怪我はありませんか?」

〈女神なので大丈夫です〉

「……。そうですか。良かったです」



 もう一度。今度はちょっと違う意味で。

 なんだこの状況。


 アレイさんがポンコツ呼ばわりしてた理由が、少し分かった気がする。

 この世のものとは思えないくらい美しい方なのに、なんかこう……残念美人と言うか、とても英雄に似ている感じがする。




「あの、女神様……」

〈私のことはクラウディアと呼んでください〉

「……クラウディア様、ええと」

〈敬称も不要です。なんだか距離を感じてしまうので〉

「……。了解です、クラウディアさん」

〈ちなみに私はポンコツではありません。少しドジなだけです〉

「……。そう、ですね」



 やっばい。どうしようこの空気。

 最初の威厳はどこに行ったのか。

 シリアス感が台無しである。

 大事な事なので二回言うけど、シリアス感が台無しである。



「……とりあえず、私の事をお話したらいいんですか?」

〈ここは退屈なので、私は娯楽に飢えています。面白い話があれば優先的にお願いします〉



 …………。まさか。私が呼ばれた理由って。



「あの。もしかして、暇だったから私を連れてきたとか、そんなことは……」

〈正解です。鋭い洞察力ですね。さすが、英雄です〉



 ふむ。なるほど。



「…………さて。帰るか」

〈あああ、待ってください。ちょっとだけお話しましょう。ね?

 ほら、クッキーもありますよ?〉



 なるほど。こういう方なのね。だいたい理解した。

 ド天然だわ、この方。



「……ええと。ではとりあえず、十五の誕生日の前日からお話します」

〈ああ、貴女があの指輪と出会った日ですね〉

「そうです。朝は普段通り洗濯してて……」



 ここ数ヶに起こった事を延々と話した。

 何か話す度に、喜び、悲しみ、ワクワクしたり、落ち込んだりと。

 口は挟まず、ひたすら百面相してた。

 ……女神様、感情豊かだなー。




「でまあ、今に至るという訳です」

〈凄いですね。アレイと変わらないくらい波乱万丈の日々なのね〉

「いや、アレイさんには負けると思います。私はただの町娘なんで」



 あの人、トラブルを招き寄せる体質っぽいしなー。

 癖の強い英雄達のリーダーだし。



〈その物言いもアレイそっくりですね。彼はいつも言っていますよ。英雄なんてがらじゃないって〉

「あー。言ってそうですねそれ」

〈それなのに、約束を守るためなら魔王をも倒してしまう。

 彼の在り方は、英雄そのものだと、私は思います〉

「確かに。なんか子どものお願いで龍の巣に行ったりしたらしいですね」

〈あの話はドキドキしましたね。強大な力を持つドラゴンの巣に、たった二人で薬草を採りに行くなんて……凄いです〉



 ……。んー?なんてーか、この表情、この感じ。

 少し興奮気味で、目をキラキラさせて、頬は少し赤らんでいて。

 これ、ちょっと見覚えがある。

 具体的には、アレイさんの話をするカノンさんと同じだ。



「もしかして、アレイさんの事、好きだったりします?」


〈なぁっ!! 何故それを!? ……きゃあっ!!〉



 立ち上がろうとして、テーブルにぶつかり、そのまますっ転んだ。

 お尻を抑えて半泣きになっている。



「あーいえ。なんとなくですが……当たりでしたか」

〈……誰にも言わないでくださいね〉

「言っても誰も信じませんって」



 ……いや、一般人ならともかく、英雄達なら、話が通じるかもなー。

 みんな女神様の人柄を知ってるっぽいし。



〈うう……いつもアプローチしてるのに、一向に気付いてくれないんですよね〉

「……あの人、鈍そうですからね、そっち関係は」

〈今まで会う度に口調や態度を変えたり、色んな属性を試しても全然ダメで……何か他に、良い方法は無いものでしょうか〉

「え。うーん……そうですねー」



 ……私、いま、女神様に恋愛相談されてるのか?

 どんな状況だよ、ほんと。



「遠回しにアプローチするより、直接想いを伝えた方が良いかと」

〈そんなこと、恥ずかしくて無理です……死んじゃいます〉

「んー。じゃあ、手紙とか。書いてくれたら渡しますよ」

〈手紙ですか……でも何を書けばいいのか……〉


 人差し指をつんつんしてらっしゃる。乙女か。

 あーいや……そう意味では乙女なのか、この人。


「んー。好意を持ってることとか、素直な気持ちを書けば良いと思います」

〈な、なるほど……少し恥ずかしいですけど、それなら……〉

「文面は自分で考えてくださいね。他人の言葉で書いても意味ないんで」

〈うう……頑張ります。まずは、ええと、挨拶から……〉




 どれほどの時間が経っただろうか。

 体感でおよそ三時間くらい。

 うなったり悩んだりしながら、女神様はやっと書き終わった。



 すっごいやり遂げた顔をしてるけど……

 これで終わりって訳じゃないと思うんだけどなー。

 お返事とか、あるだろうし。



 ……これ、だめだったら、また私が呼ばれるんじゃないだろうか。

 うーん。まあ、その時はその時か。

 この親しみやすい女神様を慰めに来るとしよう。



「んじゃ、確かに預かりました」

〈よろしくお願いします!!〉

「……てかこれ、戻ったら絶対睡眠不足だなー」

〈え? 大丈夫ですよ?〉

「はい?」



〈先程、世界の時間を巻き戻しました。

 アースフィア向こうの世界ではオウカがこちらに来て一秒しか経過していません〉



 にこやかに笑って、ぶっ飛んだ事を言ってきた。



「……なるほど。今初めて、貴女を女神様だと認識しました」

〈え!? 今まで何て思ってたんですか!?〉

「……それは言えません」



 教会関係者にバレたら不敬罪で死刑になっちゃう。


 キョウスケさんの加護、『時を殺す癒し手デウスエクスマキナ

 限定的に対象の時間を巻き戻す加護。

 その加護を与えた方だ。世界の時間を巻き戻すくらい、簡単に出来るのだろう。


 さっきは英雄に似てるなんて思ったけど、前言撤回。

 英雄よりもチート滅茶苦茶なお方だ。



「とにかく、ありがとうございます。明日にでも手紙渡してきますね」

〈はい。またお呼びしても良いですか?〉

「あー。出来れば事前に教えてください。心臓に悪いんで」

〈では、その時は先にお知らせしますね〉

「りょーかいです。ではでは」

〈本当に、ありがとうございました〉



 再度、世界が白く光輝いていく。

 ちょっと名残惜しい気もするけど……まーどうせ、また呼ばれるだろうからいっか。



 気がつくと私は、自室のベッドに寝転んでいた。


 夢か。夢かな。夢であれ。

 そう願いながら、ふと胸元を見ると。

 先程渡された便箋びんせんが、確かな存在感を持ってそこにあった。


 ……うん。なんてーか、こう。

 アレイさん女神に会った人達の対応の理由が、分かった気がした。

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