第115話


 首から小さな看板をぶら下げている。


『私は二度とお酒を飲みません』


 ギルドの受付の上で、正座なう。




 どうやら私は酒癖が悪いらしい。

 周りのみんなが口を揃えて言っていた。


 うーん。カノンさんと話してたところまでは覚えてるんだけど。

 そっから先、まったく覚えてないんだよなー。


 朝、気が付いたらレンジュさんと一緒に自室のベッドに居て、夜這いかと思って蹴り飛ばしちゃった。

 私を監視する役目で部屋に居たらしい。

 いや、悪いことしたわ……反省。


 まー、監視なら同じベッドに入る必要は無いんだし、謝りはしないけどね。




 午後になって釈放された私は、やることもないのでオウカ食堂に来ていた。

 いつもの様に変装用の帽子を被り、みんなに混じってジャガイモの皮を向いている。

 これ、何気に楽しいんだよね。

 包丁を立てて、ジャガイモの方を回すのが薄く剥くコツだ。


 シャリシャリ、シャリシャリ。

 下拵え分のジャガイモを全て剥き終えてしまったので、今度は別の班に移動。

 今度はニンジン。こちらも皮を剥いていく。

 皆は皮剥き器ピーラーを使ってるけど、私は包丁の方が慣れているので、そのままスルスルと剥いていく。


 やがて、ニンジンも無くなってしまった。

 皮剥きする野菜は全部終わったらしいので、今度は食材を切ってる班にお邪魔する。



 まずは野菜。

 大量のキャベツを鼻歌交じりに千切り。

 ニンジンは用途に訳で短冊切りとザク切りに分けていく。

 ジャガイモ。こちらもザク切り。

 千年茸。これは細切りに。

 他の子が下茹でしてくれていたタケノコは、細長く揃えていく。


 野菜はここまで。他の子達とハイタッチして、お肉コーナーへ移動。


 現在のメニューは焼肉弁当、唐揚げ弁当、酢豚弁当、チャーハン、特製スープの五品。

 それぞれのメニューに合わせて、薄切りにした牛肉はつけダレに。

 角切りにした牛肉は特性の調味液に漬けていく。

 オーク肉は一口大に切って別容器へ。

 鶏肉も切り分け、味付け済みの衣の入った大きなボウルに入れる。


 皮剥き班、野菜班の子も合流して作業していたので、通常の半分の時間で終わってしまった。

 少し物足りないので、今日はオウカ特製弁当を作ろうか。



 気分的に……今日は煮物と焼魚かな。

 昆布、小魚、竜魚のヒレで出汁を取り、醤油と味醂、最近出回ってきた日本酒というお酒を入れて根菜を煮込む。

 主にニンジン、レンコン、シイタケに羽大根。

 そこに、コカトリスの肉を入れ、旨味をさらに出していく。

 味見は他の子にしてもらうおう。

 私がお酒飲むとまた怒られるし……

 

 あと、焼魚。こちらも竜魚を使う。

 腹を開いてワタを取り出し、三枚におろしていく。

 下処理で日本酒をかけて臭みを抜く。

 後は直火でチリチリと焼いていくだけ。

 皮目から焼いていき、皮がパリッとなったら裏返し。

 身の部分に火が通ったら、大根おろしを添えて完成。



 和食、と言うらしい。

 ハルカさんがユークリア中に広めた、英雄の故郷の料理なんだとか。

 安いし簡単だし美味しいしで、主婦のみなさんにも大人気の調理法だ。

 個人的には、とても奥が深い料理なのではないかと思ってるけど。



 これを五十人前。完了して、みんなとハイタッチしようとしたら、何故かみんな離れて行ってしまう。

 何事かと振り返ると。

 腰に手を当てて怒り顔のフローラちゃんが居た。





 首から小さな看板をぶら下げている。


『私はこっそり料理しました』


 オウカ食堂のカウンターの上で、正座なう。


 お客さんにとても喜ばれた。複雑な気持ちだ。





 夕方。解放された私は、久しぶりに宿屋のおばちゃんとこに顔を出してみた。

 今日のメニューはクリームシチューらしい。

 とろっとろに煮込まれたシチューは相変わらず絶品で、二回もお代わりをしてしまった。

 相変わらずよく食べるねと、おばちゃんに大笑いされた。

 ……いいんだ。どうせ、太りも伸びも膨らみもしないから。


 顔見知りの冒険者のおっちゃん達が居たので挨拶してたら、またみんなから飴を貰ってしまった。

 私のアイテムボックスの中には、既に一年分の飴が収納されている。

 ……うん。まー、善意だし、頂いておこう。

 今度教会に帰った時、チビたちに渡すか。




 夜。自室に戻り、本屋で買っておいた懐かしい絵本を開いた。

『十英雄の物語』これは、アレイさん達のお話だ。

 史実にとても忠実なのに、子どもにも読みやすい内容になっている。

 それぞれの加護や特徴など、多岐に渡って描かれている。


 ただ二点だけ、ちょっと実際とは違う箇所がある。

 魔王を倒したのがツカサさんになっている事。

 そしてアレイさんの扱いだけ、とても地味に書かれている事。

 特にアレイさんに関しては、私が聞いた話とは大分異なっている。


 そもそも、あのドラゴンスレイヤーが何の活躍もしていない訳が無いし。

 実質的にリーダーだったアレイさんの事が、書かれていなさすぎる。



 んー。なんてーか、これ。

 わざと隠してるような、そんな気がするんだけど。

 この本の作者さん、もしかしたらアレイさん達の知り合いなのかな。

 ふむむ……今度この本持ってって直接聞いてみるか。




 そして、深夜。

 ベッドで眠っていたはずの私は、気がつけば、真っ白な世界に居た。



 何も無い。ただ、光に溢れた白いだけの空間。

 果ても見えないほど広く、何の音も無い。



「……なんだこれ。夢?」

「――解析不能:マップに反応もありません」

「は? なに、夢じゃないってこと?」

「――肯定:しかし、解析不能です」

「リングにもわかんない……か?」



 ふと、視線を巡らせると。

 先程まで無かった、テーブルと二脚の椅子。

 それにティーポットと、茶請けのクッキー。



 なんだ、これ。いつの間に現れた?




〈いらっしゃい。よく来ましたね、オウカ〉




 背後から甲高い声がした。

 反射的に拳銃を抜き放ちながら振り返る。



 そこには、全てが白で構成された女性の姿。

 白銀の髪、白い肌、白く輝く瞳。



 創成の女神、クラウディア様。

 その姿は、教会の女神像そっくりだった。



「……え?」



 どうやら私は。

 女神様に、召喚され呼ばれた、らしい。


 ……絶対アレイさんのせいだ、これ。




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