第114話


「何なの一体どういう事よオウカ!! ヴァンガードってアレイの事よね!? アナタはアレイと結婚したの!?」

「落ち着かんか馬鹿者が」 


 ごすん、と。ファシリカさんの頭に、グラッドさんのゲンコツが振り下ろされた。


「ったあぁぁぁっ!?」

「大人しくせんか。その思い込みの激しいところは変わらんな」


 ギルドでリーザさんのタルトを食べていたところ、エルフのファシリカさんに絡まれた。

 どうもこの人、アレイさんの知り合いらしい。


 ……でも結婚って、何の話だろ。


「グラッド!! 痛いじゃない!!」

「お前なぁ、よく見てみろ。ソイツがアレイと結婚すると思うのか?」

「……思わないわね」


 おいこら。今どこ見て判断しやがった。

 目線が頭だったんだが。ケンカ売ってんなら買うぞ。


「はーいオウカちゃん新作タルト第二弾よー」



 ずぼっ


     もっきゅ もっきゅ



 この口に広がるまろやかな風味と甘酸っぱさ……リンゴとカスタードだこれ。うまうま。



「間に合ったか。すまないな、リーザ」

「大分慣れてきましたので」

「……て言うかお前な、昔から言ってるが、もう少し言葉に気を付けろ」

「……うん。今のは私が悪かったわ。で、じゃあオウカはアレイの何なの?」

「あー……なんと言えば良いのか俺にも分からん。おいオウカ、説明してやれ」


 もっきゅもっきゅ……説明? 何の?

 ああ、アレイさんとの関係だっけ。

 ……私とアレイさんの関係って、なんだろ。


「……うーん。ちょっと待っててくださいね。今聞いてみます」


 アイテムボックスから渡されていた通信機を取り出し、「しゃべるボタン」と書かれた所を押し込む。


「あー、えっと、アレイさん。これで聞こえてますかね?」

『どうした!! もう敵襲か!?』

「あ、ごめんなさい、違います」

『驚かせないでくれ……で、どうしたんだ?』

「いえ、今ギルドなんですけど、実は」

「アレイ!? その声はアレイよね!! なんでアナタ箱の中に閉じ込められてるの!?」


 私の手から通信機を引ったくって叫ぶファシリカさん。

 箱の中かー。その発想は無かったなー。


「とゆー訳なんですけど。こっち来れます?」

『……理解した。俺の知り合いが迷惑かけてすまん。すぐそちらに向かう』



 およそ十分後。


 頭をガシガシ掻きながら、アレイさんが冒険者ギルドにやって来た。

 尚、リンゴとカスタードのタルトは私が全て美味しく頂いた後である。


「アレイ!? そんな、さっきの箱の中に居たのはアレイじゃなかったの!?」

「おうファシリカ。相変わらずぶっ飛んでるな……ファムはどうした?」

「兄さんは森に居るけど……それよりアレイ、どうやって箱から出てきたの!?」

「箱……通信機か。これは声だけを届ける魔法だ。俺の声を届けていただけで、箱の中には入っていない」


 すげぇ。何言ってるのか分かるんだ。

 横から聞いててもさっぱりなんだけど。


「じゃあアレイはオウカとどんな関係なの!?」

「は? オウカちゃんと?」

「だって、ヴァンガードってアナタの事でしょ!? 何でオウカがヴァンガードなの!?」

「……おし。だいぶ理解した。説明してやるから座れ。

 オウカちゃんもそれでいいか?」


 いやもう、こっちに話振らないでください。

 何かその人苦手なんですって。話通じないし。


「面倒臭いのでお任せします。それよりカノンさんは居ないんですか?」

「ああ、たぶん後から来るんじゃないか? まだ仕事が残ってるとか言ってたが」


 ふむ。んじゃ待ってよっかなー。


「リーザさん、キッチン借りますね」

「あら、何か作ってくれるの?」

「どーせ宴会になりますし、簡単な食事とおツマミでも。食べたい人、手ーあげろー!」


 その場にいる全員が挙手。

 レイモンドさん、ミアザさん、ファシリカさんまで手を挙げている。

 ほう。アンタらもか。

 てかミアザさん、すっげえ期待した目で見てるし。


「あいよー。三十人前、入りまーす」

「俺も手伝うか?」

「いえ、ファシリカさんの相手しててください。どうせすぐ出来ますし」

「お、おう……そうか。わかったが……三十人前をすぐに、か」



 てな訳で。今日はちょい疲れたので、手軽に作れるものにしようか。

 ベーコンのブロックと鉄砲豆を炒め鍋に入れて、調味料を回し入れてがっしょがっしょ。

 葉野菜や龍髭草、鶏肉や根野菜を大鍋に入れてぐつぐつ。

 ついでに作り置きしてた分まで大放出。

 

 あ、ついでに枝豆を塩ゆでするか。

 そういや豆腐もあったな。揚げておけばおツマミになるな。

 んん? これ、茄子がそろそろやばくないか?

 小麦粉まぶして一緒に揚げちゃうか。

 てことは醤油ベースの甘辛だれがいるから……

 こっちは蜂蜜とマスタードで……よし。



 気がつけば合計二十品を六十人前分。手軽とはなんだったのか。

 ……まー楽しかったし、いっか。



「おーい。手が空いてる人、運んでってー」


 声を掛けると、みんなわらわらとやって来た。

 それぞれに皿や器や食器などを渡していき、準備完了。


 みんな、いつの間にか持ち込まれてたお酒を好き勝手に注いで、すぐに宴会が始まった。




 私は隅っこの方に座り、リンゴのジュースをちまちまと飲んでいる。

 視線は、三人の冒険者に。


 こうやって見ていると、多分悪い人たちでは無いと思う。

 ただちょっと変わってるというか……誤解されやすいだろうなー。


 特にレイモンドさん。ちょっと高圧的な言い方だし。

 ミアザさんは目をキラキラさせながらご飯食べてて、害は無さそうに見える。

 ファシリカさんはずっとアレイさんに絡みっぱなしだ。

 なんだか、見てる分は面白い。

 あ、またグラッドさんのゲンコツが炸裂した。



 ぼんやりその光景を眺めながら、ジュースのお代わりを注ぐ。

 ……なんだかちょっと変わった味だな、これ。

 美味しいけど……どっかの特産品かなにかだろーか。


「こんばんは、オウカさん。お隣、宜しいですか?」


 不意に声をかけられた。お、カノンさんだ。

 今日も美人だなー。眼福眼福。


「あ、どもです。いつ来たんですか?」

「つい先程です」

「そですかー」


 ぐびり。ぐびり。

 んー……なんか、暑いな。

 まーこんだけ人がいりゃ暑くもなるか。

 上着、脱ご。


「それはそうと……オウカさん、昨日は無理をさせてしまって申し訳ありませんでした」

「……は? えーと、なんの話です?」

「疲れているところを呼び止めてしまいましたので、そのお詫びに」

「え、いや、あれは私が悪いんで。気にしないでください」


 ぐびり。ぐびり。


「そう言って頂けるとありがたいです……あら?」

「どーしました?」


 ぐびり。ぐびり。


「いえ、オウカさんがお酒を飲まれているの、初めて見ましたので」

「……んや? ジュースですよ?」


 ぐびり。ぐびり。ぐびり。


「あ、なくなった」

「これ、シードルリンゴ酒ですよ?」

「……え。マジですか」

「ええ……大丈夫ですか?」

「ん。まー問題ない、かと?」


 なんか、ちょっと、フワフワするけど。

 あはは。んー、あれだね。楽しいね。


「あの。本当に大丈夫ですか?」

「んー? んー。カノンさんは今日も美人ですねー」

「は? いえ、その……ありがとうございます?」

「てゆか英雄ってみんな美形ですよねー」

「そ、そうですか?」


 英雄って顔良くないとなれないのかな。

 んじゃやっぱ、私はダメじゃん。


「やー。観賞用としてお持ち帰りしたいですねー」

「お持ち帰り……あの、やっぱり酔ってませんか?」

「私がですか? ふふ。おかしな事言いますね」


 顔を近付ける。

 ふむ……こうやってじっくり見てみると。

 やっぱり、綺麗な顔立ちだなー。

 にひ。照れてる姿も、いいね。



「ねぇカノンさん。もうちょっと、こっち来ませんか?」


「え?いや、その……」


「可愛いですね……そのまま。動かないで…」


「や……オウカ、さん……?」



 腰をずらして距離を詰める。

 残り、十センチ。



「大丈夫ですよ。私に任せて」


「いや、ちょ……」



 カノンさんの両手を抑える。

 残り、五センチ。



「オウカさ……っ!?」




「………。あぶねぇ、間に合ったか」


 ……。アレイさんに、手を差し込まれた。

 手にちゅーしちゃったじゃん。


「なに? なんで、邪魔するの?」

「まあ落ち着け。今のオウカちゃん、酔っ払ってるぞ」

「は? いやいや、そんな訳ないじゃないですか」

「度の高いシードルを二杯だ。小柄なオウカちゃんなら酔いが回るのも早い。いいからちょっと酔いを覚ませ」



 ……へー。ふーん。そっかー。小柄かー。小柄ねー。



 よし。そのケンカ、買ってやろう。



「……リング?」

「――非推奨:適切な対応ではありません」

「いいから……やれ」

「――……。Sakura-Drive Ready.」


「ひっく……Ignition!!」



「まじかこのバカ……!? くそっ!! 起きろ!! 『神造鉄杭アガートラーム』!!」




「だ、れ、が、チビだぁぁぁ!!」




 発砲。手甲に弾かれる。

 ざわめき出す室内。

 必死な形相のアレイさん。

 宙を舞う私。



「さあっ!! いつかの続きと行こうかぁっ!!」


「誰かレンジュとツカサを読んでこい!! 洒落にならんぞこれ!!」

「ふへ。ふ……あはははは!! いいねいいねぇ!! 楽しいねぇ!!」

「なんつー厄介な……カノン、障壁で捕まえろ!!」

「無理です!! 動きが不規則過ぎます!!」


「私を止められると思うなっ!! あはははは!!」




 その騒動は。

 急行したレンジュさんとツカサさんによって私が鎮圧されるまで続いたらしい。

 途中から全く覚えてないんだけど……うん。ごめんなさい。

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