第113話


 ちょうど良いことにリーザさんが席を外していたので、他の職員さんに許可を貰って裏手の広場にやってきた。

 普段は訓練所として使用されている場所だけど、今はみんな休憩中のようだ。

 こちらを見て何事かと話し合っている。


 うん。私みたいな奴の後ろに冒険者三人って、見た目的にヤバいよね。

 知ってたよ。知ってたけど、そこ、ヒソヒソ話しない。


「んじゃまあ、この辺りで。先に言っておきますけど、対人戦経験はあまりないので、期待しないでくださいね」


 革の手袋を着け直しながら、最終確認を行う。


「構わない。宜しく頼む」

「……ちなみに、後ろのお二人はどうします?」


 ふむ。三人相手だと流石にめんどくさいんだけど。


「私はその、遠慮しておきます……」

「そもそも私はアナタが目的じゃないから、どっちでも良いわ」

「おけです。じゃあ、レイモンドさんだけですね」


 少し距離をとる。

 盾と小剣を構えたレイモンドさんは、ドッシリと腰を落としてこちらを見ていた。

 ……あまり気が進まないけど、やるかー。


 ちょっとね。ほんとにちょっとだけ。

 この人に、ムカついてるし。


 私の知り合いを。そして、英雄を。

 侮辱されたような、そんな気がして。



「リング」

「――Sakura-Drive Ready.」

「Ignition」



 桜色の炎に身を包む中、カチリと、何かが切り替わる音がした。


 彼が、周りに守られる町娘の私ではなく。

 語られる英雄としての私を求めるのであれば。


 いつかのように。いつものように。

 やってやる。



「リング。全力で行く」

「――Sakura-Drive:Limiter release. Ready.」


「Exist!!」



 桜色が燃え上がり、世界に紅蓮を撒き散らす。


 構えを取る。腰を落とし、左手を前に、右手は逆手に顔の横に。



 心のギアを上げろ。最初から、最大戦速だ。


 体内を巡る魔力を拳銃とデバイスに廻す。

 高鳴る鼓動。どくんどくん、血と共に魔力が流れる。


 もう止まれない。止まる気もない。




「改めて名乗らせてもらおう。私は『大盾』のレイモンド。砂漠の都エッセルで最優と呼ばれる冒険者だ」


「『夜桜幻想トリガーハッピー』、オウカです。まあ、二つ名は撤回したいところですけど」


「さあ、キミの力を見せて欲しい!」



 私の、力ね。

 遠路遥々やって来た相手だ。少しくらい、持て成しても良いだろう。

 見たいと言うのならば。


 幾らでも見せてやる。




「全力で踊ってあげる。見逃さないように、気をつけてね?」




 腰のデバイスを機動。爆発推進。


 馬鹿げた魔力を排出し、ゼロからトップスピードへ。


 視界が暗くなる。これにももう、慣れてきた。



「なっ……!?」



 驚く彼を後目に、回転。盾の中心を蹴りつける。

 盾の先端を地面に擦りながら退くのを後目に、地面と平行に回転。

 ブースター加速。盾の上辺を蹴り、浮かせた所に銃底を叩き込む。

 巨大な盾が、浮いた。その隙に懐に潜り込み、踵で顎を蹴り上げる。

 ヒット。離れる大盾。それを直上に殴り飛ばし、追うように跳躍。



「ヴァンガード!!」

「――SoulShift_Model:Vanguard. Ready?」

「Trigger!!」




 宙を舞う盾を追い越し、旋回。


 両手の拳銃を逆手に持ち、ブースター点火。


 真下へ、最大加速。




 有り得ない速度で迫る大盾。


 真上から、その中心目掛けて。





 これが私の最大速度。


 最速の英雄には程遠く、最強の英雄にも届かない。


 中途半端でチグハグで。


 それでも良いと言った貰えた、私の渾身の一撃。





「――Sakra_Drサクラドライブive Limit conv全魔力verge収束nce.

 ――Codeコード: Inferno whowling... Ready Over特攻準備完了.」




 私を止めたいと思うのであれば。


 魔法銀製の盾程度では生温い。


 この想いを阻むのであれば。


 私は私の全力を持って。





「 撃 ち 貫 く の み !! 」





 視界を塗り潰す程に迸る紅蓮を、大盾の中心に撃ち込んだ。

 




 意図も容易く大盾は砕け散り。

 その先に愕然としている顔が見え。


 そのまま通り過ぎ、地面に激突。


 人がすっぽり入れるほどの大穴が空いた。




 霧散して行く紅色の魔力光の中、私は地に銃底を着けたまま、動きを止め睨み付ける。




 いや、ただ単に地面殴った反動で全身痺れてるだけなんだけどさ。



「…………あっぶねー」



 まさかあんなに脆いとは思わなかった。

 リリアさんの盾くらいを想定してたんだけど……ほとんど何の抵抗もなくて逆に焦ったわ。

 なんとか狙いを反らせて良かった。



 痺れる手をぶらぶらしながら立ち上がると。

 尻もちついて呆けた顔をしているレイモンドさんの顔があった。


 あ、大丈夫だ。ちゃんと怪我ひとつ無いわ。

 さすが私。いや、かなりビビったけど。


「あー……まだやります?」


 手を開いたり閉じたりしながら、一応聞いてみる。

 よし。痺れも取れてきたな。


「いや、降参だ。勘弁して欲しい」


 レイモンドさんは、苦笑いしながら両手を上げた。


 ……まー、スッキリしたし、いっか。

 魔力もほとんど無くなっちゃったし。




 ギルドの中に入ると、案の定リーザさんが仁王立ちしていた。


「オーウーカーちゃーん?」

「ひぃっ!? ご、ごめん、なさい……?」


 とっさに両手で頭を隠してかがみ込む。

 うん。さっき言われたばかりだもんね。

 これは言い逃れ出来ないわ。


「もう……無茶しないでって言ったそばからコレですか」

「……あれ? 怒ってない?」

「怒ってます。罰として、穴を埋めておく事。良い?」

「えー。あの大穴を?」

「自分で掘った穴でしょう?」

「……はーい。わかりました」


 勝ち目が無さそうなので、リーザさんから渡された大きなシャベルをずりずりと引きずり、裏の広場に向かった。




 ざっくざっく。土を掘って、穴に放り投げていく。

 うわ、地味にしんどいなコレ。

 つーかこのシャベル、私と大きさ変わんないんだけど。

 誰が使ってんのよ、こんなデカいの。


「おう、まだやってんのかお前」

「あ、グラッドさん。ども」


 あ。この人のシャベルか。どうりでデカい訳だわ。


「ほら、貸せ。変わってやる」

「え、いいんですか?」

「俺がやれば五分で終わるからな」


 化け物かこの人。

 私、もう三十分くらいやってんのに、まだ半分も終わってないんだけど。


「あー。じゃあ、お願いします」

「おう。礼代わりに取っておけ」

「……は? 何のお礼ですか?」

「お前が決闘した理由は馬鹿どもから聞いた。その、なんだ。すまなかったな」

「うわ、バレてるし……」

「むしろ何でバレないと思ったんだ、お前」


 どこか呆れた口調で頭を撫でられた。

 なんかムカついたのでスネを狙って蹴ってやったら、こっちの足の方が痛かった。

 いたた……くっそー。固すぎないかこの人。


「ほれ、ギルドに戻れ。リーザが新作のタルト持ってきてるぞ」

「マジですか。んじゃお先に」

「お前……いや構わん。行ってこい」

「んじゃ、ありがとうございます」


 駆け足でギルド内に戻った。

 新作のタルトが私を待っている。どんな味だろうか。



「……英雄、か。ああして見ると、確かにただの町娘なんだがな」


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