第107話


 レンジュさんは広間から出たテラスで、一人お酒を飲んでいた。

 イメージ通りの黄色のドレス。肩が出てるのが少し大人びている。

 でも、一見いつも通りの笑顔に見えるけど……なんだかしんみりしてる気がする。

 こんだけ人いるのに一人で飲んでるのも、ちょっと意外だ。


 んー。なんか、出鼻をくじかれたというか。ちょい声を掛けにくいなー。



「……あれ、オウカちゃんだっ!! どしたのっ!?」


 騎士団長サマはこちらの姿を見ると、すぐさまいつもの調子に戻ってしまった。 

 ……ふむ。


「レンジュさんこそ。一人ですか?」

「ちょっと月を見に来てみたっ!!」

「月ですか?」


 確かに、満月では無いけど、今日は月が大きく見える。

 朝方は曇り気味だったけど、晴れてよかったなー。


「ほんと、『月が綺麗ですね』」

「おっと!? ここは『貴方と見るからでしょうか』って返した方が良いのかなっ!?」

「……は?」

「うんにゃっ!! なんでもないよっ!!」


 全力で顔を横に振る。

 あーもー、せっかくセットしてんのに髪崩れちゃうじゃん。


「はあ……ところで、またお酒ばかり飲んでませんか?」

「うぐっ……や、料理もあらかた食べたから大丈夫だよっ!!」

「今日のは自信作なんだけどなー。悲しいなー」 

「……あとでちゃんと食べますっ!!」

「よろしい」


 アイテムボックスから幾つか、おつまみにもなる料理と小さめなテーブルを取り出す。

 ついでに温かいココアも。


「おやっ!? これはまさか、わざわざ作ってくれたのかなっ!?」

「作り置きの分ですけどね。どーせお酒ばっかり飲んでると思ったので」

「そういう優しいところがオウカちゃんの魅力だよねっ!!」

「はいはい。いいから食べてください。お酒だけだと体に悪いですよ?」

「んじゃ!! いただきまーすっ!!」


 ローストビーフに手を伸ばし、何枚か一緒に口に放り込む。


「おっ!? これソースが濃いめの辛口でお酒に合うねっ!!」

「まあ、それ用に作ったんで」

「うまうま!! いやー、幸せだねっ!!」


 お酒のコップを傾けながら料理を食べる姿を見ると、しょうがないなーと思ってしまう。


 広間の喧騒が少し遠くに聞こえてきて、何だか心地良い。

 少し冷たい風が吹き抜ける。火照った体にちょうどいい感じだ。


「んで。何かありましたか?」

「んっ!? なんの事かなっ!?」

「話くらい聞きますよ?」

「……んー。まあアレだねっ!! 少し思い出に浸ってただけなのさっ!!」


 思い出。思い出かー。ふむ。


「そう言えば、昔はクールな人だったらしいですね?」

「うわっ!! 誰から聞いたのかなっ!?」

「ハヤトさんに聞きました。抜き身の刀みたいだったって」

「よっし明日訓練つけてやろうっ!!」

「……まあ、ほどほどにしてくださいね」


 思い出って、こっちに来て旅をしていた時なのか。

 それとも、異世界で暮らしていた時の話なのか。


 話したくないみたいだし、そこは聞かずにいよう。

 ただ何となく。一人で居るのは、寂しいかなって思う。

 部外者の私の方が気楽だって時もあるだろうし。


「……ってか、食べるの早すぎませんか? もう半分無くなってるんですが」

「いやぁっ!! 絶品だからねっ!! お酒も進むよっ!!」

「そっちは程々にしてくださいね?」

「了解っ!!」


 ピシッと敬礼し、すぐさまエールの入ったジョッキを傾ける。

 ほんとわかってんのかなー。


「ぷはぁ……たまにはこうしてオウカちゃんをでながら飲むのも、いいもんだねっ!!」

「はあ。そういうもんですか」

「普段はアレイとか騎士団員としか飲まないからねっ!! カノンちゃんは色々忙しいしっ!!」

「あー。まあ、そうでしょうねー」


 この人、好き勝手やってるように見えて、周りをちゃんと見てるもんね。

 そして仲間の為なら汚れ役でも何でも自分から引き受ける。


 最強の剣士。騎士団長。英雄。

 明るく振る舞うのも、自由奔放に見せるのも。

 たぶん、何か理由があっての事、なんだろう。

 誰よりも冷静で、不器用で、優しい人。


 だからこそ、嫌いになれないんだよねー。

 ……セクハラはいただけないけど。


「レンジュさん」

「んっ!? 何かなっ!?」


 いつもの笑顔。その裏には何を秘めているんだろうか。

 それは分からないけれど。でも、この人には助けられてばかりだ。


「いつもありがとうございます」

「よく分からないけどっ!! どういたしましてっ!!」

「料理、冷める前に食べちゃってくださいね」

「そだねっ!! 勿体ないからねっ!!」


 はぐはぐと食べ、やっぱりお酒は忘れずに。

 ……てか、お酒強いな、この人。

 私も燻製にしたチーズを一口。ん。上出来だ。


「うんっ!! 美味しいねっ!!」

「『貴方と食べるからでしょうか』」

「……おっと!?」

「うひひ。何でもないですよ」


 確か、レンジュさんの故郷の言葉。

 愛してる、を『月が綺麗ですね』と訳した作家さんがいて、

 私もです、を別の作家さんが『貴方と見るからでしょうか』と訳したらしい。


「おおっ!? オウカちゃんがデレたっ!?」

「たまにはそんな日もあります」


 ココアの入った木のコップを置き、レンジュさんをそっと抱きしめる。

 私と変わらないくらい小さな体。細くて柔らかい、女の人。


「あまり、無理しないでくださいね? 何かあったら、私泣きますからね」

「……ん。大丈夫だよ。アタシは最強の英雄だから」


 穏やかな声。こちらを諭すような、優しい声色。

 ああ、この人は、こういう人だよね。

 誰よりも強くて、優しい人だ。


「……でも、心は別問題でしょ?」

「あはは……まいっちゃうにゃー!!」

「また、遊びに来てください。嫌々ながら相手してあげます」

「そこは嫌々なんだねっ!?」

「まーレンジュさんは乙女の敵なので」

「確かに否定できないかなっ!!」


 つい苦笑してしまう。

 いつもこの調子だ。シリアスな空気が台無しである。

 でも、レンジュさんっぽくて、何処か安心する。


「さてと。私はもう行きますけど、飲みすぎないでくださいね。

 あとご飯はしっかり食べること」

「りょーかいです隊長っ!!」

「誰が隊長ですか」


 いつものようなやり取り。

 でも、普段とは違う優しげな笑みを浮かべて。


「オウカちゃん、色々ありがとうねっ!!」

「どう致しまして。ではまた」

「まったねー!!」


 小さな体で大きく手を振ってくる、最強の英雄。

 私も小さく手を振り返して、広間に戻った。



 大きな喧騒の中、思う。

 ああ、やっぱりあの人は、強い人だな。

 戦闘力ではなく、その在り方が。


 英雄って、みんな変わり者だけど。

 みんないい人だなと再確認できた、そんな夜だった。


 あ、お土産用にこっそり食材持ち帰ろっと。

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