第98話


「……頼むから加減はしてくれよ?」

「全力で行きます。リング」

「――Sakura-Drive Ready.」


「Ignition」



 薄紅色の魔力光が立ち昇る中、ぐらりと前に倒れ込む。

 地面に着く寸前で踏み込み、体勢を低くして駆ける。


 走りながら牽制の射撃。肩と腰を狙って発砲。

 肩に向かった弾丸は身を捻って躱し、もう一発は『神造鉄杭アガートラーム』で防がれた。


 ……この人達、当たり前みたいに射線を読むな。

 どんな目してんだろ。


 生まれた僅かな隙に距離を詰め、銃底を振るい腹を打つ。

 その打撃は意図も簡単に受け止められ、追撃の蹴りは避けられた。

 勢いを殺さずそのまま回転、逆側の銃底で打ち付ける、と見せかけて近距離での射撃。


 銃口を下から叩かれ、射線を逸らされた。

 目線の先には引き絞られた右腕、そこに装着された鉄杭が光を反射して銀色に光る。

 慌てて地に伏せると、鉄塊が恐ろしい勢いで頭上を通りすぎた。


 目の前にある脚を撃ち、読まれていたかのように跳ねて躱される。

 回転、後ろ回し蹴り。『神造鉄杭アガートラーム』で防がれ、その反動で後ろに跳んで距離を離した。


 分かっては居たけど、やっぱり強い。

 こちらの攻撃が当たるイメージが全く沸かない。


「……おい、今当てる気で撃ったろ」

「ええまあ。避けられちゃいましたけど」

「下手したら大怪我するだろうが。加減しろ」

「大丈夫です。非殺傷モードなんで、痛いだけです」


 それに、どうせ当たらないし。

 ほんと、何なんだろうね、英雄って人達は。

 音より早く飛んでくる魔弾を受けたり避けたり斬り落としたり。

 ちょっと意味が分からない。


 と言うか、意地でも当てたくなるよね。



「……おい、何だその顔。マジで加減してくれよ?」

「……リング。アヴァロン」

「――SoulShift_Model:Avalon. Ready?」

「Trigger!!」

「マジかお前!?」


 障壁を左右に展開。

 腰の球形デバイスを両拳銃に接続。

 魔力を廻す。出し惜しみは無しだ。

 私に『神造鉄杭アガートラーム』の一撃を止める手段は無い。

 ならば、攻め続けるのみ。


「おぅるぁぁあああ!!」


 魔弾の乱れ撃ち。

 正面の魔弾、左右の跳弾。角度を変え、他方向から攻める。

 敢えて同時に撃たず、拳銃とデバイスで射出タイミングをずらして連射。

 あらゆる方向から連続で向かう魔弾を、しかしアレイさんは怯むこと無く、その全てを裁き、受け、躱す。

 いくら自分で否定してても相手は英雄だ。

 前に同じ事を経験してるから、こうなる事は予想済。


 障壁を離し、跳弾が届くまでの時間を僅かに延ばす。

 生まれた間隙。その一瞬で拳銃をブースターに切り替える。

 排出された魔力によって空に投げ出され、アレイさんの頭上を越える。


「これでっ!!」


 正面の跳弾と背後からの射撃で挟み撃ち。

 これなら、と思った瞬間、蒼い魔力光が咲き乱れ、アレイさんの姿が消えた。

 遅れて届く轟音。ブースターの噴出音。ならば、上か。


 拳銃を空に向ける。


 その先に、深い海の色を纏った英雄の姿があった。

 目が合う。そこに普段の軽い調子は無く、冷たい程の無表情が私を見据えていた。

 不味い。咄嗟に後ろに跳ぶ。


 その距離を爆音と共に一瞬で詰め、英雄は銀色の鉄杭を突き出し。


 僅かな抵抗も無く、私の拳銃を撃ち抜いた。



 …………あ。


「…………あ」



 桜色が舞い散りる中、世界が一瞬、静寂に満たされた。



「うわあああ!? フェンリルが吹き飛んだあああ!? ちょ、これ代えが無いんですよ!?」

「あーいや、不可抗力と言うか……すまん」


 え、てかこれ壊れるように出来てんの!?

 散々荒っぽく使って平気だから壊れないもんだと思ってたんだけど!?


「うわあ……どうしよ、これ」

「まあ、マコトに頼んでみるか」

「私、この状態だとアスーラ行けないと思います」

「……まあ、カエデに頼むしかないか」

「うう……やっぱ止めときゃよかった……」



 昼食後、カノンさんとシスター・ナリアのリクエストで、私とアレイさんが模擬戦をすることになった。

 正直、英雄と戦うとか嫌すぎるけど、この二人のお願いなら聞かないわけにもいかない。

 アレイさんも同様だったようで、苦笑いしながら了承していた。


 その結果がこれである。

 泣くに泣けない。いや泣きそうだけどさ。



「カエデさん……アスーラまで送って貰えますか?」

「大丈夫だ、よ。私もマコトさんに、用事がある、し」

「すみません。この子が無いと冒険者の仕事も出来ないんで、お願いします」


 何せ今の私、戦闘力ほぼゼロだからね。


「ん。アレイさんと、カノンちゃん、は?」

「あー……まあ、たまには俺も顔出しとくか」

「私は残念ながら王都に仕事を残してますので……」


 申し訳なさそうに苦笑いするアレイさんに、残念そうなカノンさん。

 むう。カノンさんいけないのかー。


「分かった。じゃあ、先にカノンちゃんを、送る、ね」

「ありがとうございます。ナリアさん、また改めてご挨拶に伺います」

「はい、お待ちしております」

「それでは」

「また、ね」



 しゅぱんっ、と軽い音を残して二人の姿が消える。

 しばらくして、同じような音と同時にカエデさんが現れた。

 ……魔法、便利だなー。


「お待た、せ」

「ああ……ナリアさん、また機会があれば顔を出します」

「はい、お元気で。オウカも怪我には気を付けてね」

「うい。行ってきまーす」

「……転移するから、気を付けて、ね」



 言われるや否や、再度軽い音。

 思わず目を瞑り、次に開いた時には見覚えのある家、と言うかリュウゲジマコトさんの家の前に居た。


 ……やっぱ便利だな、魔法。

 私も使えたらよかったのになー。


「あー……とりあえず、入ろうか」

「え、勝手に入っていいんですか」

「俺達が来たことは気づいてる筈だ。問題ない」


 ガラリとドアを開けて中へ進むアレイさん。

 私とカエデさんはその後ろを怖々と着いていった。

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