第97話


 少し古びた教会の広間。

 大きめのテーブルに人数分の紅茶とクッキーを用意して、シスター・ナリアはカノンさんと向き合って座った。

 外はいつの間にか雨が振降りだしていたようで、パラパラと雨粒が窓を叩く音がする。


「ナリアさん。貴女は、地球出身ですね?」

「はい。二十代の頃に喚ばれました。イタリア生まれユークリア育ち、と言ったところでしょうか」

「なるほど……では、貴女は戻り方を知っていますか?」

「いいえ。残念ながら」

「そうですか。ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げるカノンさん。

 …………。え、終わり!? なんか軽くない!?


「さて、私の用事は以上です」

「え、いや、終わりなんですか!? さっきまでのシリアス感は!?」

「もう聞けることはありませんし……ああ、オウカさんの昔の話とか興味はありますが」

「あら。この子は昔からあまり変わらないですね。子どもの頃から小さな子の世話をしていました」

「いや待って。着いていけてないから……」


 え、結構重々しい空気だったと思うんだけど。何このノリ。

 てかそんな短い話する為にわざわざ来たの?


「まあ、戻り方を知らないのは分かっていた事ではありますし」

「……それはまあ、言われてみればそうかもしれませんけど。もうちょい何かリアクションとか」

「そう言われましても……あ、クッキー美味しいですね」

「いや美味しいけども」

「まあ、知らないと言うことを問い詰めても仕方がないですから」


 そう言いながら、ゆったりと紅茶を飲むカノンさん。

 何かこう、釈然としないと言うか。

 いや、むしろ私が聞きたいことだらけなんだけど。


「……ねえ。シスター・ナリアって、英雄なの?」

「いいえ。私は特別な加護なんて持ってないわよ」

「え、じゃあ何で召喚されたのよ」

「何かの手違いらしいわね。女神様はシステムエラーがどうとか言ってたけど」

「…………おい女神」


 うっかりとかいうレベルの話じゃないと思う。


「……まあ、クラウディアのやる事だからな」

「女神は昔から女神だったという事ですね」

「あの人なら、やりそうだ、ね」


 そこの英雄達、変な納得の仕方しないで。

 何となく共感できちゃうから。


「とにかく。確かに私の出身は英雄と同じ世界だけれど、ただそれだけよ」

「……納得いかない。だいぶ納得いかない」

「私も納得いかなかったし、今も納得はしていないけれど。何かもう、仕方ないのかなとは思ってるわ。

 女神様を殴りたい衝動は消えてないけどね」

「……あー。うちのツカサと話が合いそうだな」


 知りたくなかった育ての親のバイオレンスな一面だった。

 そういやこの人、元冒険者だったな。


「しかしクラウディアの奴、敢えて前例を黙ってたな」

「ああ、話したらお兄様に叱られますからね」

「悪戯したのを、隠してる、子どもみたいだ、ね」

「……今度会ったら説教だな」


 ねえ待って。女神様の話だよね?


「あの。私の中の女神像、大変な事になって来てるんですが」

「前も言ったろ、アレに期待するだけ無駄だ」


 うわあ。何か周りの扱いが凄い雑なんだけど、私がおかしいんだろうか。


「さて、他にお聞きになりたいことはありますか?」

「あ、ねえシスター・ナリア。素朴な疑問が一つあるんだけどさ」

「あら、なあに、オウカ?」

「二十代の時にこっちに来たって……シスター・ナリア、今何歳?」


 バキリと、テーブルの縁が握り潰された。


「……今、何か言ったかしら」

「えーと……お昼ご飯、作ってくるね」

「そう。お願いね」


 ……触れない方が良いこともあるよね、うん。

 見た目はずっと若いままだし。

 さっさとキッチンに避難……もとい、ご飯作っちゃおう。



◆視点変更:カツラギアレイ◆



 オウカちゃんがキッチンに逃げ込んだのを見届け、俺はようやく口を挟めた。


「本題なんだが。人造英雄、という言葉は知っているか」

「先日、オウカから聞きましたが……それが?」

「そうか。いや、最近ちょっと物騒な話が上がっていてな。英雄の偽物が各地に出没しているらしい」

「……オウカに何か関係が?」


 穏やかな表情に険が入る。

 先程までとは違う、油断の無い鋭い目付き。

 なるほど、元熟練の冒険者と言うだけはある。

 或いは、子を想う母の強さか。


「偽物は数回出没してるんだが、あの子はその全てと遭遇している。そいつらが人造英雄かは分からんが……まあ、可能性はあるな」

「そうですか……私はオーエンさんからあの子を預かっただけなので、詳しいことは何も」

「そうか。まあ、一応気を付けておいてくれ」

「はい。何かあればご連絡します」

「よろしく頼む…歌音カノンカエデは何処に行ったんだ?」


 いつの間にか見慣れたローブ姿が消えている。

 知らない場所を無闇に彷徨うろつく奴では無い筈だが。


「ああ、先程子ども達に連れていかれましたよ」

「…よく子どもに好かれる奴だな」

「同類と思われている可能性もありますが」

「それは流石に無いと思うがな。蓮樹レンジュじゃあるまいし」


 背丈的に子どもに混じっててま違和感ないからな、アイツ。

 テンション的にも近いものがあるし。


「……最近よく蓮樹さんの名前が出ますね?」

「そうか? そんな事は無いと思うが」

「旅の間に何があったのか、そろそろ問いただした方がいい気がしてきました」

「あら、魔王討伐の後の英雄譚ですか。私もお聞かせ願いたいですね」

「……勘弁してくれ、俺は英雄なんて柄じゃない」


 思わず頭を掻く。

 昼食が出来たとオウカちゃんが呼びに来るまでの間、歌音とナリアさんの尋問は続いた。

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