第60話


 厚めに切ったオーク肉を叩いて筋を切っておき、塩と胡椒とハーブ各種をまぶす。

 その肉に小麦粉、油を混ぜた溶き卵、パン粉の順番につけ、置いておく。

 準備が終わったら特大の炒め鍋に一枚ずつ並べ、油を注いで弱火ぐらいで加熱。

 温度計を入れて百度になったら一旦網に上げておく。


 その後、油を百八十度まで再加熱。

 油が跳ねないよう、一枚ずつ滑らせるように油のなかに落とす。

 二度揚げと呼ばれる手法で、お肉のジューシーさと軽やかな食感を両立させる技だ。


 じゅわぁっと心地よい音がして、一分くらいで揚げ終わり。

 もっかい網に上げて余分な油を落としたら完成。


 子どもから冒険者まで幅広く人気のあるオークカツである!



 試食。自家製の甘いソースをかけ、一口。

 噛むとサクッと心地よい音がして、閉じ込めた旨味が広がる。

 文句無しに美味い。

 元々揚げ物は得意だったけど、香辛料が手に入って作れる種類が大幅に増えた。


 オーク肉は豚肉より脂が多いので、焼く分は良いけど揚げると脂っこくなりすぎるのが難点だ。

 その難点をビストールで手にいれたハーブの爽やかさで中和し、より食べやすくしてある。

 私史上、最高の出来映えである。



 油を切った端からアイテムボックスに突っ込んでいく。

 揚げ、油を切り、収納をひたすら繰り返す。

 油が古くなったら用意しておいた古布に吸わせ、その間に新しい油を加熱する。


 およそ一時間ほど、ひたすら揚げ続けた。

 ギルドのキッチンは香ばしい匂いで満たされている。


 ……にひひ。やばい、超楽しい。

 美味しいものをただただ作り続ける。

 アイテムボックスのおかげで食べきれるかどうかなんて考えなくてもいい。

 材料のある限り、作り続けられる。

 魔力製の鍋だから後片付けも考えなくてもいい。



 これ終わったら、次はポテトサラダを作ろうかなー。

 あ。てか、アスーラで魚買ってくるのもありだね。

 魚料理かー。あんまし経験ないな。ここは一つ、宿屋のおばちゃんに相談してみるのもありか。



「……お前、楽しいか?」


 声を掛けられて振り返ると、キッチンの入口に難しい顔をしたグラッドさんが立っていた。


「え、めっちゃ楽しいけど、なんで?」

「いや、楽しいならいいんだが。お前、さっきは豆を煮込んで無かったか?」

「あん? 煮込んでたわよ?」


 何なら昨日も作ってたわよ。ひたすらキャベツ切ったり肉炒めたり。

 調理器具が軽くて作業が捗るのが楽しいし。

 包丁も何切っても切れ味が変わらないので切り放題だ。

 好きなだけ調理ができる。更にはお金ももらえる。正に最高の環境である。


「一体何人前作るつもりだ」

「さあ? いまの時点で百人前は軽く越えてると思うけど」

「そうか……いや、まあいい。とにかく、話があるんだが」

「えぇ、いま? 後じゃダメなの?」


 むう。あんまし邪魔されたくないんだけど。


「お前指名の討伐依頼だ。出来るだけ早い方がいい」

「え。嫌な予感しかしないんだけど。依頼主は?」

「ミナヅキカエデだ。理由は知らん。迎えに来るらしいが、どうする?」

「……これ終わったら行くわ」


 まーお客さんが来るんなら仕方ない。

 スーパー作り置きタイムは一旦中断するとしよう。




 いつもの応接室に行くと、今日も美少女なカエデさんがお出迎えしてくれた。

 うむ。良き良き。


「あの、料理してた、の?」

「めっちゃ揚げ物してました」


 うん。揚げ物の匂い、めっちゃするもんね。エプロンも着けたままだし。


「なんか、ごめん、ね」

「や、大丈夫です。それで、討伐依頼ですよね?」

「うん。エイカちゃんに聞いたんだけど、レクリア湖にヒュドラが出たみた、い」

「……いやいや、そんな大物、英雄とか騎士団がやる獲物じゃないですか」


 ヒュドラって確か、首が九本あるでっかい蛇だよね。

 切り落としても直ぐに生えてくる再生力と猛毒の息が特徴だっけか。

 昔、シスター・ナリアに聞かされた武勇伝に出てきた気がする。


「今動けるの、私しかいないか、ら。

 手伝ってくれそうなの、オウカちゃんくらいしか、いない、し……だめか、な?」

「……おーらい、分かりました。やります。やるんで、その上目遣いは止めましょうか」

 

 美少女の涙目の上目遣いは卑怯だと思う。

 この人絶対天然だから余計タチ悪い。


「あー、てかレクリア湖ですか。結構距離ありますね」


 レクリア湖って言ったら、ユークリッド王国から東に馬車で三週間くらいだっけ。大陸の真逆辺りじゃん。


「それは、大丈夫。跳べるか、ら」

「え、飛んでも大分遠くないですか?」

「……? あ、えっとね。飛行じゃなくて、転移できるから、すぐだ、よ」

「……ああ、そういや英雄ってそういうもんでしたね」


 つい忘れがちだけど、生きた伝説だもんな、この人たち。

 普通の人間なら専用の転移門と数十個の魔石が必要なはずなんだけど、やっぱ一人で転移魔法使えるのか、カエデさん。

 少なくともイグニスさん、魔王四天王って呼ばれてた人と

同レベル以上の魔力があるって事だよね、それ。

 話してるとちょっと内気な美少女でしかないんだけどなー。


「分かりました。いつ出発ですか?」

「いつでもいける、よ」

「んじゃちょっと待っててください。着替えて来るんで」


 とりあえず、エプロンは外した方がいいよね。

 さっさと終わらせて続きやらなきゃなんないし、急ぐか。

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