第59話


 何だか学校の連中の態度に薄気味悪さを感じたお昼ご飯の後。

 お皿を洗って戻ってくると、なんか隅っこの方に集まってコソコソ話していた。

 何がしたいんだこいつら。


「あ、そだ。シスター・ナリア。お土産に王都のお店のクッキーとマフィン焼いてきたんだけど」

「あらそうなの。ありがとう」

「……おい待て、黒いの。まさかそのマフィン、手作りか?」

「黒いの言うな。手作りだけど、それがなに?」


 ざわり、と。広間が色めきだった。

 え、なに? なんか一斉にこっち見たんだけど。


「幾つだ。幾つあるんだ!?」

「えっと。二十個、だけど……」



「一回勝負で文句無しだっ!! さーいしょーはグー!! ジャーンケーンっ!!」



 ……なんか、大ジャンケン大会が始まった。

 いやもう意味が分からなすぎて、どうしたらいいのか判断出来ない。


 お前ら、うちのチビたちじゃないんだからさ。

 てゆか、マフィンくらい食ったことあんだろ。

 王都のクッキーならまだしも、こっちはお店の奴でもないんだし。



「くそっ! 中々勝負がつかねぇ!」

「えーとさ。何なら、全員分焼こうか? タネの作り置きあるからすぐ焼けるし」

「オウカ、それがいいと思うわよ。ケンカになりそうだし」

「なんかよく分かんないけど、分かった。んじゃ、焼いてくるね」


 はてなマークを浮かべながらキッチンに戻ると、背後から喝采の声が聞こえた。

 みんなそんなに好きなのか、マフィン。

 まー悪い気はしないけど。美味しいは正義だし。


 焼いたマフィンを全員に配ると、一人一人お礼を言われた。

 なんだコイツら。なんか怖いんだけど……


 ……まーいいや。そろそろ行くか。



「シスター・ナリア。そろそろ王都に戻るね」

「あらそう。またいつでも帰ってきなさいね」

「ん。そんじゃ、またね」


 裏庭に出てブースター展開。そのまま王都へと向かった。



 今日はお休み予定なので大量に消費した作り置きご飯を補充しよう。


 そう思い、王都に着いた後、大通りに向かった。

 消費した食材や目新しい物を次々と買い込み、一応冒険者ギルドで緊急性の高い依頼が無いことを確認した後、職員寮に向かった。


 何から作ろっかな。やっぱり人気のある揚げ物かな。

 お菓子類も作り置きしたいし、何日かかけて作っていくのがいいかな。


 そんなことを考えながらブースターを点火して部屋まで昇って来たところ。

 ドアの前で誰かがへたばっていた。


 お客さんかな。ここの階段、めっちゃ長いからなあ。

 フードで顔見えないけど、女の人っぽい。何かめっちゃ細長い包みを背負ってる。

 あんなもん背負って階段昇れば息も切れるよね。


「ええと、大丈夫ですか?」

「ぜぇ、はぁ……はい、大丈夫です……貴女が、オウカさんですか?」

「はい。あの、とりあえず、中入ります?」

「お水を頂けると、ありがたいです」


 ぐんにゃりしたまま、お客さんはそう言った。



 部屋に入って椅子に座ってもらったあと、とりあえずお水を出してみた。

 一気飲みしてから、大きなため息。ちょっと落ち着いたっぽい。


「はぁ。生き返りました。ありがとうございます」

「いえいえ。ところで、何かご用ですか?」

「はい。貴女に会いに来ました」

「私に会いに?」


 ふぁさ、とフードを取る。

 そこから、長い黒髪が零れ落ちた。


「申し遅れました。私はハヤサカエイカ、十英雄の一人です」



 ハヤサカエイカ。

闇を見透す第三の瞳ヘイムダルバレット』と呼ばれる、すごく遠くに落ちている小さな石ころまで見通す千里眼の持ち主。

 十英雄の中でも珍しく専用の武器を持っている、最強の狙撃手。

 てことは、背負ってる細長いのがその武器か。



 しっかしまー。何だろう、こうなるとありがたみも無いと言うか。

 もうすぐコンプリートすんだけど、英雄。どうなってんのよほんと。


「ツカサ君から話を聞いています。貴女は私たちに似た存在だと」

「あー。似てるっちゃ似てますね。こっちは人造ですけど」

「もしかしたら私が探している物の手掛かりになるかと思いまして」


 ありがとうございます、と空になったコップを渡される。


「探し物、ですか?」

「はい。私は『帰り方』を探しているんです」

「……なるほど。そうなんですか」



 五年前。魔王を倒す為に、女神によって異世界から召喚された英雄達。

 旅を続け、ついに魔王を倒した、その後。彼らは今もこの世界にいる。

 それは決して彼らの好意から等ではなく、ただ、元の世界に帰る方法が分からなかったから、らしい。


 それを知った時、絵本を読んでくれていたシスター・ナリアにめちゃくちゃ怒った覚えがある。

 人を勝手に連れてきて帰り方がわからないとか、酷すぎるって。


 でも、そっか。この人は諦めてないんだ。



「魔王討伐後、私達は世界中を旅しました。何かヒントだけでも見つからないものかと」

「あ、世直しの旅とか言われてる奴ですね」

「ええ。ですが、何も掴めませんでした。諦めがよぎるなか、マコトさんから連絡を貰ったんです。

 私達以外にも英雄がいると」

「それでここに、ですか」

「はい。何でもいいので、話を聞きたいんです」


 ……何か、力になりたい。けど、うーむ。

 何でもいいって言われても、私自身、あんまり分かってないんだよね。


「……あ、そだ。ゲルニカの古代遺跡には行きましたか?」

「はい、帰り道に寄ってみました」

「私、十五年前までそこに居たらしいんです。前騎士団長のオーエンさんが見つけてくれるまで」

「あの遺跡に……そうですか」

「で、こないだ行った時によく分からん手帳拾いました」

「手帳ですか……見せていただいても?」

「あーはい。ええと……」


 アイテムボックスに入れっぱなしだった黒い手帳を取り出す。

 しっかしこれ、改めて見ても意味分かんないな。何語なんだろう。


「あれ? オウカさんは、アイテムボックスが使えるんですね」

「へ? あ、はい。使えますよ?」

「それ、私達は使えないんですよ」

「あれま。そうなんですか?」


 てことは、旅の途中とかでも、荷物は普通に運んだって事?

 それはまた大変だったろうな。


「魔法は使えるようなんですが、アイテムボックスは使用者の魔力の質を読み取るらしく……英雄全員が使用できませんでした」

「そなんですか……なんか、私と逆ですねー」

「逆と言うと、オウカさんは魔法が使えないんですか?」

「カエデさんによると専用の魔法しか使えないらしくって。魔石も安定しないんですよね」

「……なるほど。ああ、すみません。拝見します」


 黒い手帳を手に取り、ページを開く。数枚捲り、指を止めた。



「……これ、古代言語ですね」

「え、読めるんですか?」

「いえ、古代言語という事しか。読解には時間がかかります。

 これ、しばらくお借りしてもいいですか?」

「んっと。リング?」

「――内容は全て:記録済です」

「大丈夫みたいです。どうぞ」

「ありがとうございます」


 こちらに頭を下げて、手帳を胸元に仕舞い込む。

 髪がサラリと流れて、まるでシルクのようだ。


「とりあえず、私はゲルニカの遺跡にもう一度行ってみようかと思います」

「え、結構遠いですけど大丈夫ですか?」

「王都にはカエデさんがいますから。行きは楽々です」

「あー。なるほど」


 確かにカエデさんなら魔法で飛べそうだな。

 イグニスさんみたいに転移も出来そうだし。


「ああそうだ、最後に一つだけ。オウカさん、女神に会ったことありますか?」

「え? ないですけど。て言うか会えるものなんですか?」

「アレイさんは良く会ってるらしいですよ。私達も、一度だけ。なので、オウカさんも会えるかもしれないです」

「おお……そうなんですか」


 ユークリッド王国で信仰されている、女神クラウディア様。

 この世界を創り出し、今も見守ってくれているとシスター・ナリアから教わった。

 王族ですら姿を見たことは無いって話だったけど……


 そっか、英雄達は会ったことがあるんだ。

 なんか、改めて凄いな、英雄って。


「では、私はこれで。また御会いしましょう」

「はい。気をつけてくださいね」

「ありがとうございます。」


 髪をフードに入れ、立ち上がって軽く会釈。


「では。またお会いしましょう」


 ふわりと笑いかけてきて、そのまま颯爽とドアを通ろうとして。



 背負った長物が引っ掛かった。


 ……ガツッていい音がしたな、いま。



 うわー。気まずい。


「……では。またお会いしましょう」


 背中の長物を外し、何事も無かったかのように去っていった。

 おお、メンタル強い。さすが英雄。



 えーと。うん。なんか、なんとも言えない空気になっちゃったなー。

 とりあえず……ご飯作るか。


 てかこれ、英雄コンプリートとか、しないよね?

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