第58話


 早朝、息苦しさで目を覚ますと、四人ほど私に手や足を乗せて寝ていた。 

 あー。久々に雑魚寝の洗礼を受けたわね。

 て言うかよく潰されなかったな、私。

 みんな、少し見ない間に大分大きくなってるなー。



 キッチンで朝御飯を作る、と言うか取り出しながら、昨日の事を思う。

 前から感じていた事ではあるけど……サクラドライブを使ってる間、思考が好戦的になるっぽいんだよね。

 あの時の私は戦いを楽しむようなところがある。

 他にも、戦いに対する恐怖心が無くなってるっぽいんだよなー。



「ねーリング。サクラドライブって、戦闘行動の再現以外にも効果があるよね?」

「――推測:戦意高揚効果があると考えられます」

「戦意高揚? んー。それって大丈夫なの?」

「――基本的には問題ありません。

 ――戦闘に意識を向けすぎる傾向はありますが:危険性が確認された時点で


 きっぱりと強い語調で断言された。

 感情がこもってるの珍しいな。てか初めてじゃないか?


「……おおう、言うわね。ま、そん時は任せたわ、相棒」

「――はい:任されました」


 いつも通りの無機質な返答。

 だけど、なんだか少し自慢げに感じで、思わず笑みがこぼれた。


「しっかし、あんたそろそろ人間になりそうな感じよね」

「――実体化に関しては:現在不可能判定です」

「いつか顔見せなさい。ハグしたげるから」

「――回答不能:黙秘します」

「お?なんだ、照れてんのか。い奴め」

「――黙秘します」


 その声は、ちょっと不貞腐れているように聞こえた。



 いつも通りの朝食を終え、年長組は二十人分の洗濯。

 なのだが、今日はちょっとズルをしてみた。


 魔力で大きな鍋を作り、中に汚れ物を入れ、温水で掻き回す。

 これだけで大抵の汚れが落ちるのは経験済である。

 しかも今回は温水なので乾くのも早い。

 非常にお手軽だ。



 ざっぱざっぱ



 洗い終えたらみんなで手分けして洗濯物を干し、ついで掛け布団も洗って一緒に干した。

 庭中が洗濯物だらけなのは何だか面白い光景だ。

 よっし。空いた時間でパン屋へ行ってみるか。



「オウカアアアアアアアアアア!!!!

 よく帰って来たああああああ!!!!」


 屈んでスルー。

 旦那さんは、待ち構えていた奥さんに叩き落とされた。


 いや、喜んでくれるのは嬉しいんだけどね。毎回身が持たないのよ。



「どもです。王都へのお土産を買いに来ました」

「まぁたこいつは金なんて払おうとしやがって!! あるだけ持っていけぃ!!」

「いいえ!! 今日は払わせてもらいます!!」

「お前から金なんか取れるか!!」

「そんな訳にはいきません!!」


 我ながら意味の分からないやり取りだな、これ。


「……仕方ねぇな。半額で手を打とう」

「んーにゅ。分かりました。じゃあそれでお願いします」


 私たちの戦いは、こういう形で決着を迎えた。

 判定的には引き分けだろう。

 しっかし、私はいつになったら正規の値段で買えるんだろうか。


 とりあえず、お土産と称して乾燥させた果物一式を奥さんにこっそり渡しておいた。

 旦那さんにバレるとまた怒られそうだし。



 ちなみにここのパン、実は王都のパン屋よりも安くて美味しい。

 何気にびっくりしたのだが、多分素材よりも職人の腕の差だと思われる。

 大量に購入したので向こうで配って回るつもりだ。



 近況を話したり、町の様子を聞いたりしていたらお昼になっていたので、別れを告げ教会に戻ったところ。

 何か、めちゃくちゃ人がいた。


 え、は? なんでこんなに人がいんの?

 ざっと三十人くらいいるんじゃない、これ。

 あれ、学校の先生じゃん。よく見たらあっちの奴も見たことあんな。

 なに、学校の奴ら? 何しに来たんだ。



 裏口からキッチンに回ると、シスター・ナリアがお茶を淹れていた。



「シスター・ナリア。あいつら、何?」

「あらおかえり。どうも子ども達がオウカが戻ってる事を言いふらしちゃったみたいでね。みんな、貴女に会いに来たのよ」

「……はあ? なんで?」



 ちょっと意味が分からない。

 だって学校関係の奴らって仲が良いどころか、特に関わりもなかったよね?

 遠巻きにひそひそ話したり、私が近付くと逃げてったりされたし。



「なんにせよ、あんなにいたら邪魔なんだけど」

「まあ、オウカが顔を見せたら済むんじゃないかしら」

「げ。まじか……ならちょっと行ってくるわ」


 ……まー。私に用があるってんなら無視する訳にもいかないし。




「……で。なんなのよあんたら」


 警戒しつつ、広間に行ってみた。

 声をかけると波が引くよう遠ざかる。

 なんなのよ、まじで。羊の群れみたいな動きしやがって。


 その群れの中から一人、見覚えのある先生が前に出てきた。

 あ、自主休講を伝えた先生だ。


「戻っていたのならば、連絡くらいくれても良いのではないですか?」

「あ、ども。いや、どうせ今日戻るんで」

「それです。しばらく休むとは聞いていましたが、いきなり王都に行くなんて」

「え、言ってませんでしたっけ」

「聞いていません。休学扱いにしてありますが、落ち着いたら一度顔を出すように」


 あー。そういや言ってなかったかもしんない。

 てか聞かれなかったし。


「あー。なんかすんません」

「……で、どうなのですか? 王都で不便していませんか?」

「へ? あ、はい。快適な日々を過ごしてます」

「そうですか。何かあれば言うように。教師陣で手を打ちますので」

「はあ、どうも……え? それだけですか?」

「はい。問題が無いのであればそれで良いのです」


 なんだこれ。心配されてる、のかな?

 いまいち状況が飲み込めないんだけど。


 んー? 別にそんなに親しい間柄じゃない、はずなんだけどな。

 一緒に着いてきてる奴らも、話しかけたら逃げてった奴らだし。

 ほら、そこの金髪なんか、いつも目があったら即座にそっぽ向いてた奴じゃん。

 あ、また目ぇ反らしやがった。何なのよあんた。


「……おい、黒いの」

「あによ金髪」

「いや、その。お前、王都で冒険者やってるって本当か?」

「そだけど、それが?」


 なんだよ。なんか文句でもあんのか。


「……あんまり危ないことすんなよ。お前も女なんだから、傷とか、もう少し気を使えよな」

「いや、だからなんなのよ、まじで」


 怪我の心配をされた。何か気味悪いわね。


「なんなんだお前ら……みんなして熱でもあんのか?」



 そういや金髪の顔とか、若干赤いか?

 風邪引いてるようには見えないけど……熱あんなら寝ときなさいよ。悪化するわよ。

 ……いやだから、目ぇ反らすなお前。くっそ、訳分からん。



「……とりあえず、お昼御飯作ったから。食べてく奴、手ぇあげな」



 まさかの全員だった。



 合計五十人分の食事って最早パーティーか何かだと思う。

 持ってきてた分じゃ足りなかったから追加で作り足したわよ。

 まさか学校の連中にご飯作る事になるとは思わなかった。

 まあ、チビ達も学校の連中も、みんな喜んでたから良しとしよう。



◆視点変更:ナリア・サカード◆


 オウカがお皿を洗いに行ったあと、学校の子達が集まってヒソヒソと話していた。



「あいつ、本当に冒険者なんてやってんのか」

「大丈夫なのかな……あの子、小さいのに」

「それ、本人の前で絶対言うなよ……暴れるぞ、あいつ。


 あら。よく分かってるわね。さすが、わざわざ顔を見に来てくれただけの事はあるわ。


「でも、なんて言うかさ。それも含めて可愛いんだよね、オウカちゃん」

「わかる」

「うん。すげぇわかる」


 この場に居る全員が肯定した。もちろん、私も。

 自分の背や髪の色に劣等感を抱えながらも頑張っているあの子を見ていると、とても愛おしくなる。


「……て言うか男どもはさー。そろそろ慣れようよ。いくら可愛いからって、腫れ物扱いはどうかと思うけど?」

「いや、だって。あいつの距離感、絶対おかしいから。

 入学初日から普通に顔寄せてきてめっちゃ焦ったからな」

「俺なんか挨拶する時、抱きつかれたことあるぞ」

「羨ま…いや、けしからん話ですね」

「……先生、今なんて言いかけたんですか?」

「……ロリコン」

「だからお前ら、それオウカの前で絶対言うなよ?」


 うん。絶対怒るわよね、あの子。誰がロリだ! って感じで。


「てかお前らだって距離置いてたじゃねーか」

「えー? そんな事……ある、のかな」

「なんだろ。綺麗すぎて近寄りにくいって言うかさ」

「あ、わかる! 変なこと言えない感じあるよね」

「俺らの事言えねーだろ、それ……」


 あらあら。若いわねえ。


 あの子オウカは確かに目立つ。

 黒髪黒眼の見た目は、小さな町では一際浮いている。

 けれど、目立つ理由はそれだけじゃない。


 小さいながらに活発で、明るくて前向きなところ。

 人との距離感が近過ぎる所もあるけれど、世話好きで困っている人を見過ごせないところ。

 優しくて、誰かのために本気で怒れるところ。


 それに何より、見た目が可愛いところ。それはもう、とても可愛い。

 親の贔屓目ひいきめを無しにしても、町一番の美少女だと思う。


 だからこそ、同世代の子達は思わず距離を取ってしまうんでしょうね。

 あの子は鈍いから嫌われてるって勘違いしてるみたいだけど。

 頑固だから、何回言っても聞いてくれないし。


 それにしても、あの子がこの会話を聞いたらどんな反応をするのかしらね。



「……まあ、元気そうで良かったな」

「また顔出してくれたらいいね」

「メシも美味かったな」

「うん。また食いたいな」

「あーあ……真面目に、付き合い方考えねーとなー」

「うーん。難しいよねー」


 オウカが戻って来るまでの間、そんなやり取りが続いていた。

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