第53話


「いやー、悪かったね。あんたが噂通りの人間か見てみたくてね」


 応接室のソファーに腰掛け、アグリアスさんが悪びれもせずに笑う。

 それを見て毒気を抜かれたというか。まあ、私もこういう人は嫌いじゃないし。


「いやまあ、いいんですけどね。私よりガスターさんに謝ってください」

「いや、アイツはいいんだよ。あんたのファンなんだから」

「……はあ?」


 アグリアスさんがカラカラ笑いながら言う。

 いや、ファンて。


「ちょいと前に、商隊を襲ってたゴブリンの軍隊レギオンを潰したろう?

 その話をギルドの奴が酒場で広めちまったんだよ」

「うわ、まじか。なんて事を……」

「まあ少なくとも、うちのギルドで嬢ちゃんを知らないやつはいないね」

「なるほど。あの視線、そういう事か」


 どうりでいつもと視線の種類が違うと思ったわよ。

 いや、好かれるのは嬉しいけどさ。

 ただの町娘のファンって何なんだ。


「とにかく、あたしらはあんたの実力を認めた。王都ユークリアからの増援、感謝する」

「あ、そこなんですけど。私はたまたま近くに来た通りすがりの冒険者って扱いでお願いします」

「ほう? 面白い事を言うね。だがそれだと報酬も入らないが、いいのかい?」

感謝の言葉報酬ならもう貰ったわ。

 それに、困ってる人がいて私が手を貸せるなら、助けない理由はないでしょ?」

「……そうかい。こりゃあ噂以上のバカ娘だね」


 アグリアスさんが肩を竦めて笑う。

 この人、仕草が格好いいな。

 頼れるお姉さんって言うか。いや、姉御だな、うん。


「それより、今どうなってんですか?」

「ああ、あの馬鹿魔族、ここいらにゲルニカの魔物を召喚しやがってね。

 流通に被害が出てる上に冒険者が討伐に出ちまって手が足りないんだ」


 うわ。思ってたよりヤバい事になってんな。


「居場所は分かってるんですか?」

「ああ、ビストールの北に居城を建てて陣取ってやがるんだよ。

 可能なら敵陣を叩きたいところだが……ちと遠くてね」

「……リング?」

「――確認しました:ビストール北方、魔族の魔力反応有り。

 ――飛行でおよそ三十分の距離です」


 空飛んで三十分か。確かに歩くとかなりかかるな。

 でもまー。私ならすぐだし、行くか。


「とりあえず行ってみますね」

「そうかい。なら、お願いしようかね。だが無理はしないでおくれよ?」

「はい。じゃ、ちょっと行ってきますね」


 様子見して、無理そうなら一旦逃げてくるか。




 空を行くこと三十分。聞いていたとおり、お城があった。

 王城よりは小さめだけど、それなりに立派なお城だ。

 でもなんか、出来たばかりのはずなのに築数十年みたいな佇まいだな。壁に苔が生えてるし。


 んー。とりあえず、入ってみるか。



「おじゃましまーす」


 一旦大きな門の前に降りる。

 うわ、中もやっぱりボロボロだわ。門は壊れてるし、庭の草が好き放題に繁っている。


 これ、もしかしたら建てたんじゃなくて、どっかから持ってきたのか? 埃の積もり具合とか年単位に見えるし。



「――警告:この城全域に魔力反応があります」

「ん? お城の全域に?」

「――城自体に魔力が流れています。警戒してください」

「なるほど。城の中のマップ出せる?」

「――否定:魔力反応が多過ぎて時間がかかります」

「了解。んじゃ気をつけて進むか……おっと?」



 ゴゴゴゴゴ……!!



 何だ。地鳴りみたいな音がする。地震か? でもなんか違和感あるな。

 とりあえず、飛ぶか。


 空から見下ろすと、城がめっちゃ揺れてんのが見えた。

 おおー。このまま崩れてくれたら楽なんだけどなー。



 ゴゴゴゴゴ…!!



 ……あ。なるほど。違うわ。

 これ、城が揺れてるんじゃなくて、城自身が動いてるんだ。


「――警告:膨大な魔力反応」

「うげ。まじかこれ」



 高空に逃げる。

 その下から、


 なーるほど。つまり、城建てた訳でも、運んで来た訳でもなくて。


「城自体がでっかいゴーレムなのかー」


 いつかのゴーレムとは大きさが桁違いだけど。

 動く城って、なんか見た目カッコイイかもしんない。



『ご明察だ。こいつはストーンゴーレムで作られた城である』


 城ゴーレムの方からひび割れた大声。

 お。なんだ? 


『君は我輩を助けに来てくれたのかな? 有難い話なのだが、このゴーレムは制御が効かなくなっていて危険だ。逃げたまえ』


 妙に尊大な口調でゴーレムは言う。

 いや、ゴーレムの中に人がいるのかな。

 ……え。それってかなり不味くない?


「話がよく分かんないけど、とりあえずこのデカブツ倒せばいいのかな。リング、終わった?」

「――解析完了、コアを確認:マップに表示します」


 えーと。ここか。

 マップを確認しながら地面にに降りる。


 うわお。下から改めてみると大迫力だ。

 お城に手足が生えたみたいな形してる。

 こんなものが動くとか、それこそ物語のようだ。


 振り上げられる腕。デカブツのくせに動きは速い。

 え、殴り付けてくるの!? この大きさで!?



「え、ちょ、リング!!」

「――Sakura-Drive Ready.」


「Ignition!!」



 薄紅色の魔力を纏い、ブースト起動。真横に吹き飛び、巨大な拳を回避。

 さて、どうしようか。コアを破壊したらゴーレムは止まるはずだけと。

 ふむ。試してみるか


「中の人、聞こえてる!? ゴーレム止めるからコアから離れてて!」

『コアからは離れているが……どうやって止める気だね?』



 二丁の拳銃に魔力を廻す。最大圧縮。拳銃の先を近付けて固定。

 薄紅の魔力光が凝縮される。目標、敵のコア。城のど真ん中。



「――魔力圧縮完了、仮想バレル展開:砲撃準備完了」


「こうやってよ!」


 トリガーを引く。


 二丁分の圧縮弾は途中で混ざり合い、太めな閃光となって城の中央を貫いた。

 魔弾が通った箇所が融解している。凄い威力だな、これ。

 人がいる所だと使わない方がいいかもしれない。



「――コア撃破:崩落に注意してください」

「城が崩れるみたいだよ。早く出た方が良い」


『何と言う……凄まじいな君は。さておき、邪魔な魔力が消えたことだし、そちらに向かうとしよう』


「急いでね」


 とりあえず、私も避難するか。



 サクラドライブを解除した後、少し離れたところで城を見ていると、貴族風のおじさんが突然姿を表した。

 転移魔法かな。凄い。使える人滅多にいないのに。


 あ。つーか、青い肌に金色の目。この人、魔族だ。

 だとしたら、今回の発端の可能性があるか。まだ警戒は解かない方がいいみたいだね。


「いや、助かった。礼を言おう」

「そらどーも。で、あんた誰よ」

「失礼した。我輩はゲルニカ国伯爵、イグニス・フォレンシアという」


 ふむふむ。イグニスさんねー。


 ……は? イグニス・フォレンシア!?

 魔王軍四天王のイグニスじゃん!!

 なんでこんなとこにいんのよ!?


 慌てて距離を取り拳銃を向ける。


「いやいや、待ちたまえ。我輩は敵対するつもりはない。ひとまず名前を聞かせてもらえないかね?」


 両手の平をこちらに向けて苦笑いするおじ様。

 ふむ? とりあえず、戦う気は無いのか?


「……オウカ、ただの町娘よ」

「ほう? 英雄の仲間かと思ったのだが」

「知り合いではあるけどね。その英雄に頼まれて迷惑な魔族をやっつけに来たのよ」

「ああ、そうか。やはり迷惑をかけてしまっていたのだな。申し訳ない」


 ……ん? なんか、話が噛み合ってなくね?


「えーと。ちょっと一から説明して」

「ふむ。つまりであるな。魔王が倒された後、ゲルニカに居辛くなってこちらの大陸に逃げてきたのである。

 そして最近、魔道具の実験を行っていたところ、魔道具が暴走してしまってな。

 そこら中に魔物を召喚してしまった挙げ句、自分は居城にしてた城ゴーレムに取り込まれ、転移魔法も阻害されて身動き出来なくなっていたのだ」

「……あらまあ」


 つまり、自分の作った道具で事故った訳だ。

 なんと言うか。失礼だとは思うけど、だいぶ間抜けな話だなー。


「あれ、でも宣戦布告があったって聞いたけど?」

「馬鹿な。一度通りがかった冒険者に助けを求めようとしたが、それ以外誰とも会っていないぞ」

「……ちなみに、何て助けを求めたの?」

「名を告げた時点で逃げられてしまったな」

「あー。魔王軍四天王がいきなり名乗りを上げたら、そりゃ逃げるわよ」

「おお。なるほど、道理であるな」


 この人、見た目は渋いおじ様なのに、ずれてるって言うか。ちょっと残念な人だ。

 悪意は感じないし、嘘は言ってないとは思うけど…


「ねえイグニスさん、空飛べる? ちょっと一緒にビストール行って謝ろうか」

「おお、案内してくれるのかね。それは助かるのである」

「……んじゃまー、行きますか」


 なんとも言えない疲れを感じながら、困ったおじ様を連れ、ビストールに向かうのであった。

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