第52話
昼は暖かな気候だけど、この時期の朝は少し肌寒い。
ましてや空は一段と冷えるので、アイテムボックスから冬用のコートを出して装着してみた。
王都で買った安物だけど、案外風を弾いてくれて暖かい。頼れる奴だ。
欠点は、ぶかぶかで見映えが悪いことだろうか。
……無いんだよ、私の背に合うやつ。
いいんだよ、暖かければ。
リングに道案内してもらい、途中でお昼休憩を挟みながら、空を行くこと数時間。
亜人の都、ビストールに到着。
いやー。凄いわ、ビストール。
王都ほどじゃないけど、凄く立派な街並み。
王都だと門から王城がみえるけど、ここだと代わりに巨大な女神像が見える。
竜車の行き交う大通り。その周りには物珍しい露店がずらっと並んでいる。
そして見える範囲、みんな何らかの亜人だ。人間は私くらいじゃないだろうか。
おぉぉ……右を見ても左を見てもモフモフだらけだ。モフモフ天国だ。
……おっと危ない。早速脱線するところだった。
とりあえず、目的地の冒険者ギルドに行くかー。
門番さんは蜥蜴人だった。見た目だけでは年齢も性別もよく分からないけど、喋り方的にたぶんおっちゃんだと思う。
「こんにちはー」
「おう。嬢ちゃん一人か?」
「ですです。観光に来ましたー」
「そうかそうか。楽しんで行ってくれよ」
ごっつい手で頭を撫でられた。
鱗に覆われてるけれど、その手つきはとても優しい。
「あざます。そだ、冒険者ギルドってどこですか?」
「ん? ああ、この大通りをまっすぐ行ったらあるぞ。ほれ、あそこだ」
「あー、こっから見えてますね。どもです」
「ほれ、これやるから気をつけて行きな」
なんか緑色の大きめな飴玉を貰った。
……毎度毎度小さな子ども扱いされるのは気に食わないけど、親切にしてもらったので良しとしておく。
「ん。ありがとうございます。ではまたー」
「おう。またなー」
ぶんぶんと手を振って、冒険者ギルドに向かった。
ビストールの冒険者ギルドも、外観は王都と似たような感じだった。
スイングドアを押して中に入ると、全員の視線がこちらを向く。
そして、こちらを見つめたまま、ざわざわと喋りだした
いつも通りっちゃいつも通りなんだけど、やっぱり気分が良いものでは無い。
でも何か、いつもと視線の質が違う気がするけど……まー、どうでもいいか。
うざったい視線を無視し、受付にいる翼の生えた目力の強いお姉さんの方に向かう。
てか、受付の人って美人じゃないとダメなんだろうか。あと胸の大きさ。この人もでっかいし。
自分の胸に目をやり、ちょっと肩を落とす。
大丈夫。その内、増えるはず。うん。
「こんにちわ。ギルマスいますか?」
「おや、黒髪のお嬢ちゃん、ギルマスに何の用?」
こちらをからかうような口調で、ニヤニヤしながら聞いてきた。
……なんだ? こんな態度なのに全く悪意を感じない。
「グラッドさんからのお使いです」
「へぇ? いいわ。着いておいで」
受付の裏にあるドアに入っていく。慌てて後に着いていくと、向い合わせのソファーとテーブルが置いてあった。
なんだここ。応接室か?
「しっかしまぁ、グラッドから何も聞いてないのかい?」
「あー。ここのギルマスが知り合いだとしか」
「は。アイツらしい話だね」
奥のソファーに腰掛け、お姉さんが短く笑う。
おっと。これはもしや。
「もしかして、ギルマスさんですか?」
「そうさ。ビストールのギルドマスター、アグリアスだよ」
まじか。女の人だとは思わなかった。
勝手にグラッドさんみたいなの想像してたわ。
「ごめんなさい、受付のお姉さんかと思ってました」
「ああ、ウチは職員が少ないから兼任してるのさ。で、グラッドのお使いってのはどういう意味だい?」
「悪い魔族をやっつけに遊びに来ました」
「……ほぉう? つまり何か、嬢ちゃんが援軍って事かい?」
あ。目付き鋭くなった。
いやまあ、そうだよね。いきなり私みたいなのが来たら、驚くか怒るかするよね、普通。
んー。とりあえず、正直に話してみるか。
「他の冒険者がダンジョンの定期討伐に行ってるみたいで。一応、グラッドさんとカノンさんのお墨付きです」
ぴくり、と眉が動いた。お? 効果あったか?
「カノン? まさかカツラギカノンかい?」
「ええ。そのカツラギカノンさんです」
「……ふぅん。そりゃ頼もしい話だ。真実ならね」
「あー。そっか。まーそうなりますよね」
しまったな。手紙の一つでも書いてもらえば良かった。
んー。嘘は無いんだけど、証明できる物が何もないしな。
「ちなみに、グラッドさんに確認取れたりは」
「出来なくはない。ただ、バカみたいに魔石を消費するからあまり使いたくはないね」
「……なるほどー」
魔石、高いもんね。小さいヤツでも銀貨一枚はするし。普通の冒険者の一日の稼ぎが吹っ飛ぶ代物だ。
さてさて、どうしたものか。
一回王都に戻るかなー。二度手間にはなるけど、忘れてたこっちが悪いんだし。
「そうだねぇ。じゃあちょいとテストしてみるかい?」
「テストですか?」
「ああ、うちのベテランと試しに戦ってみな。それで見極めてやるよ」
なるほど。そう来ましたか。
確かに戦闘力を見るなら一番手っ取り早いな。
「……あー。うーん。了解です、けど。治療師さんっています?」
「ああ、治療院から呼んで来るよ。安心しな」
「ならいっかな。分かりました」
ちょっと怖いけども……万が一怪我しても、治して貰えるなら大丈夫かな。
「じゃあ一時間後にギルドの表で待ってな。適当な奴を連れてきてやるよ」
「分かりました。じゃあ、また後で」
とりあえず、そういう事になった。
折角時間が出来たので宿屋で記名した後、露店をちょっと見回る事にした。
王都では見たこと無いような香辛料の使い方をしていて、漂ってくる香りが食欲をそそる。
特にあれ、塩と胡椒をふんだんにまぶした豚肉の串焼き。
肉の焼ける匂いと胡椒の香りが混ざって私を惹き付けて止まない。
ついつい運動の前なのに思わず一本買ってしまった。これっぽっちも後悔してないけど。
やっぱ帰りに香辛料をたくさん買って帰ろう。
この味を広めないのはもはや罪だ。みんなにも食べさせてあげないとね。
うまうま。
露店を色々見てたらギリギリの時間になってしまった。
やば。怒られる。豚肉のいい香りしてるし。
急いでギルドの裏に回ると、熊系亜人のおっちゃんが完全武装で待っててくれていた。
この人がテストの相手か。
重そうな全身鎧に、肩に担いだ私より大きな戦斧。
当たったら一撃で終わるな、あれ。
でもさ、私が言うのもなんだけどさ。
グラッドさんとの時より絵面ひどい気がする。周りの人の視線が割と同情的だし。
「おや、来たかい。じゃあ早速始めようか」
「おっけーです。リング」
ホルダーから拳銃を抜き放ち、いつもの合図。
「――Sakura-Drive Ready.」
「Ignition」
ビストールの乾燥した空気に、桜色の魔力光がふわりと舞う
「弾丸は非殺傷で」
「――弾装変更完了済です:いつでもどうぞ」
「パーフェクトだ、相棒」
さすが。よく分かっている。それでこそだ。
「嬢ちゃん、ギルマス命令で手加減できん。悪く思わんでくれよ」
巨大な戦斧を担ぎ上げ、こちらを見据える熊系亜人。
「望むところ。じゃあ……踊ろうか」
しかし、テストね。
ちょっと気になる事もあるし。お付き合い願おうか。
足を前後に開き、腰を沈める。左手は前に、右手は逆手に顔の横に。
いつも通りの
斧を振りかぶって駆け寄ってくる熊。牙を剥き出しにして、私を睨み付けている。
肉食獣の血が混じっているだけあって、威圧感が凄い。
けれど。その程度では、私は揺るがない。
力任せに振り回される斧。左から来る刃に銃口を添わせて力を上に逸らす。
重い戦斧がふわりと浮いた。
回転。斧を追いかけるように銃底で押してやる。
勢いがつきすぎて熊の体が少し傾ぐ。
一足で距離を詰め、膝裏に蹴り。揺らぐ巨体。
回転、その大きな背中に後ろ回し蹴り。
斧の重さを支えきれず、そのまま地に転がった。
後頭部に銃口を突き付け、アグリアスさんを見つめる。
さて。どう出る?
「まだ続ける?」
「……いいや、俺の負けだ。アグリアスも、それでいいな?」
「ああ、ご苦労様だったね、ガスター。嬢ちゃんもその物騒なもん引っ込めてくれ」
「ああ、やっぱり。
まだ一発も撃っても無いのに、物騒な物だと知っている。
やはり、私の事を知っていたのか。
状況終了。ホルダーに拳銃を戻す。
桜色が舞い散り、やがて消えて行くのを見届けて、ガスターさんに手を伸ばした。
「あの、立てます?」
「大丈夫だ。すまねぇな」
手を掴んでくれたので、引っ張る。
……ビクともしない。
手を肩に担いで全力で引っ張る。ふんぬっ!
ぬぬぬっ! おりゃ! ……あ。
手がすっぽ抜けて、顔から地面に突っ込んだ。
……いひゃい。
「おいおい。大丈夫か?」
「らいじょぶれす……てか、ちょっと人が悪すぎません? 私の事、知ってて試したでしょ?」
「いや、すまんな。アグリアスに頼まれたもんで」
「ああそうさ。嬢ちゃんの噂はビストールまで届いてるよ。
オーガキラー、『
「……いや、お願いだから、その名はやめてください」
ガスターさんに引っ張り起こされながら、ため息をついた。
何でこんなとこまで二つ名広がってんのよ。
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